閉鎖まであと3日と迫り、スタッフ達は会議室に集められた。
僕もどさくさに紛れて、部屋に入った。

「あのさ?いい?」
復帰したハカセが点滴を引っ張りながら壇上に現れた。
「さっき採血したら、オレ、カリウムが3.0だよ!3!」

自慢か?

「IVH入れろ!」など野次が飛んだ。
「それでね!それで!聞いて!これから、新しい経営者の方が来られる!」

みんな静まり、耳を傾けた。

「今後の経営などについて話があるようだ。みんな、言いたいことはあるよな?」
「(一同)あるある!大あり大あり!」
「僕らの要求も呑んでくれないとな!」
彼は何やら、嘆願書のようなものを取り出した。

「職員の労働時間の徹底。スタッフ数の充実。他病院との連携!必要な医療器械などなど!」
ハカセは僕に気づき、嘆願書をサッと隠した。
「ユウキ先生も、ここに残って僕らと戦いましょうよ!」
「(一同)そうだそうだそうだ!」

「戦う?ストライキでもすんのか?」
「違いますって!僕らの望む病院にするんです!」
「責任者は誰が?」
「そ、それは・・・沖田院長はオペ予定、副院長は抜擢・・・鬼軍曹がいます!」
「鬼軍曹の同意は得たのか?」
「それはあとで!まず僕らで結束するんです!」
「学生運動かよ・・」

何かと、僕は冷める傾向にあった。

「結束は、多いほうがいい!」
彼は洗脳されたように熱く語った。
「どうしました先生?」
「お前こそ、どうしたよ?」
「ユウキ先生の医局に、僕は影響されたんですよ!」
「山の上?」
「もう!アホ!大学病院のこと!」
「うちの大学の医局は、こんな過激じゃなかったぞ?」
「ユウキ先生の出た1年後、あそこの医局は生まれ変わったんですよ!」
「ゾンビにか?」

僕は相手にしなかった。

「もういいです・・」
いきなりドアが開いた。次々と、黒服を着たデカイ男が3人、現れた。鋭い目つきで、あちこち威嚇している。

続いて、一呼吸置いたようにリーダーらしき男がやってきた。風格がある、
ずっしりとした男だ。肥満ではなく筋肉系だ。

「スタッフはこれだけか・・・ひい、ふう、みい・・」
彼は指で数え出した。
「・・・13。報告より1、多いな。ま、いいか」
僕まで数えたからだ。

「今日、さらに12人退院、または転院させるからな」
「(一同)ええ〜?」
「経営者の方針だ。私の名は西川。末端の人間にすぎない。命令をこうして読み上げてるだけだ」
圧倒的な雰囲気の前に、ハカセの嘆願書は丸められたままだ。

「3日過ぎると、会長がこの病院に視察に来られる。全くもって、名誉なことだ」
「(一同)・・・・・・・・・」
「それまでに、ここの病院のベッドをすべて満床にする。重症患者でな。金の入らん
中途半端な患者に用はない!」

何なんだ。このオーラは。

「今日から3日間、おびただしい数の救急が来る。根回しも、もうしてある」
彼はタバコに火をつけた。
「それでくたばるような医者は要らん。補充はいくらでもきく」

なんてヤツだ・・。

「本病院はいずれ大阪の街ナカに移転し、真田病院本館を乗っ取ることになる。知ってるか?」
みんな、僕を見た。
「知ってるようだな。本館を乗っ取り、分院乗っ取りも狙う」
みんなまた、僕を見る。
「なので、君らのような腕のいい、評判もよくてタフな医者が必要なのだ。わかるな。お嬢さん」
彼は小森を見下ろした。

どうなるんだろうか。この病院は・・。おそらく徹底したコスト主義、労働基準法違反も必至だろう。
卑怯な発想だが、僕は胸を撫で下ろしていた。

「救急搬送は、今日の夜からラッシュだと思う。休める人間は休んでおきたまえよ!」
彼とその取り巻きは、嵐のように去っていった。

みんなやっぱり、僕のほうを見る。
「な、なんだよ?何・・」
「ユウキ先生。ここにいるほうがマシのようですよ」
ハカセが手を震わせながら呟いた。

「そうかもしれない。しかし・・・」

魂まで、売る気はないのだ。

夜7時。来るべき救急ラッシュに備え、大勢が救急室で待機していた。
「ふああ。はやいとこ、満床にしようぜ」
ハカセが大きな伸びをした。
「大丈夫。ドクターの指示には、誰も逆らえないよ」
彼は変に強がっていた。

僕は汚れた白衣で、救急のドアの外を見ていた。

ハカセが近寄ってきた。
「ユウキ先生、何を?」
「いやいや。僕の感心は・・もう寝たい。それだけ」
「先生は、いつでも抜けられるじゃないですか?」
「そりゃ、向こうへ戻って引越しに専念したいよ。でも、ここにいると・・」
「ジェニーはいませんし」
「殴るぞ。ここにいると・・・苦しいけど、吸収の度合いが全然違うんだ」
「何と比べて?」
「これまでと比べて、だよ」

正直、僕はこれまで自分から調べる、ということはやっていなかった。なぜか?自ら関心を持たなかったからだ。感心ばかりで関心しなかった。しかしひとたびそれを抱いたとたん、ある苦痛から開放された。必要だから、学ぶということが、本能的になったというか。

「それを教えてくれたのは・・」
「ジェニー?わたしですか?」
「あの赤ん坊だよ!」

「今でも聞こえる。あの音が」
「幻聴ですか?」
「ペーパーをカラカラまわす音・・」

鬼軍曹が走ってきた。
「来るぞ!5台!」
「(一同)ええ〜?」
「うち3台はどっかからの転院みたいだが・・情報提供書もない!」

いやがらせか・・・!

「病名さえも分からん!12人スタッフを3つに分けるぞ!A!B!C!」
僕らは3つに分けられた。
「病棟係は8時間毎、当番制のローテーション!」
僕は思わず、前にならえ、をした。
「2人組体勢!1人が処置!1人が介助!」

また僕とアパムか・・。

「来たな!」
みんな耳を澄ました。何も聞こえないが・・。
「オレには聞こえる!総勢、救急出口へ出ろ!」
「(一同)おおおおお!」

おいしすぎるなあ・・・。この先生。

僕らは出口に出てみた。サイレンは聞こえないが・・。

「(一同)うわあああああ!」

外は大雨だった。

鬼軍曹は引き下がり命令を出した。
「撤退!撤退ィ!撤退だあ!聞こえたのは雨嵐だ!」

人騒がせな奴・・!

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