2NDLINE 1
2005年6月29日『
緑膿菌。
健常人では感染を起こすことはまれであるが、感染抵抗力が減弱した患者では全身の諸臓器に多彩な感染を引き起こす。これらは以下の2つのタイプに分けられる。
? 免疫能が低下した、いわゆるimmunocompromised host(悪性腫瘍や熱傷など)に、敗血症・肺炎という形で感染する。極めて重症型。菌は腸管に定着していたのが、やがて飛び火した形で全身に回ることが多い。
? immunocompromised hostではないが、慢性疾患(慢性気道感染・慢性尿路感染)があって、それへの持続感染型。人工呼吸器や尿カテーテルなどの管がついている場合はなおさら頻度が高い。
つまり全身状態が悪化している場合に定着することが多い。
有効な抗生剤は教科書的にはβラクタム、アミノグリコシド、ニューキノロンなどがあるが、実際これらが全く無効なタイプがあり、それを多剤耐性緑膿菌(MDRP)という。
』
「・・・・か。なるほど」
トシキ先生は車の後部座席で本を読んでいた。
「MDRP。うちの病院でも出始めましたね。先輩」
「抗生剤の乱用のせいじゃないのか?」
僕は横で起こされて、少々不快だった。
「りょくのうきん、りょくのうきんか!」
トシキ先生は窓の外を眺めた。
「最近の学会はEBM一色ですね。Evidenced-Based-Medicine。証拠に基づいた医療」
「確かに大事なことだとは思うけど。MR(プロパー)の戦略道具だろ?薬を売りつけるための」
「それは言いすぎだと思いますが」
「そのくせ、自分らに不利なデータは提出しないくせに」
「私らドクターもそんなとこ、あると思いますが。患者さんに対してとか」
「う、うぬぬ・・・」
トシキは相変わらず冷静な男だ。
当時、僕の考え方はかなりひねくれていた。
トシキはノートパソコンを膝に大事に抱えていた。
「その結果ですよね。こういうタチの悪い菌が出たのも」
「使用を適正に行わなかった、俺たち医者の責任かもね」
「代々の先輩方もMRSAを創造しましたしね。歴史は繰り返すわけです」
「で?そのMDRPの治療とやらは?」
「培養の感受性を示す抗生剤、とあります」
「結局それが答え?」
「ですが基本です」
トシキは相変わらずネバい。
本来医者の職場では、先輩には「BUT」は禁忌だ。ただしうちの病院の仲間はそんな意識はなかった。一匹狼の集まりだったからだ。
「ユウキ先生も、ついついしてませんか?」
「なにを?」
「抗生剤の慢性的な投与ですよ。カム=CAM(クラリスなど)よく出てますね。チェックしてますよ」
「しょうがないよ。俺の外来にはCOPDの人が多い。内服の満足度は高いよ」
「タバコ吸う人多いんですね」
「そう。たいていは大量喫煙者。<吸ってない>と言ってても、
それはごく最近のことが多い。それは巧妙な誘導尋問で聞きだせる」
「僕も吸いますが・・・」
彼はタバコを出そうとした。
「おい!吸うなよ!」
僕はタバコの煙が大の苦手だった。
「もとオーベンに似るのは結構だが、何もそこまでやらんでも・・・!」
「オーベンになればいい、というのは誰かのアドバイスです」
彼は少しニヤついていた。
「えっ?だれの?」
「それは・・・いえません」
「わかった。女だろ?」
「またそんな」
「女だ!女!」
トシキは顔がすぐ真っ赤になるので、分かりやすい。
「話を緑膿菌に戻しましょう。外国では、多剤耐性の緑膿菌にはポリミキシンが有効だったという報告があります」
「なに、話題変えてんだよ?」
この頃から耐性菌というジャンルが世間を賑わしていたが、
実際決定的な治療の話題がないのが現状だ。効きもしない治療を提供してくる、日本のMRたちのガードは固い。
分かりやすく言えば・・こんな構図だ。
医師>>>患者時代 → 積極的な抗生剤治療 → 薬品会社による提供増加 → 薬品会社の利益アップ → 上層部による利益増加目標 → 過剰なMR宣伝 → 過剰な抗生剤治療 → 耐性菌の出現 → 院内感染などの医療問題の増加 → 厚生省などによる指導 → 医師<<患者時代 → 慎重な抗生剤使用 → MRらによる偏った情報の提供・EBMの乱用 → 抗生剤出荷増加 → より耐性の菌が増加
今、まさにこの時代の中にある。薬品業界は生き残りをかけて必死だ。
「まあ大事なことなんだけどな。トシキ」
「ええ」
「まず・・・本当に緑膿菌が原因なのかな?ってことだ」
「それはケースバイケースでしょう!」
「それと、検体を取るときの操作上ミスとか」
「雑菌の混入とか?」
「培養でそういう結果が出た、はいでは抗生剤いきますでは、
MRらの思うツボなんだよ!」
「では・・予防が重要ですか。やはり」
「白衣や手からの感染が多いようだ。職員からの」
「それは多いでしょうね。手袋・手洗いなどの基本が大事ですね」
「療養病棟で働いてたときは、オレも躍起になって注意してたんだが・・もう疲れた。医者の5〜6年目って転機だよな」
「なるほど。それで飛ばされたのか・・・」
