プラーベート・ナイやん 6-15 アパム・リターンズ
2005年6月10日
透視室で超音波検査。拡張した胆嚢を認める。
「消毒して局所麻酔。穿刺位置を決める!透視、出せ!」
彼は指であちこち触りながら、穿刺の位置を決めていた。
「はい、大きく息を吸って。吐いて!」
僕はガラス越しに見ていた。
「ああ、なるほど。肺の下端をかすめたら、気胸起こすもんね」
横ではレジデントが造影剤を2倍にうすめている。
透視は止め、穿刺。黄色い胆汁が逆流したようだ。ワイヤー、カテーテルが透視下で入れられていく。中堅ドクターは、何度も何度も生食で洗浄する。注射器の中には胆汁だけでなく、細かい紙くずのようなものが舞っている。サンフランシスコの霧のように。
「これは炎症の、カスみたいなものだ!」
彼は僕に指差した。
「カスの・・名前は?」
「さあ。俺らは<もろもろ>と呼んでるが」
「もろもろ?」
カテーテルは留置され、終了した。
「ユウキ先生!特別ゲストが!」
小森が息を切らしてやってきた。
「ゲスト?」
まさか・・・。
そのゲストは、白衣で廊下で待っていた。
「なんだ。アパムかよ。?アパム先生!」
僕は驚いた。ここ1日だけだが、行方不明だったのだ。
しかし・・また思い出した。父親の町長の話は、かなり癪に障るものだったからだ。
「弘田先生。父上に、何か言いつけたんだろ?」
僕は許せず、彼に聞いた。
「ふひ、ふひ・・」
「オレはショックだったぞ。とても前みたいに面倒など」
「ひ、ひひひ!」
彼は勢い余って、鼻水が出た。
「ごご、ごめ・・・ごめ」
「ごめんなさいか?ずうずうしい!」
僕はマスク・帽子を脱ぎ捨て、また透視室に入った。
透視室はみんな引き上げて、誰もいない。
しばらくすると、レジデントが2人入ってきた。うち1人は小森。
「ユウキ先生。怒らないで。いや、怒らないでください」
「はあ・・?」
「弘田は十分、反省してきたようです」
「絶対、許さない!」
「ジェニーのことがショックですか?」
「なんだとこの!」
僕は余計、カッとなった。
「ジェニーはね。先生。あの。外して」
彼女はもう1人のレジデントを退がらせた。
「ジェニーは、彼女なりに悩んだんだと思います」
「・・・・・」
「研修医として毎日が目まぐるしく、よそ見などできない時期だったので、ユウキ先生を受け入れるのは・・時期的に難しかったんだと思います。それも向上心の強い彼女ですから・・」
「彼女の言うように、<救急を極めたら>心に余裕でもできるのか?」
「仕方ないです。大事な時期だから」
「よくもまあ、ようやって割り切れますこと!」
彼女は後ろのドアを見た。
「でね。そんなことでユウキ先生が悩んで、先生まで仕事がおろそかになってしまったらいけないし」
「おろそか?もうなってるよ。僕の場合、以前からな!」
「どうか、弘田を許してやってください!」
「許す?もなにも・・・」
「・・・・・」
「僕が許せばすむことだろ?だから・・・」
彼女は廊下へ出て、なにやら喜びの声をあげていた。
僕は廊下へ出た。彼はまだ泣いている。
「じゃ。カテの手伝いにでも行こうか」
僕は魂が抜けたように、彼らとカテ室へ向かった。
まるで、鬼軍曹に謝りにいったときのようで、滑稽な光景だった。カテ室では、アセチルコリン試験が行われている。
「遅いぞこらあ!」
鬼軍曹だ。
「先生。昨日は寝られましたか?」
僕は余計な心配を発言した。
「あれから不穏が3回ほどあった」
「ヘタレジのやつ・・」
「注射は使わず、気合で乗り切ったがな!」
いったい、どんなやり方だ?
