「先生!血管造影室が至急にと!」
レジデントが術衣のまま飛んできた。中堅ドクターが驚く。
「なんだあ?」
「動脈造影しましたが!hypervascularでないんです!」
「血管が豊富なはずだろ?HCCだったら!」
「HCCだったかどうかはまだ・・」
「じゃあ、どこからの出血だ?」
中堅ドクターは彼と走っていった。

僕は心臓マッサージ、アパム先生は挿管チューブから吸引。
「弘田先生。はあ!痰は!はあ!なさそうだな!」
「え・・・ええ」
「はあ!はあ!25分だな・・・40分は!やってみるか。君!」
「はい!」
点滴調整中のレジデントが答えた。
「この患者は!はあ!・・・どこでどうなってたの?はあ!」
「パチンコで・・いや、スロットだったかな?」
「どっちでもよろし!はあ!」
「景品交換所でいきなり倒れたそうです!」
「こういう話は!はあ!今となってはだけど!はあ!」
「脳出血ですかね。昼間ですし。心筋梗塞かも」
「パチンコで長時間・・・立ってから起こしたなら・・・はあ!」
「エコノミークラス?」
「かもな!」

近くにレントゲン技師がやってきた。
「門脈瘤だったらしいですよ。そこからのラプチャーだって」
「へえ。珍しいのか?」
僕は聞いた。
「報告ものですよ」
「塞栓を?」
「しました。経過は順調」

「そうか・・・弘田先生。ボスミンは反応なしか?」
「ふ・・はい」
「手を離してみるぞ・・やっぱフラットだな・・・死亡確認だ」
対光反射、呼吸音を確認。明らかな場合は、極めて儀式的だ。

「死亡時刻・・・」
「先生。奥さんが」ハカセが入ってきた。
「こういう説明は、まだ慣れてない。誰か・・」
「ユウキ先生が、この中では最年長なので」
「そういうときだけ、ファーストクラスかよ・・」

僕は部屋の隅に、今しがた亡くなった患者の奥さんを呼んだ。
「実は、さきほどここで心臓マッサージや人工呼吸を・・」
「・・・・・・」
60代の女性は緊張した表情のまま、僕と患者を交互に見た。

「だめだったんですか・・・」
「はい。さきほど」
「でもあれ。息をしてる」
「あ、あれは・・・違うのです。人工呼吸器が動いてる音でして」
こういう説明は、いつまでたっても嫌なものだ。

「とうちゃんがいなくなったら、わたし1人になりますねん。なりますねん」
「・・・・・」
「狭心症があるあたしの代わりに、いろいろやってくれましたんねん」
「そうですか・・・」
立場上、そういう答えしかできない。

鬼軍曹が入ってきた。
「アンギオいったん閉めるぞ!いいな!」
「(一同)おお!」

女性は患者の亡き骸の横で淡々と話しつづけた。
「とうちゃん。ありがとうね、とうちゃん・・・」
彼女は冷たい手をそっと握り続けた。
彼女はそのまま、祈るように体を屈めた。
「とうちゃん、とうちゃん・・・・。とうちゃん!とうちゃん!」
彼女は、やっと現実として受け入れ始めた。

鬼軍曹は僕の横に立った。
「(弘田。救急がまた来る!はやくどけ!)」
「ふ・・・うう」
「(早くどかせ!)」
「うう・・・で、でで・・・」
「(早く!)」
「できません・・・」
アパムは女性の手を握ったまま動かなかった。

僕はカルテの詳細を確認した。
実に痛々しい。患者は景品交換所の大勢の前で倒れた。
だが居合わせの面々は呼びかけするだけで、救急車を
5分後にコール。到着までさらに15分。うちへの搬送まで5分。

救急蘇生を積極的にできる者が1人でもいれば、今の状況も
変わっていただろうに。脳の血流は3分も途絶えれば非可逆的なのだ。

彼はワイフを喜ばせよう、そう思ってそこでお金の交換を待ち望んでいたに、違いない。そう思いたい。

平静を取り戻したワイフに、なんとか僕は言葉をかけた。
「正直、病名などは分かりません。しかし・・・」
「・・・・・」
「苦痛はなかったのです」
アパムは横でずっと泣いていた。

苦痛はなかった・・・。これも、そう思いたい。
CPAで原因不明のまま亡くなる患者。病名をあれこれ模索してはその病名を診断書に書くかたわら。

その患者には苦痛がなく、実は安らかな最後だったのだと・・・自分は自分にそう言い聞かせた。

ジェニー。君は大変な仕事を選んだのだよ。

君の言う、<極める>って何なんだよ・・・!

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