「う、うるさい!」
緑膿菌。
健常人では感染を起こすことはまれであるが、感染抵抗力が減弱した患者では全身の諸臓器に多彩な感染を引き起こす。これらは以下の2つのタイプに分けられる。
? 免疫能が低下した、いわゆるimmunocompromised host(悪性腫瘍や熱傷など)に、敗血症・肺炎という形で感染する。極めて重症型。菌は腸管に定着していたのが、やがて飛び火した形で全身に回ることが多い。
? immunocompromised hostではないが、慢性疾患(慢性気道感染・慢性尿路感染)があって、それへの持続感染型。人工呼吸器や尿カテーテルなどの管がついている場合はなおさら頻度が高い。
つまり全身状態が悪化している場合に定着することが多い。
有効な抗生剤は教科書的にはβラクタム、アミノグリコシド、ニューキノロンなどがあるが、実際これらが全く無効なタイプがあり、それを多剤耐性緑膿菌(MDRP)という。
』
「・・・・か。なるほど」
トシキ先生は車の後部座席で本を読んでいた。
「MDRP。うちの病院でも出始めましたね。先輩」
「抗生剤の乱用のせいじゃないのか?」
僕は横で起こされて、少々不快だった。
「りょくのうきん、りょくのうきんか!」
トシキ先生は窓の外を眺めた。
「最近の学会はEBM一色ですね。Evidenced-Based-Medicine。証拠に基づいた医療」
「確かに大事なことだとは思うけど。MR(プロパー)の戦略道具だろ?薬を売りつけるための」
「それは言いすぎだと思いますが」
「そのくせ、自分らに不利なデータは提出しないくせに」
「私らドクターもそんなとこ、あると思いますが。患者さんに対してとか」
「う、うぬぬ・・・」
トシキは相変わらず冷静な男だ。
当時、僕の考え方はかなりひねくれていた。
トシキはノートパソコンを膝に大事に抱えていた。
「その結果ですよね。こういうタチの悪い菌が出たのも」
「使用を適正に行わなかった、俺たち医者の責任かもね」
「代々の先輩方もMRSAを創造しましたしね。歴史は繰り返すわけです」
「で?そのMDRPの治療とやらは?」
「培養の感受性を示す抗生剤、とあります」
「結局それが答え?」
「ですが基本です」
トシキは相変わらずネバい。
本来医者の職場では、先輩には「BUT」は禁忌だ。ただしうちの病院の仲間はそんな意識はなかった。一匹狼の集まりだったからだ。
「ユウキ先生も、ついついしてませんか?」
「なにを?」
「抗生剤の慢性的な投与ですよ。カム=CAM(クラリスなど)よく出てますね。チェックしてますよ」
「しょうがないよ。俺の外来にはCOPDの人が多い。内服の満足度は高いよ」
「タバコ吸う人多いんですね」
「そう。たいていは大量喫煙者。<吸ってない>と言ってても、
それはごく最近のことが多い。それは巧妙な誘導尋問で聞きだせる」
「僕も吸いますが・・・」
彼はタバコを出そうとした。
「おい!吸うなよ!」
僕はタバコの煙が大の苦手だった。
「もとオーベンに似るのは結構だが、何もそこまでやらんでも・・・!」
「オーベンになればいい、というのは誰かのアドバイスです」
彼は少しニヤついていた。
「えっ?だれの?」
「それは・・・いえません」
「わかった。女だろ?」
「またそんな」
「女だ!女!」
トシキは顔がすぐ真っ赤になるので、分かりやすい。
「話を緑膿菌に戻しましょう。外国では、多剤耐性の緑膿菌にはポリミキシンが有効だったという報告があります」
「なに、話題変えてんだよ?」
この頃から耐性菌というジャンルが世間を賑わしていたが、
実際決定的な治療の話題がないのが現状だ。効きもしない治療を提供してくる、日本のMRたちのガードは固い。
分かりやすく言えば・・こんな構図だ。
医師>>>患者時代 → 積極的な抗生剤治療 → 薬品会社による提供増加 → 薬品会社の利益アップ → 上層部による利益増加目標 → 過剰なMR宣伝 → 過剰な抗生剤治療 → 耐性菌の出現 → 院内感染などの医療問題の増加 → 厚生省などによる指導 → 医師<<患者時代 → 慎重な抗生剤使用 → MRらによる偏った情報の提供・EBMの乱用 → 抗生剤出荷増加 → より耐性の菌が増加
今、まさにこの時代の中にある。薬品業界は生き残りをかけて必死だ。
「まあ大事なことなんだけどな。トシキ」
「ええ」
「まず・・・本当に緑膿菌が原因なのかな?ってことだ」
「それはケースバイケースでしょう!」
「それと、検体を取るときの操作上ミスとか」
「雑菌の混入とか?」
「培養でそういう結果が出た、はいでは抗生剤いきますでは、
MRらの思うツボなんだよ!」
「では・・予防が重要ですか。やはり」
「白衣や手からの感染が多いようだ。職員からの」
「それは多いでしょうね。手袋・手洗いなどの基本が大事ですね」
「療養病棟で働いてたときは、オレも躍起になって注意してたんだが・・もう疲れた。医者の5〜6年目って転機だよな」
「なるほど。それで飛ばされたのか・・・」
「う、うるさい!」
コメント