2NDLINE  2

2005年6月29日
僕らは順々にあくびをした。慢性的な寝不足が続いている。

「昼の2時か。大学病院の外来は、もう終わってるかな・・」
僕は新調の腕時計を眺めていた。

 僕らはみなスーツ姿で大学へ向かっていた。新たな病院に来て半年、月の手取りの100万は、飲み会や雑誌、小物などで半分が飛んでいった。残り半分を貯金に回したつもりでも、それがなぜか家賃や車のローンに消えていく。しかも月給が多くなるほど、確定申告は深刻だ。

 それと就職して気づいたが、うちの病院は退職金制度がない。後で知った。しかし民間病院では珍しいことではない。となると、月給が比較的多いのは当たり前だ。

 それにしても人の心は勝手なもので、懐が深くなると心まで余裕が出たようになる。自分にとってバブリーだったこの時期は、特にそうだった。自己満足的な性格に陥りそうになる。

「教授のことですから、外来は夕方までのんびりでしょう」
トシキ先生は呆然と外を眺めていた。
「シローだけ置いてきたけど、大丈夫かな」
「シローももう3年目だろ?そろそろオーベン離れしないとな」
僕は答えた。人のことは言えないが。

「ユウキ先生はどうでした?3年目の頃は」
「おれ?俺は・・」
「・・・・・」
「あまりいい思い出がないなあ・・」
「へ?」
「5〜6年目の話題が出たけど、この時期ってのは錯覚に陥りやすい時期だって」
「へえ・・」
「手技とか一通り、習い終えるだろう。で、自分は一通りできるから何でもできる。そう思うらしい。実はそうじゃないのにな!」
「僕へのあてつけですか?」
「おいおい!」

冗談もたとえ話も通じない男だった。

「口臭消し、いいかい?いる?」
運転席から右手が後ろに伸びた。
「さてと、打ち合わせどおりにやろうか。ユウキ先生」

僕は計画を思い出した。
「品川くんは・・いや、事務長は教授と面接だろ。トシキ先生は医局のパソコンに用事」
「パソコン自体が目的ではないです。自分は、パソコンに置いてある資料が欲しいだけです」
「どろぼう?」
「違います。自分が以前に置き忘れた、データ資料です」
トシキ先生はムキに答えた。

「論文の症例報告などが入っているんです。それと専門医試験受験のための症例http://www.naika.or.jp/

「でもまだ残ってるのか?1年以上前の記録だろ?」
「大丈夫でしょう!」
「で、オレは新しい講師の先生にお会いする」

トシキ先生はノートパソコンを起動している。

「何だそれ?」
「医局長ですからね。病棟の把握はしとかないと。今日は空床がかなりできるようだな。いかんいかん!」
「マメだなお前・・」

事務長の顔がミラーで見ている。
「トシキ先生のこういうとこ、見習ってよ!ユウキ先生!」
「やだよオレ。こんな石橋を叩きすぎて割る性格」
「ユウキ先生は叩かず渡るでしょうが?」
「何度も落ちたよ」
「今度の橋は、絶対に渡らないと!お願いしますよ!」
「今日の用事はともかく、俺は病棟の割り振りまでは・・トシキ先生は大学で病棟医長をやってたんだろ?」
「ええ」彼はパソコンに熱中している。
「噂ではゲシュタポ並みだったんだって?」
「大げさな。周囲の医局員は、誰も手伝ってくれませんでしたよ」
「それが大学だろう?」

トシキ先生は見られたくないのか、ノートを閉じた。

「でも、そういう意味でかなり鍛えられましたね。1日1日が戦争でした」
「俺のときと、ずいぶん違うな。1年しか離れてないのに」
「それが大学なんですよ。1年たっただけで、メンツがずいぶん違う。それだけ人の出入りが激しいんです。先輩」
「いきなりジオング。いや、先輩かよ・・」

外車は徐々にスピードを上げ、高速道路の入り口に差し掛かった。

「さ、高速に移るぞ!」

車はズドンと彼方へ駆けていった。

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