2NDLINE 4
2005年6月29日「へくしょい!」
外車は大学病院の門をくぐるところだった。
「懐かしいでしょうが?ユウキ先生」
事務長はゆったりとハンドルを右にきった。
「ここにもいい思い出はないよ」
「たしか大学の駐車場は・・フラれた場所?」
「内緒だろうが!口軽男!」
僕は後ろから手を回した。
「あべし!」
車は玄関前を素通りした。
事務長はオンフックで車内電話。
「医局ですか?」
『医局秘書です』
「教授は来られてますか?」
『お待ちしています』
「駐車場をお借りしても?」
『教授専用駐車場へお願いします』
「了解。場所は知ってます」
ゆったりと指示器を点滅させながら、車は駐車場へと入り込んだ。裏の入り口の近くが空いており、そこへバックモニター下で車を入れていく。
品川君は前を見ながらハンドルを小刻みに操作していた。
「じゃ。私は教授に挨拶したあと、ここで待ってますんで」
「(2人)はいはい」
「<はい>は1回でよろし!」
「(2人)はいはい」
まず僕が降り、私服のままで裏口から病棟の1階に入った。
廊下で患者や家族らの波に合流した。なんかMRのようにも見える。
病院の内装は、至る所リフォームされており、国の機関としての余裕を見せ付ける。
「民間組織は貧乏になる一方だってのに。僕らの税金はどんどん吸われてばっかりだ。もうけるほどにな・・」
お腹がグルグルと鳴る。朝から下痢気味だ。
最近話題の<過敏性腸症候群>だろうか。
患者用トイレをあたってみたが・・・男性用5つとも空いていない。朝の検尿とかの都合もあるんだろう。
5分待っても空かないので、ひとまず用事を済ますことにした。
なつかしの医局へ。
「秘書さん・・ですか?」
「はい」見たことのない若い秘書さんだ。水商売風だが。
「あのですね。医局長の先生は・・」
「廊下を出まして、そちらです。お待ちしているようです」
「はい、どうも」
この間にも、医局に次々と出入りする医局員に出くわした。
半年振りというのに、見たことのない顔ばかりだ。
「ユウキです。入ります!」
ガチャ、と部屋に入ると、講師用の2人部屋。1人が待っている。
「こんにちは」礼儀正しい先生だ。40代でさわやか系だ。
「はじめまして。講師の鈴木です。ユウキ先生・・だよね」
「そうです。いつもお世話になります」
「勇敢だったね」
「?」
「真田病院に透析患者を搬送して・・ほら。近畿の医学雑誌に載ってた」
「ああ。あれですか・・」
僕は時間の都合で話題を変えた。
「あのですね。うちの事務長からお聞きになったと思いますが」
「ああそうだね。2000年問題の件ね」
「はい。当院は医師数が相変わらず不足してまして。トラブルが
発生したときなど特に・・」
「名義貸しなら、なんとかできますがね。兵隊はいくらでもいますから」
僕がお願いしたいのはその件ではない・・。
「年末待機の際、使用してない呼吸器を何台かお借りしたいのです」
「へえ。そっちの病院の呼吸器は?」
「17台がほぼフル稼働状態です」
「うん。1台ならなんとかなるよ。でも・・・大丈夫じゃないのかなあ?」
「?」
「2000年問題ってあれでしょう?いろんな機械・器具にチップが埋め込まれていて・・ゾロ目がいきなり揃う衝撃でリセットされて止まってしまうっていう」
「はい。特に深刻なのが、人工呼吸器やIABP、ペースメーカーなどの医療器具です」
「ペースメーカー植え込みの患者さんは病院に全員集合してもらう方針だけどね」
彼は紳士的だった。
「では・・年末当日連絡の上、当医局へ寄り給え。病棟医長通じて1台は貸せると思う」
「ありがたきしあわせ」
難なく、終わった。
「あ、待ちたまえ」
「はい?」
「念のため、うちの病棟医長とも普段連絡を取れるようにしておきたまえ」
「は、はい」
彼は内線で連絡していた。
「ユウキ先生。もうちょっといいですか?病棟医長はすぐ来ますから」
「で、では今のうちに・・・」
「ん?」
「トイレを」
廊下へ出て、共同トイレへ。
「くそ!ここもドアノブが<赤>か・・・」
耳を澄ますと、誰かが携帯で話している。
僕は入り口を足で蹴って、廊下へ戻った。
もう1度、講師室へ。
「失礼し・・」
入った途端、目を疑った。そういう内容でもないが。
その男はユラ〜と立ち上がった。
「島です。先生。お久しぶりですね」
彼はニヤリと黄色い歯をのぞかせた。
