プライベート・ナイやん 6-19 CPR
2005年6月13日「先生!血管造影室が至急にと!」
レジデントが術衣のまま飛んできた。中堅ドクターが驚く。
「なんだあ?」
「動脈造影しましたが!hypervascularでないんです!」
「血管が豊富なはずだろ?HCCだったら!」
「HCCだったかどうかはまだ・・」
「じゃあ、どこからの出血だ?」
中堅ドクターは彼と走っていった。
僕は心臓マッサージ、アパム先生は挿管チューブから吸引。
「弘田先生。はあ!痰は!はあ!なさそうだな!」
「え・・・ええ」
「はあ!はあ!25分だな・・・40分は!やってみるか。君!」
「はい!」
点滴調整中のレジデントが答えた。
「この患者は!はあ!・・・どこでどうなってたの?はあ!」
「パチンコで・・いや、スロットだったかな?」
「どっちでもよろし!はあ!」
「景品交換所でいきなり倒れたそうです!」
「こういう話は!はあ!今となってはだけど!はあ!」
「脳出血ですかね。昼間ですし。心筋梗塞かも」
「パチンコで長時間・・・立ってから起こしたなら・・・はあ!」
「エコノミークラス?」
「かもな!」
近くにレントゲン技師がやってきた。
「門脈瘤だったらしいですよ。そこからのラプチャーだって」
「へえ。珍しいのか?」
僕は聞いた。
「報告ものですよ」
「塞栓を?」
「しました。経過は順調」
「そうか・・・弘田先生。ボスミンは反応なしか?」
「ふ・・はい」
「手を離してみるぞ・・やっぱフラットだな・・・死亡確認だ」
対光反射、呼吸音を確認。明らかな場合は、極めて儀式的だ。
「死亡時刻・・・」
「先生。奥さんが」ハカセが入ってきた。
「こういう説明は、まだ慣れてない。誰か・・」
「ユウキ先生が、この中では最年長なので」
「そういうときだけ、ファーストクラスかよ・・」
僕は部屋の隅に、今しがた亡くなった患者の奥さんを呼んだ。
「実は、さきほどここで心臓マッサージや人工呼吸を・・」
「・・・・・・」
60代の女性は緊張した表情のまま、僕と患者を交互に見た。
「だめだったんですか・・・」
「はい。さきほど」
「でもあれ。息をしてる」
「あ、あれは・・・違うのです。人工呼吸器が動いてる音でして」
こういう説明は、いつまでたっても嫌なものだ。
「とうちゃんがいなくなったら、わたし1人になりますねん。なりますねん」
「・・・・・」
「狭心症があるあたしの代わりに、いろいろやってくれましたんねん」
「そうですか・・・」
立場上、そういう答えしかできない。
鬼軍曹が入ってきた。
「アンギオいったん閉めるぞ!いいな!」
「(一同)おお!」
女性は患者の亡き骸の横で淡々と話しつづけた。
「とうちゃん。ありがとうね、とうちゃん・・・」
彼女は冷たい手をそっと握り続けた。
彼女はそのまま、祈るように体を屈めた。
「とうちゃん、とうちゃん・・・・。とうちゃん!とうちゃん!」
彼女は、やっと現実として受け入れ始めた。
鬼軍曹は僕の横に立った。
「(弘田。救急がまた来る!はやくどけ!)」
「ふ・・・うう」
「(早くどかせ!)」
「うう・・・で、でで・・・」
「(早く!)」
「できません・・・」
アパムは女性の手を握ったまま動かなかった。
僕はカルテの詳細を確認した。
実に痛々しい。患者は景品交換所の大勢の前で倒れた。
だが居合わせの面々は呼びかけするだけで、救急車を
5分後にコール。到着までさらに15分。うちへの搬送まで5分。
救急蘇生を積極的にできる者が1人でもいれば、今の状況も
変わっていただろうに。脳の血流は3分も途絶えれば非可逆的なのだ。
彼はワイフを喜ばせよう、そう思ってそこでお金の交換を待ち望んでいたに、違いない。そう思いたい。
平静を取り戻したワイフに、なんとか僕は言葉をかけた。
「正直、病名などは分かりません。しかし・・・」
「・・・・・」
「苦痛はなかったのです」
アパムは横でずっと泣いていた。
苦痛はなかった・・・。これも、そう思いたい。
CPAで原因不明のまま亡くなる患者。病名をあれこれ模索してはその病名を診断書に書くかたわら。
その患者には苦痛がなく、実は安らかな最後だったのだと・・・自分は自分にそう言い聞かせた。
ジェニー。君は大変な仕事を選んだのだよ。
君の言う、<極める>って何なんだよ・・・!
