僕は下へ降り、救急室の手伝いに向かった。

救急室には患者がおらず、レジデントが1人、番をしている。
救急カートなどの物品をごそごそと確認中だ。

「こら!」
「うわ!びっくりしたなあ!もう!」
「ごめんごめん。泥棒かと思って・・」
「違いますよ。やめてください!」
このレジデントは関東の人間だ。

「みんなは?」
「CPAが入りまして、病棟へ」
「満床だろ?」
「それが・・・明日の朝、6人も退院させるそうです」
「軽症?」
「いえ。まだ中等症というところですが。新しい経営者の方針でして」
「強引だなあ・・」

僕は空いてるベッドに寝込み、一息ついた。
「気分が悪い。少し寝よう」
「先生。そこはやめていただいて、医局の床で寝ていただけませんか?」
レジデントはふとんをはぐった。
「いいじゃないか。8つのベッドは、今は全部空いてるし」
「私まで怒られたくないですから」
「関東人め・・!」

僕はベッドを降り、医局へと向かった。

「居場所がないな、しかし・・」
ドアを開けると、医局内ではズルズル、という音があちこちで響いていた。
「この音は?」
医局員達がカップラーメンをすする音だった。異様な速さだ。
5人は猛烈な勢いで食べ終わり、片付けにかかった。

「みんな、ご苦労さん・・」
夜中の3時だ。僕も眠気がしてきた。明日はこのままここで勤務を続ける予定だ。しかし・・あと1週間もないから臨めたことだ。彼らは何ヶ月、何年もこの労働を続けている。

彼ら5人は空いてるソファーを取り合いしながら、一部は床に寝そべり、またある者は机をいくつかくっつけ、その上に寝そべった。

僕が机に座ったとたん、瞬く間に部屋の電気が消された。
黒板には『(あす)朝8時からPTGBD、CAG』とある
僕は起きれたらPTGBDのほうを手伝うことにした。

「ふぬ?」
口から出たヨダレを拭くと、周囲はもう足音で落ち着かない雰囲気だった。
「な、なに?うあ!」
不安定な姿勢から、僕はイスから床に転がり落ちた。
さらに腕、脚を他のレジデントらに踏まれた。
「うげえ!」

彼らはPTGBD、CAGの前に各自で予習、患者所見のまとめなどを話し合っていた。

教壇にあたるところで、3人のレジデントが話し合っている。
「ユウキ先生。おはようございます!」
「ああ。小森先生・・」
「(一同)おはようございます!」
「術者は誰が?」
「中堅のドクターが、1人戻ってきてくれまして!」
「いったんここを、辞めて・・・戻ったの?」
「はい!沖田院長の病状を聞いて」
「それだけの・・理由で?」

周囲が一瞬、ピタリと凍った。

「あ、いやいや。でも戻ってきてくれてよかったね」
小森は浮かない顔で、再び話を始めていた。
「下部の胆管癌。狭窄は高度。先日EUS(超音波内視鏡)で、副院長が診断」
僕は彼らの資料を覗いた。

「そういや、副院長はもう戻らないの?」
また周囲が凍った。他のレジデントが答える。
「赤井先生は僕らを見放したのではありません!」
「わ、わかってるって」
「抜擢されたのです。真珠会の新病院に」
「新病院?」
「もうすぐ、移転する病院です」
「で・・・?ここには代わりが来るのかい?」
「あと5日ほどすれば。今回はですね、胆管癌進行による閉塞性黄疸。それに対する減黄療法です」

つまり、胆管癌という診断はすでについており、それによって上流にたまった胆汁を、胆嚢経由で
外へ汲み出し・・ドレナージするということだ。

「胆管癌・・自分は初めてだな」
「それか、見落としてただけだったりしてな!」
中堅ドクターが現れた。
「循環器や呼吸器ばっかりやってると、こういうのを見落とすぞ!」
彼は余裕の表情でやってきた。みんな、彼のほうへ走って囲みこんだ。

「戻ってきた。やはり大学は、オレの性には合わん」
一度、言ってみたいセリフだな・・。
「データを見せろ。ふんふん・・・なるほど。胆汁細胞診の結果を待つまででもないな。EUSの診断は絶対だ」
僕は手帳を取り出し、新たなページに胆管癌のポイントなどを書き写した。

『  まず、胆道癌、というカテゴリーがある。胆道っていうのは・・肝臓の左右両葉から出てくる左右の肝管、それが肝臓の真下で合流(3管合流部という)して・・胆嚢管と合流するまでが上部胆管。合流してから1本になって、膵臓に入るまでを中部胆管。それ以降から出口の乳頭までは下部胆管だ。

  胆道癌の内訳は、1988-1997年の統計によると、
 ○ 胆嚢癌 ・・ 43%
 ○ 胆管癌 ・・ 44%、つまり胆嚢癌と同頻度。
 ○ 乳頭部 ・・ 13%

・ 50歳以上、男女比1.5 : 1と、男性側に多い。意外に胆石との関連は少ない。膵胆管合流異常に発生頻度が高い(5%)。
・ 組織型では腺癌で分化型が多い。
・ 転移はリンパ行性で、周囲組織の肝臓・膵臓へも頻度が高い。
・ 進行性の黄疸がきっかけで発見される。黄疸は掻痒感という形で発見されたりもするが、無症状も多い。そのため診断がされたころにはかなり進行していることも多い。膵癌と似ている。

この50代男性患者はCourvoisier(クールボアジエ)徴候が陽性だった。ちなみにこれは・・<3管合流部以下の悪性腫瘍
の胆管閉塞による胆汁うっ滞により腫大した胆のうを、無痛性に触知すること>。

・ ALPは黄疸出現前に上昇してくるため早期発見の手がかりに。だがALPが高いだけでERCPやMRCPは無理が
  ある。経時的な上昇、という意味と解釈する。
・ 腫瘍マーカーで、胆嚢・胆管癌ともに頻度が高いのは・・DUPAN-2、KMO-1、Span-1、CA-50、CA19-9。
・ 他、検査ではビタミンK吸収低下によるPT時間延長、尿ウロビリノーゲン陰性が手がかりに。
・ 腹部エコー ・・ 胆嚢腫大も参考所見。下部胆管癌はガス像がジャマして描出が困難。
・ 胆管造影 ・・ 通常、経皮経肝的胆管造影法(PTC)を行う。胆汁細胞診の陽性率は8割。
・ 超音波内視鏡(EUS)は、中下部胆管癌を100%診断できる。進達度診断にも有用だが、腔内超音波(IDUS)
  には劣る。
・ 血管造影は手術予定の場合に行われ、これを参考に術式選択。
・ 最近はMRCPで閉塞部位診断を行う。この方法でもPTCやERCPと比べて、もはや遜色ないと言われている。

 MRCPは寝てるだけで行えるMRIの検査の1つだから、疑いが強ければ最優先の検査にしていいな。PTCやERCPはけっこう大変だしな・・。

・ 手術は減黄後に行われる。
  上部胆管癌 ・・ 胆管切除(+肝葉切除)
  中部胆管癌 ・・ 胆管切除または膵頭十二指腸切除術
  下部胆管癌 ・・ 膵頭十二指腸切除術
・ 切除率は下部胆管癌のほうが高い。
・ 手術不能例には化学療法、放射線療法、ステント、温熱療法など。しかし1年以上の生存は少ない。
・ 5年生存率は、上部・中部が15%以下、下部は25-30%。予後が悪い疾患だ。

                                                                』

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索