僕の最もソリの合わなかった人物だ。
「あ、ああ。よろしく」
「僕の判断で、呼吸器の貸し出しの是非を決めさせていただきますので」
彼の態度は相変わらずデカかった。
「どうですか?ユウキ先生の病院は」
「オレの病院じゃないけどな」
「透析患者、よく助かりましたね」
またあの件か。
「あの病院の近くに透析病院があったのに。そこへ運んだらよかったじゃないんですか?」
「マスコミ報道のせいで、どこの病院も取ってくれなかったんだよ!スカ・・」
「ん?」
「スカベンジャー・・・」
僕は1歩退がり、形だけペコッと頭を下げた。
「じゃ、島くんよ。メールするわな」
「アドレスはこれです」
「名刺?お前が?いやいや・・・これは結構結構。コケッコー」
講師の先生は優しく見守っていた。
「では、またご連絡いたします!いたちま〜ちゅ!ドン!」
僕は島をからかうように一瞥、パタンと廊下へ出た。
「あいつか・・・まだいたのか。しかしやりにくい奴だよな・・」
島は鈴木先生の真向かいに立ち、机に両手をはりつけた。
「鈴木先生。奴らには呼吸器でなく、名義だけ貸してやったらどうです?」
「そうもいかんさ。私の判断ではそこまでできん。それにしても彼・・本当に何か起こるとでも思ってるらしいな」
「どうせ何にも起こるわけないのに!」
「しかしオレも大変さ。2000年問題に備えてのマニュアル作りに、対処法・・国の機関は実践もろくにせんくせに、やれマニュアル、マニュアルだ!」
島は勝手に原稿を何枚か見ていた。
「実際起きれば、とりあえず困るのが呼吸器などの機械関連ですね」
「なので、病棟の呼吸器は極力減らしておけ」
「一般病棟ですから、ほとんど呼吸器はついてませんよ。大学の一般病棟ナースに何ができます?」
「だろな。オレも年末は家に帰りたいしな。そこは臨機応変にな!」
彼らは部屋を出た。
鈴木先生はすぐに立ち止まった。
「そういや、うちの医局員が3人もあの病院に取られたんだったな!うむ・・・あれは許せんな!」
「もっともです」
「あとは君に任せる。何かギャフンとでも言わせてやれ!」
「はい!喜んで・・!」
イエスマンと鈴木先生は張り切って、廊下を走っていった。
外車は大学病院の門をくぐるところだった。
「懐かしいでしょうが?ユウキ先生」
事務長はゆったりとハンドルを右にきった。
「ここにもいい思い出はないよ」
「たしか大学の駐車場は・・フラれた場所?」
「内緒だろうが!口軽男!」
僕は後ろから手を回した。
「あべし!」
車は玄関前を素通りした。
事務長はオンフックで車内電話。
「医局ですか?」
『医局秘書です』
「教授は来られてますか?」
『お待ちしています』
「駐車場をお借りしても?」
『教授専用駐車場へお願いします』
「了解。場所は知ってます」
ゆったりと指示器を点滅させながら、車は駐車場へと入り込んだ。裏の入り口の近くが空いており、そこへバックモニター下で車を入れていく。
品川君は前を見ながらハンドルを小刻みに操作していた。
「じゃ。私は教授に挨拶したあと、ここで待ってますんで」
「(2人)はいはい」
「<はい>は1回でよろし!」
「(2人)はいはい」
まず僕が降り、私服のままで裏口から病棟の1階に入った。
廊下で患者や家族らの波に合流した。なんかMRのようにも見える。
病院の内装は、至る所リフォームされており、国の機関としての余裕を見せ付ける。
「民間組織は貧乏になる一方だってのに。僕らの税金はどんどん吸われてばっかりだ。もうけるほどにな・・」
お腹がグルグルと鳴る。朝から下痢気味だ。
最近話題の<過敏性腸症候群>だろうか。
患者用トイレをあたってみたが・・・男性用5つとも空いていない。朝の検尿とかの都合もあるんだろう。
5分待っても空かないので、ひとまず用事を済ますことにした。
なつかしの医局へ。
「秘書さん・・ですか?」
「はい」見たことのない若い秘書さんだ。水商売風だが。
「あのですね。医局長の先生は・・」
「廊下を出まして、そちらです。お待ちしているようです」
「はい、どうも」
この間にも、医局に次々と出入りする医局員に出くわした。
半年振りというのに、見たことのない顔ばかりだ。
「ユウキです。入ります!」
ガチャ、と部屋に入ると、講師用の2人部屋。1人が待っている。
「こんにちは」礼儀正しい先生だ。40代でさわやか系だ。