「腹部のガス像は減ってたぞ。おかげさんで!」
「イレウスチューブも進んでました?」
「大腸まで来てる」
「明日あたり、抜けるかもですね」
「こら!上官に対してなんだその言い方は!」
たしかに立場が逆転だ。
ヘタレジは2日後の職場復帰を命じられた。
術者がカテを終了し、出てきた。
「結果は陽性ですね」
「ヘタクソが!もっとテキパキやらんかっ!」
鬼軍曹は睡眠不足も手伝って、いっそう機嫌が悪かった。
「おいお前!」
「はっ!」
術者の1人が呼ばれた。
「カテーテルがエンゲージしたらな。さっさと試験に移らんか!」
「はい・・」
「あれじゃあ、カテーテルのせいで反射的に血管が狭小化したかもしれんだろ!」
「すみませんでした!」
「でした、は過去形!オレはまだ許してない!」
彼はレジデントの足を蹴った。
「お前がトロいせいで、この患者はカルシウム拮抗剤を一生飲むことになるかも
しれんのだぞ!」
「注意します!」
「フン!」
鬼軍曹は引き上げていった。
僕は周囲を見回した。
「ハカセはまだ腸炎か?」
「病棟の空き部屋にいます」関東レジデントが答えた。
「入院?」
「今日までです。あとまた手伝ってもらいます」
「過酷だな」
「だって。僕らにまで仕事が回ってきますから」
「ちょうえん、ちょうえんか!」
僕はカテ室を出て、病棟へ向かった。
「弘田先生!気を取り直して病棟へ!あ・・」
そういえば・・。
三環系中毒の患者。横でレジデントがDC持ったままだ。
僕は急いで病室へ走った。アパムが後ろにつづく。
ドアを開けると・・。彼はまだ立っていた。
両手にパドルを持ったり・・戻したり。
「ま、まだ立っていた?」
僕らは驚いたままだった。
「だ、だって。携帯に電話するにも、手が放せないし・・」
「あれからVTには?」
「なってません。QRSの幅も60msくらいまで短くなってます」
彼は体に巻きつけたモニター波形を一部破って、僕に渡した。
「体中、モニター画面だらけだなあ・・お疲れ!」
目にクマを作ったレジデントは、寝ないまま外来業務の手伝いに向かった。
「弘田先生、カイシンしよう」
「回・・」
「改心改心!」
「?」
僕らはいつも通り、カルテを何冊も台車に乗せて、1人ずつ回った。
「おはようございます!」
大部屋、40代男性の前で台車は急停車した。
「おお、おはよ・・・先生方。いつ寝てるの?」
「僕ですか?寝ましたよ。3時間は」
「大変やなあ・・」
「いえいえ」
「どうりで・・」
「?」
「医療ミスが増えるわけやな」
「は?」
感心してくれていたのかと、思った。
「テレビでもそら、やってるよ。患者取り違え事件とか」
「ああ、やってますね。ニュース」
「わしは明日カテーテルだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫です!弘田先生。カテして、場合により血管拡張だよな?」
「ふ、ふふ・・これ」
アパムはカルテを開き、採血データなどを一覧した。
「腎機能が、いい、いまいち・・くく、クレアチニン2.1mg/dl」
「腎臓が悪い?そうかな?」
患者はカルテを見入った。
「先生!よしてください!これ違う人のデータですよ!」
「ひっ?」
アパムはたじろいだ。しかし、カルテの表紙は・・この人だ。
「いえ。カルテは間違いないですよ?」
僕は答えた。しかし、すぐに気づいた。
「ああっ!バカ!」
思わず叫んだ。
違う患者の伝票が張ってあったのだ。当院では主治医が伝票を
張っていくのだが。誰かが間違えて張ったのか、それともアパムが間違ったのか・・。
「申し訳ありませんでした」
