2NDLINE  3

2005年6月29日
真田病院では午前の外来がほぼ切り上げられていた。
外来のスタッフ達はお互い寄り添って話している。

「シロー先生だけだったから。大変だったわね」
ナースの1人が呟く。隣を掃除のオバサンがていねいに掃く。
「さっき医局行ったらさあ、シロー先生の机の上!」
「何?エロビデオ?」
「弁当箱!」
「愛妻弁当?」
「そうそう!アツアツやねえ!」
「そういや彼。最近太ってきたんちゃうの?」
「幸せ太り幸せ太り!はははは!」

オバサンナースや掃除のオバサンたちの情報交換は、こういった場所・時間に行われる。次元的にはこういった内容だ。だれがだれとどうしたか、だれが男前でやさしいとか、おこられたとか・・・。

「ほら!仕事仕事!」
若い事務員の田中がヅカヅカ近づいてきた。

「事務長がいないからって!」
田中は背筋が伸びており貫禄があった。

「みんな!夜の外来もよろしく!今の病棟は・・・全350床のうち、7床も空いてる。7床もだよ!ななしょう!」
彼は周囲の人間の顔を見回した。
「それに午後、6人が退院する。バカでも分かるな?13のベッドが不在なわけだ。じゅうさんのべっどがふ・ざ・い!」

みな緊張したまま、彼の汗ばんだ顔に注目している。

「夜診でこれを埋め、常に満床にしないといかん!品川事務長も最近非常にゴキゲンが悪い!このままだとカミナリが落ちるぞ!」

彼はサッと向きをかえ、病棟に向かった。
とたん、ヒソヒソ話があちこちで始まった。これもよくある光景だ。

2階は軽症患者が多く、退院予備軍的な扱いが強い。
「婦長!婦長!」
田中はダンダンと机を叩いた。

婦長がカーテンの向こうからやってきた。
「婦長!何を休憩しとるか!」
「休憩ではないです・・」
品の良い感じの婦長はマダムといった感じだ。

「また勤務表の作成か?」
「はい」
「そればっかだなアンタは。まあいい!婦長。ここから退院が6人出るようだが・・」
「そうでーす」
「なにが、そーですだ。なんとか伸ばしてくれ!」
「えっ?無理ですよそんなの」
「む、無理でもやなあ!」

田中事務員はあくまでも品川事務長の代理だ。彼は勢いがありすぎだ。

「事務長の意向で、ここまで引き止めた患者も多いんです!」
「うむ!わかるけど。わかるけどお!」
「週明けまで伸ばして、新しい治療もなしでは・・」
「ドクターに説得してもらうとかだな!今から医局に直接声をかけるとか!」
「そのドクター達は、今日は大事な用事で外出!」
「ちい・・がいしゅつ!がいしゅつか!」

彼はあきらめ、廊下へ出た。院内使用可能のPHSを取り出した。

「ケースワーカーか?軽症病棟はガラ空きだ。補給を頼む。頼むよ。君らの本来の仕事だろ!給料もらってんだろ?きゅうりょう!」
彼は膝でパタンと携帯を折りたたんだ。
「これでかゆけつライオン丸!」

彼は尻を掻きながら、ゆっくり階下へ降りて行った。

しかしその上の階・・・さらにその上では・・・

「マッサージ、もっと速く!」
シローはナースを指差し、挿管チューブを固定にかかった。
「24cmで固定したぞ!」
近くのナースがメモしているが、シローがいきなりどついた。

「レントゲン呼べ!レントゲン!呼吸器呼吸器!セッティング!」
「今やってます!」
切れたナースが呼吸器のテストバッグをチェックした。
「ふくらみ良好。先生、どいて!」
婦長のミチル(29歳)は素早く、呼吸器と挿管チューブ先端を接続した。

しかし、モニターは依然フラットだ。
マッサージのときだけ波形が出る。
しかしマッサージを止めると・・・やはりフラットのままだ。

「かか、家族は?家族!」
シローは慌てていた。
「東京から向かってます!設定はこれで?」
ミチルは呼吸器の設定を促した。

シローは腕組みのスタンドプレーだ。
「FiO2 100%!1回換気量500ml!」
「先生が、自分でやってください!」
「やってくれよ!」
「動かずに自分だけ!」
「なんやて?」
彼は仕方なく、自分で呼吸器のツマミをあちこち調節した。

ボスミンの効果でモニターは徐々に復活してきた。

詰所へ帰るミチルを、彼は引き止めた。
「婦長になって、偉そうなもんだな!」
「なにが!私だって好きで婦長になったんじゃない!」
「前の婦長がクビで辞めたからな!」
周囲の人間が散らばり出した。手がつけられないといった感じだ。

「俺らなんか、朝・晩関係なしでやってるんだ!君らみたいに、
日勤・夜勤で割り切って仕事してるんじゃないぞ!」
「割り切るなって言い方はやめてよ!じゃあアンタやってみる?」

田中事務員が上がってきた。
「どうしたのですか!2人とも!」
「(2人)うるさい!」

詰所横の病室ではレントゲンが準備中。
「ポータブル写真、いくよー!」
遊び人風のレントゲン技師が、スタッフを廊下へ下がらせ、
自分も廊下へ下がり・・ボタンを構える。
「よっと!」
ピッ!という音で撮影は終了。

すると廊下にシローとミチル婦長が飛び出してきた。

「僕の指図にケチつけるな!」
「トシキ先生ならいいですよだ!」
「いっとくがな!僕はもうあの人のコベンじゃないぞ!」
「怒ってガラス割らないでちょうだいよ!」
「あれは足がすべったんだ!足が!ったく。どいつもこいつも・・!だあ!」

シローは詰所に入り、モニター一覧を眺めた。一般病棟のこの
フロアだけで、10人分ついている。ピコピコ音声のオンパレードだ。
「まったく。この音が毎晩、寝言のように出てくるよ!」
彼は詰所奥の休憩室に顔をのぞかせた。

「食べるもの、ある?」
「先生のはないです」
ナースら6人はいっせいに答えた。遅い昼食をとっている。
「モニターは誰が監視を?そこからは見えないだろ?」
「見えますよ」若いナースが答えた。
「え?」
「う・し・ろ・の!」
「百太郎?」

シローの後ろの鏡にモニター画面が全て映っていた。

「ふーん。で?彼らはいつ帰ってくる?」
「彼ら?」若いナースは意味が分からなかった。
「ユウキら3人だよ!」
「いいんですか?大学時代の先輩を呼び付けで!」
「いいんだよ。僕はどうもアイツは・・」
「言ってやろ〜!」
「気に入らないんだ。ジョークばっかりで。なんというか、そのなんと・・」
「すいちょうけん?ってやつ?アハハ!」
「ほらきた!ジョークが君らにも感染したか!職場に笑いを持ち込んじゃダメだよ!」

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