レジデントが術衣のまま飛んできた。中堅ドクターが驚く。
「なんだあ?」
「動脈造影しましたが!hypervascularでないんです!」
「血管が豊富なはずだろ?HCCだったら!」
「HCCだったかどうかはまだ・・」
「じゃあ、どこからの出血だ?」
中堅ドクターは彼と走っていった。
僕は心臓マッサージ、アパム先生は挿管チューブから吸引。
「弘田先生。はあ!痰は!はあ!なさそうだな!」
「え・・・ええ」
「はあ!はあ!25分だな・・・40分は!やってみるか。君!」
「はい!」
点滴調整中のレジデントが答えた。
「この患者は!はあ!・・・どこでどうなってたの?はあ!」
「パチンコで・・いや、スロットだったかな?」
「どっちでもよろし!はあ!」
「景品交換所でいきなり倒れたそうです!」
「こういう話は!はあ!今となってはだけど!はあ!」
「脳出血ですかね。昼間ですし。心筋梗塞かも」
「パチンコで長時間・・・立ってから起こしたなら・・・はあ!」
「エコノミークラス?」
「かもな!」
近くにレントゲン技師がやってきた。
「門脈瘤だったらしいですよ。そこからのラプチャーだって」
「へえ。珍しいのか?」
僕は聞いた。
「報告ものですよ」
「塞栓を?」
「しました。経過は順調」
「そうか・・・弘田先生。ボスミンは反応なしか?」
「ふ・・はい」
「手を離してみるぞ・・やっぱフラットだな・・・死亡確認だ」
対光反射、呼吸音を確認。明らかな場合は、極めて儀式的だ。
「死亡時刻・・・」
「先生。奥さんが」ハカセが入ってきた。
「こういう説明は、まだ慣れてない。誰か・・」
「ユウキ先生が、この中では最年長なので」
「そういうときだけ、ファーストクラスかよ・・」
僕は部屋の隅に、今しがた亡くなった患者の奥さんを呼んだ。
「実は、さきほどここで心臓マッサージや人工呼吸を・・」
「・・・・・・」
60代の女性は緊張した表情のまま、僕と患者を交互に見た。
「だめだったんですか・・・」
「はい。さきほど」
「でもあれ。息をしてる」
「あ、あれは・・・違うのです。人工呼吸器が動いてる音でして」
こういう説明は、いつまでたっても嫌なものだ。
「とうちゃんがいなくなったら、わたし1人になりますねん。なりますねん」
「・・・・・」
「狭心症があるあたしの代わりに、いろいろやってくれましたんねん」
「そうですか・・・」
立場上、そういう答えしかできない。
鬼軍曹が入ってきた。
「アンギオいったん閉めるぞ!いいな!」
「(一同)おお!」
女性は患者の亡き骸の横で淡々と話しつづけた。
「とうちゃん。ありがとうね、とうちゃん・・・」
彼女は冷たい手をそっと握り続けた。
彼女はそのまま、祈るように体を屈めた。
「とうちゃん、とうちゃん・・・・。とうちゃん!とうちゃん!」
彼女は、やっと現実として受け入れ始めた。
鬼軍曹は僕の横に立った。
「(弘田。救急がまた来る!はやくどけ!)」
「ふ・・・うう」
「(早くどかせ!)」
「うう・・・で、でで・・・」
「(早く!)」
「できません・・・」
アパムは女性の手を握ったまま動かなかった。
僕はカルテの詳細を確認した。
実に痛々しい。患者は景品交換所の大勢の前で倒れた。
だが居合わせの面々は呼びかけするだけで、救急車を
5分後にコール。到着までさらに15分。うちへの搬送まで5分。
救急蘇生を積極的にできる者が1人でもいれば、今の状況も
変わっていただろうに。脳の血流は3分も途絶えれば非可逆的なのだ。
彼はワイフを喜ばせよう、そう思ってそこでお金の交換を待ち望んでいたに、違いない。そう思いたい。
平静を取り戻したワイフに、なんとか僕は言葉をかけた。
「正直、病名などは分かりません。しかし・・・」
「・・・・・」
「苦痛はなかったのです」
アパムは横でずっと泣いていた。
苦痛はなかった・・・。これも、そう思いたい。
CPAで原因不明のまま亡くなる患者。病名をあれこれ模索してはその病名を診断書に書くかたわら。
その患者には苦痛がなく、実は安らかな最後だったのだと・・・自分は自分にそう言い聞かせた。
ジェニー。君は大変な仕事を選んだのだよ。
君の言う、<極める>って何なんだよ・・・!
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