僕らは素直に謝って、部屋を出た。
「しようがねえなあ!もう!」
「ふ、ふふ・・」
「これからは!しっかりしてくれ・・・?」
アパムの顔はすでに泣きかけだった。
「消毒して局所麻酔。穿刺位置を決める!透視、出せ!」
彼は指であちこち触りながら、穿刺の位置を決めていた。
「はい、大きく息を吸って。吐いて!」
僕はガラス越しに見ていた。
「ああ、なるほど。肺の下端をかすめたら、気胸起こすもんね」
横ではレジデントが造影剤を2倍にうすめている。
透視は止め、穿刺。黄色い胆汁が逆流したようだ。ワイヤー、カテーテルが透視下で入れられていく。中堅ドクターは、何度も何度も生食で洗浄する。注射器の中には胆汁だけでなく、細かい紙くずのようなものが舞っている。サンフランシスコの霧のように。
「これは炎症の、カスみたいなものだ!」
彼は僕に指差した。
「カスの・・名前は?」
「さあ。俺らは<もろもろ>と呼んでるが」
「もろもろ?」
カテーテルは留置され、終了した。
「ユウキ先生!特別ゲストが!」
小森が息を切らしてやってきた。
「ゲスト?」
まさか・・・。
そのゲストは、白衣で廊下で待っていた。
「なんだ。アパムかよ。?アパム先生!」
僕は驚いた。ここ1日だけだが、行方不明だったのだ。
しかし・・また思い出した。父親の町長の話は、かなり癪に障るものだったからだ。
「弘田先生。父上に、何か言いつけたんだろ?」
僕は許せず、彼に聞いた。
「ふひ、ふひ・・」
「オレはショックだったぞ。とても前みたいに面倒など」
「ひ、ひひひ!」
彼は勢い余って、鼻水が出た。
「ごご、ごめ・・・ごめ」
「ごめんなさいか?ずうずうしい!」
僕はマスク・帽子を脱ぎ捨て、また透視室に入った。
透視室はみんな引き上げて、誰もいない。
しばらくすると、レジデントが2人入ってきた。うち1人は小森。
「ユウキ先生。怒らないで。いや、怒らないでください」
「はあ・・?」
「弘田は十分、反省してきたようです」
「絶対、許さない!」
「ジェニーのことがショックですか?」
「なんだとこの!」
僕は余計、カッとなった。
「ジェニーはね。先生。あの。外して」
彼女はもう1人のレジデントを退がらせた。
「ジェニーは、彼女なりに悩んだんだと思います」
「・・・・・」
「研修医として毎日が目まぐるしく、よそ見などできない時期だったので、ユウキ先生を受け入れるのは・・時期的に難しかったんだと思います。それも向上心の強い彼女ですから・・」
「彼女の言うように、<救急を極めたら>心に余裕でもできるのか?」
「仕方ないです。大事な時期だから」
「よくもまあ、ようやって割り切れますこと!」
彼女は後ろのドアを見た。
「でね。そんなことでユウキ先生が悩んで、先生まで仕事がおろそかになってしまったらいけないし」
「おろそか?もうなってるよ。僕の場合、以前からな!」
「どうか、弘田を許してやってください!」
「許す?もなにも・・・」
「・・・・・」
「僕が許せばすむことだろ?だから・・・」
彼女は廊下へ出て、なにやら喜びの声をあげていた。
僕は廊下へ出た。彼はまだ泣いている。
「じゃ。カテの手伝いにでも行こうか」
僕は魂が抜けたように、彼らとカテ室へ向かった。
まるで、鬼軍曹に謝りにいったときのようで、滑稽な光景だった。カテ室では、アセチルコリン試験が行われている。
「遅いぞこらあ!」
鬼軍曹だ。
「先生。昨日は寝られましたか?」
僕は余計な心配を発言した。
「あれから不穏が3回ほどあった」
「ヘタレジのやつ・・」
「注射は使わず、気合で乗り切ったがな!」
いったい、どんなやり方だ?
