2NDLINE  17

2005年6月29日
早朝、2週間に1回の朝礼。
大駐車場で行われる。冬だが日差しがまぶしい。

事務長が手を頭にかざす。
「おはよう!」
「(一同)おはようございます!」
「みんな知っての通り、これから年末までいろいろと課題が多い!」

僕は遅れて、列の中に入った。

「二千年問題に関しては、いろいろ対策を立てているところだ。最近の医療器械に関しては問題ないと言われているが、旧式の機械は大いに問題がありそうだ。当院の人工呼吸器などの医療器具は、他の病院からの使い回しが多いからね」

そうなのだ。17台稼動中の呼吸器のうち7台は旧式だ。しかもそのうち1台は最・旧式型で、わずかなダイヤルしかない。SIMV、PEEPもプレッシャーサポートもない。強制換気のワンパターンのみだ。しかし病院としては利益に直結させるため、古い呼吸器でも使用し続けたい。

「なので今後は救急の数を減らし、最・旧式の呼吸器1台は倉庫にお蔵入りさせる。あと旧式6台の患者は、できれば呼吸器から離脱させるかしてもらえれば幸いだ!ドクターたちも医局でグータラしてないで、ぜひ協力を願いたい!」
「(一同)ははははは・・・」
「何がおかしい?」
彼は真顔だった。事務長の仕事が続くにつれて、彼は徐々に厳格になっていた。

「君らが日頃起こしてるトラブルを、日夜解決しているのは誰だ?誰のおかげ?」
「(一同)・・・・・・」
「病院でもリストラの時代だ。あまりに目に余るものがあれば、俺の判断でここを売ってもいいんだぞ!」

事務長に悪意はない。これが計画的な演説なのはドクター達には知らされていた。

「そうならぬよう、常に緊張感を持て!」
「(一同)・・・・・」
「今回、2000年問題対策委員会の、委員長を彼に任命した!」

歩み出たのは、禁忌キッズのトドロキ元医長だ。

「彼が自ら名乗り出てくれた!では先生。どうぞ」
トドロキはいつになく張り切っていた。
「みんな、2000年問題って意識してる?アウトオブ・眼中?」

つまらんジョークに、ナースらは愛想良く笑った。

配られた紙にはこう書いてあった。


コンピュータシステムが、西暦年を4桁でなく下2桁の記述によって処理している場合、

00年を1900年代/2000年代と判明出来ず、正常な処理が行われなくなる、

あるいは、1999年12月31日を越すと、コンピュータシステムが正しく機能しなくなる、

という問題。

業務上発生する具体的な例としては、 事務系等の例を挙げれば

99年より00年の方が<小さい>と判断し、日付の並びが逆転したり、データが集計されなくなる。日付で99年と入力すると、無期限とコンピュータが判断して処理してしまう。日付で00年が入力不可能となる。薬などの伝票日付の先打ちができない。薬局などでの仕入・在庫・出荷、事務での患者関連、救急隊関連のシステムの連携ができなくなる。検査予約業務で過去の予約とみなし、入力不可となる。などなど。
     』

「下二桁。これがクセモノなのだ。下二桁による表示が慣習化されたため、日付が00にリセットされることで、機械は過去をさかのぼる。下手すりゃ、自分を過去のものと思いかねない。それが医療器械だとどうなるか・・・停止するおそれもあるわけだ。問題は得体の知れない旧型だ。最旧式は倉庫にしまうが、残り6台の呼吸器は今後も稼動を続ける。ただ2000年問題でのトラブルは避けたい。トラブルを起こせば、マスコミが喜んで飛びつく!トラブルを避けるためにはそれなりの対策が必要だ!」

 確かに誰かが内部告発すれば、ニュースものだろう。内部告発は現役の職員というのが条件だから、よほどの覚悟がいる。

 彼は色気たっぷりに若いナースらをターゲットに演説を聞かせた。

「ミホちゃん。僕らの仲もリセットできたらいいね。なんてね」
「(一同)ウフフフフフ・・・」

僕はかなり不快だった。
「アホか、あいつ・・・」

「事務はまあいい。問題は医療器械だ。万一の事態を考え、
呼吸器の使用は制限していく!事務長の指摘通り、ウイニングできる患者は早めに抜管!」
「あいつ。よくあんなこと言えるな・・・」
僕はボソッとつぶやいた。

「最旧式の呼吸器は倉庫入りでなく、処分されては・・?」
シローが質問した。
「今後また稼動させることもありうるんですよね。点検は大丈夫ですか?」
「業者に連絡してバックアップは図ってる。万が一の使用でも全く問題はない。今回はお蔵入りだが、場合によっては稼動させる!」
トドロキ元医長は自信満々で答えた。

「業者が病院の外で待機するということらしいですが!」
トシキが叫んだ。
「どれくらい離れた場所で?」
「当日は年末で混雑が予想される。自動車での迎えで10分程度の距離だ!」
「もし当院の呼吸器に問題が起きたら、その間ずっとアンビューで待機ですか?」
「そうだ!」
元医長は言い放った。

「そんなに離れてて、もし大渋滞にでも発展したら・・その場合の対処は?」
トシキはネバっこく聞いた。
「何を聞きたいんだ?」
トドロキは不快をあらわにした。

「地理的に無理があると思います。呼吸器が業者から届かない可能性が!」
「だから!君らは大学までお願いに行ってきたんだろう?」
「ですが、借りられるのは1台だけです。トドロキ。もうちょっと真剣に考えてみるべきではないのか?」

トシキのやつ、いくらなんでも言いすぎだ。とは思わなかった。

「事務長!これだけの対策で終わらせず、君はセカンドラインの草稿を至急まとめるべきだ!」
「わかったわかった。代替案だな。呼吸器が大学や業者から届かない場合のだろ。1つの対策で終わらすなって。そういうことだろ?」
事務長もヤケになってきた。

「い、以上だ。なにか質問は?ないな」

遅刻して来た僕は、徐々に頭が活性化されてきた。事務長はプライドを取り戻し演説を続ける。

「この日差しを見ろ!患者さん方は、苦しい体にムチを打ってまでもこの病院に来てくださる。この日差しに負けることなく、な!ユウキ先生!」
「へっ?」
僕は周囲を見回した。

「お、おれ?」
「遅刻したら減俸!」
「うっそー!」
「でも、本当は病棟を診てた?」
「そうそう!」
「みんなはウソをつかぬよう!解散!」
「(一同、爆笑)」

みな一斉に持ち場へと分散していった。

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