「はじめまして。講師の鈴木です。ユウキ先生・・だよね」
「そうです。いつもお世話になります」
「勇敢だったね」
「?」
「真田病院に透析患者を搬送して・・ほら。近畿の医学雑誌に載ってた」
「ああ。あれですか・・」
僕は時間の都合で話題を変えた。
「あのですね。うちの事務長からお聞きになったと思いますが」
「ああそうだね。2000年問題の件ね」
「はい。当院は医師数が相変わらず不足してまして。トラブルが
発生したときなど特に・・」
「名義貸しなら、なんとかできますがね。兵隊はいくらでもいますから」
僕がお願いしたいのはその件ではない・・。
「年末待機の際、使用してない呼吸器を何台かお借りしたいのです」
「へえ。そっちの病院の呼吸器は?」
「17台がほぼフル稼働状態です」
「うん。1台ならなんとかなるよ。でも・・・大丈夫じゃないのかなあ?」
「?」
「2000年問題ってあれでしょう?いろんな機械・器具にチップが埋め込まれていて・・ゾロ目がいきなり揃う衝撃でリセットされて止まってしまうっていう」
「はい。特に深刻なのが、人工呼吸器やIABP、ペースメーカーなどの医療器具です」
「ペースメーカー植え込みの患者さんは病院に全員集合してもらう方針だけどね」
彼は紳士的だった。
「では・・年末当日連絡の上、当医局へ寄り給え。病棟医長通じて1台は貸せると思う」
「ありがたきしあわせ」
難なく、終わった。
「あ、待ちたまえ」
「はい?」
「念のため、うちの病棟医長とも普段連絡を取れるようにしておきたまえ」
「は、はい」
彼は内線で連絡していた。
「ユウキ先生。もうちょっといいですか?病棟医長はすぐ来ますから」
「で、では今のうちに・・・」
「ん?」
「トイレを」
廊下へ出て、共同トイレへ。
「くそ!ここもドアノブが<赤>か・・・」
耳を澄ますと、誰かが携帯で話している。
僕は入り口を足で蹴って、廊下へ戻った。
もう1度、講師室へ。
「失礼し・・」
入った途端、目を疑った。そういう内容でもないが。
その男はユラ〜と立ち上がった。
「島です。先生。お久しぶりですね」
彼はニヤリと黄色い歯をのぞかせた。
僕の最もソリの合わなかった人物だ。
「あ、ああ。よろしく」
「僕の判断で、呼吸器の貸し出しの是非を決めさせていただきますので」
彼の態度は相変わらずデカかった。
「どうですか?ユウキ先生の病院は」
「オレの病院じゃないけどな」
「透析患者、よく助かりましたね」
またあの件か。
「あの病院の近くに透析病院があったのに。そこへ運んだらよかったじゃないんですか?」
「マスコミ報道のせいで、どこの病院も取ってくれなかったんだよ!スカ・・」
「ん?」
「スカベンジャー・・・」
僕は1歩退がり、形だけペコッと頭を下げた。
「じゃ、島くんよ。メールするわな」
「アドレスはこれです」
「名刺?お前が?いやいや・・・これは結構結構。コケッコー」
講師の先生は優しく見守っていた。
「では、またご連絡いたします!いたちま〜ちゅ!ドン!」
僕は島をからかうように一瞥、パタンと廊下へ出た。
「あいつか・・・まだいたのか。しかしやりにくい奴だよな・・」
島は鈴木先生の真向かいに立ち、机に両手をはりつけた。
「鈴木先生。奴らには呼吸器でなく、名義だけ貸してやったらどうです?」
「そうもいかんさ。私の判断ではそこまでできん。それにしても彼・・本当に何か起こるとでも思ってるらしいな」
「どうせ何にも起こるわけないのに!」
「しかしオレも大変さ。2000年問題に備えてのマニュアル作りに、対処法・・国の機関は実践もろくにせんくせに、やれマニュアル、マニュアルだ!」
島は勝手に原稿を何枚か見ていた。
「実際起きれば、とりあえず困るのが呼吸器などの機械関連ですね」
「なので、病棟の呼吸器は極力減らしておけ」
「一般病棟ですから、ほとんど呼吸器はついてませんよ。大学の一般病棟ナースに何ができます?」
「だろな。オレも年末は家に帰りたいしな。そこは臨機応変にな!」
彼らは部屋を出た。
鈴木先生はすぐに立ち止まった。
「そういや、うちの医局員が3人もあの病院に取られたんだったな!うむ・・・あれは許せんな!」
「もっともです」
「あとは君に任せる。何かギャフンとでも言わせてやれ!」
「はい!喜んで・・!」
イエスマンと鈴木先生は張り切って、廊下を走っていった。
コメント