「腹部のガス像は減ってたぞ。おかげさんで!」
「イレウスチューブも進んでました?」
「大腸まで来てる」
「明日あたり、抜けるかもですね」
「こら!上官に対してなんだその言い方は!」
たしかに立場が逆転だ。
ヘタレジは2日後の職場復帰を命じられた。
術者がカテを終了し、出てきた。
「結果は陽性ですね」
「ヘタクソが!もっとテキパキやらんかっ!」
鬼軍曹は睡眠不足も手伝って、いっそう機嫌が悪かった。
「おいお前!」
「はっ!」
術者の1人が呼ばれた。
「カテーテルがエンゲージしたらな。さっさと試験に移らんか!」
「はい・・」
「あれじゃあ、カテーテルのせいで反射的に血管が狭小化したかもしれんだろ!」
「すみませんでした!」
「でした、は過去形!オレはまだ許してない!」
彼はレジデントの足を蹴った。
「お前がトロいせいで、この患者はカルシウム拮抗剤を一生飲むことになるかも
しれんのだぞ!」
「注意します!」
「フン!」
鬼軍曹は引き上げていった。
僕は周囲を見回した。
「ハカセはまだ腸炎か?」
「病棟の空き部屋にいます」関東レジデントが答えた。
「入院?」
「今日までです。あとまた手伝ってもらいます」
「過酷だな」
「だって。僕らにまで仕事が回ってきますから」
「ちょうえん、ちょうえんか!」
僕はカテ室を出て、病棟へ向かった。
「弘田先生!気を取り直して病棟へ!あ・・」
そういえば・・。
三環系中毒の患者。横でレジデントがDC持ったままだ。
僕は急いで病室へ走った。アパムが後ろにつづく。
ドアを開けると・・。彼はまだ立っていた。
両手にパドルを持ったり・・戻したり。
「ま、まだ立っていた?」
僕らは驚いたままだった。
「だ、だって。携帯に電話するにも、手が放せないし・・」
「あれからVTには?」
「なってません。QRSの幅も60msくらいまで短くなってます」
彼は体に巻きつけたモニター波形を一部破って、僕に渡した。
「体中、モニター画面だらけだなあ・・お疲れ!」
目にクマを作ったレジデントは、寝ないまま外来業務の手伝いに向かった。
「弘田先生、カイシンしよう」
「回・・」
「改心改心!」
「?」
僕らはいつも通り、カルテを何冊も台車に乗せて、1人ずつ回った。
「おはようございます!」
大部屋、40代男性の前で台車は急停車した。
「おお、おはよ・・・先生方。いつ寝てるの?」
「僕ですか?寝ましたよ。3時間は」
「大変やなあ・・」
「いえいえ」
「どうりで・・」
「?」
「医療ミスが増えるわけやな」
「は?」
感心してくれていたのかと、思った。
「テレビでもそら、やってるよ。患者取り違え事件とか」
「ああ、やってますね。ニュース」
「わしは明日カテーテルだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫です!弘田先生。カテして、場合により血管拡張だよな?」
「ふ、ふふ・・これ」
アパムはカルテを開き、採血データなどを一覧した。
「腎機能が、いい、いまいち・・くく、クレアチニン2.1mg/dl」
「腎臓が悪い?そうかな?」
患者はカルテを見入った。
「先生!よしてください!これ違う人のデータですよ!」
「ひっ?」
アパムはたじろいだ。しかし、カルテの表紙は・・この人だ。
「いえ。カルテは間違いないですよ?」
僕は答えた。しかし、すぐに気づいた。
「ああっ!バカ!」
思わず叫んだ。
違う患者の伝票が張ってあったのだ。当院では主治医が伝票を
張っていくのだが。誰かが間違えて張ったのか、それともアパムが間違ったのか・・。
「申し訳ありませんでした」
僕らは素直に謝って、部屋を出た。
「しようがねえなあ!もう!」
「ふ、ふふ・・」
「これからは!しっかりしてくれ・・・?」
アパムの顔はすでに泣きかけだった。
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