2NDLINE  13

2005年6月29日
シロー先生は医局で遅い昼ごはんをとっていた。
「もう夕方の4時だよ。まったく・・」
しかし携帯は非情にも鳴り続ける。
「もしもし?今はいけないよ!」
「ミチルです」
「なんだよ婦長!何!」
「過敏性腸症候群の患者さん」
「昨日入院の?明日には帰れるよ」
「抗うつ薬が出てるんですけど」
「腸自体には問題ないって、本人にも説明したよ!」
「でも、患者さんが疑問をもってらっしゃいます!」
「説明はした!」
「患者さんが、この薬は何かってナースに聞くものですから」
「ええ?それでまさか<はい、抗うつ薬です>と答えたとでも?」
「そうなんです」
「なあにがそうなんです、だよ!」
彼は目の前の定食がうらめしかった。

「先生。今から降りてきて、説明していただけますか」
「今から?おいおい、食事くらい食わせてよ」
「患者さんは今から外出するので、その前にと」
「明日あたり、またするよ」
「明日の早朝に退院なんです!」
「どうしようかな」
「連れて行きます!」
「え?おい!」

電話は切られた。ミチルの気の強さには、誰もが舌を巻いていた。

しかしどれも患者への思いやりあってのことだった。

「こんにちは。先生」
患者は医局に入ってきた。
「まま、待って!」
彼は廊下へ押し戻された。
「そこの休憩室で話を!」

シローと30代男性は向かい合った。

「大腸カメラは問題はなかった。そう説明しましたよね!」
「ええ。それは聞きましたよ。でも先生・・・抗うつ薬って。それってどういうことなんですか?納得できません」
「病名は言いましたよね」
「ええ。腸症候群」
「過敏性、腸症候群。IBS。過敏性腸症候群ですよ。いい?」
「腸が過敏なんですよね」
「腸の自律神経異常、あるいは腸を支配する中枢神経の異常で起こる」
「ストレスが関係すると?」
「そうそう」
「でも私、うつ病ではないです!それに先生。僕インターネットで調べましたよ!」
彼はノートパソコンを持っていた。

「ほら!腸管機能調整薬から使用しろって!」
「うん。それはもう入院前に試したんです」
「だからといって、抗うつ薬なんて・・」
「この疾患の1割はうつ病を合併するんです。この場合、抗うつ薬が効くと言われてまして・・」
「じゃあ効けばうつ病ってことですか?」
「なるほど?」
「もういいです。今日、退院します!」
彼は切れて、出て行った。

「なんだよ・・・!」
シローはすねて、医局へ戻った。こういうことがあると、もう食欲も出ない。シローは食べるのをあきらめた。
「抗うつ薬という名前がいけないんだよな。いっそ英語訳のマイナートランキライザーで統一すりゃいいのに!」

また携帯が鳴る。
「はい?」
「シロー先生。夜診の開始15分前ですが」
外来ナースだ。
「待たせてよ。休む暇がない!」
「ですが、嘔吐が激しい方が来られてて」
「休ませといて。それとプリンプリン。じゃないない、プリンペラン!」
「そちらへ連れて・・」
「わかったわかった!こうさんこうさん!」
シロー先生は断りきれず、下の階へ向かった。

「お疲れ!」
途中、禁忌キッズの2人に出会った。ジャニーズ系だ。
「ツブヤキ、どうした?」
トドロキ元医長が、からかうように問うた。

「あ。消化器の患者っぽいんですよ」
「俺らはもう、5時で切り上げだ!」
「あと10分はあります。お願いできませんでしょうか・・」
「予定がある!」
「ごご、合コンですか?」
「ごご、5時からだよ!」

ハヤブサは嬉しそうにからかった。

彼ら2人は悠々と医局へ戻っていった。

シローは外来へ降りた。

「先生。患者さんは今、トイレに行きました」
外来ナースがトイレに走っていった。
「血は出てない?」
「はい・・・だと思います。分かりません」
「どっちやねん?」
シローは一足早く、外来の机に座った。

近くを気合いっぱいの田中事務員が通りかかる。
「おっ!先生が早くも張り切って降りて来られている!これはこれはすばらしい!」
「呼ばれたんです!」
「いやあ、それでも。すぐに降りてこないドクターもいます」
「だろね」
「ユウキ先生とか」
「いっしょにしないでよ」
「まさか。シロー先生は私たちの貴重な・・」
「カネヅル?」
「な!何をおっしゃいます!はあああ!」

患者は車椅子で入ってきた。中年女性。
「吐いて、下痢して・・」
「熱は?」
「熱はない」
ナースが耳に体温計を入れ、ピピッとすぐ反応した。
「38.7度」
「熱、大ありですね」

患者を寝かし、診察。
「腹部のゴロ音は弱いな・・」
「なんでっしゃろか?」
「シーッ!」
採血点滴、写真をオーダー。

「入院しないと、いけまへんか?」
「入院?歩けてるし・・いいでしょう」
「そうですか。ありがたいありがたい」
患者は出て行った。

夕方の外来に向けて、職員達は揃い始めた。
待合室も騒がしくなってきている。

「今日は内科は1診だけですか。大変ですね」
若いナースが髪を後ろでくくりながら登場してきた。
「彼らはまだ戻ってない?」
「あの3人トリオ?まだのようですね。渋滞があって」
「じゅうたい、じゅうたいか!じゃ!外来始めるよ!呼んで!」

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