2NDLINE 20
2005年6月29日僕は再び外来へ戻る。
「あれ?」
事務長が診察室に座っている。
「なんだよ?これはギャグか?」
「僕もちょっと、診てもらおうかと」
「性病は担当が違うけど」
「関連病院の件で機嫌がいいから、何を言われてもOKだよん!」
なんだかんだ言って、事務長はえびす顔らしい。
「事務長はよく酒飲むから、採血、それとCTでもしよう。造影でね!」
「いきなり造影ですか。とほほ」
彼は病衣を着せられ、あっという間に連れて行かれた。
昼過ぎの病棟。トシキ先生は着々と仕事を終わらせていた。
「指示に関して、何か質問は?」
「ないわ」
ミチルが答えた。
「CTとか全部できたな。やればできるじゃないか!」
ミチルはアンプルを片付けながら、看護主任と愚痴った。
「偉そうな医者!」
「ミチル。怒ったら?」
「トシキ先生には勝てないわ。やることやってるし」
「でも生意気じゃん!」
「患者さんに生意気なら、あたしも怒るけど・・」
「ドクターって、なんであんな横柄なのかな?」
「可愛い若い子とおんなじよ」
「ミチルのこと?」
中年の主任は顔を上げた。
確かにミチルは非の打ち所がないと言われている。<お人形さんのようにしてたらいいのに>という同僚の言葉を彼女は嫌っていた。
「あたしはもう若くない。それはいいとして」
「?」
「ま。チヤホヤされてたら、自然と横柄になるものよ」
救急室では呼吸器の設定も終わり、トシキはシローらを手伝っていた。
挿管したばっかりの入院患者を、これから病棟へ上げる。
「えらい旧式の呼吸器だな・・」
トシキ先生は目を丸くした。
「これ、ハズレのやつですよ。旧式の中でも一番ボロいの。これしかなかったですから」
「お蔵入りにするんじゃなかったのか?」
シロー先生は3〜4つほどのボタンを調整している。
機械は昔のレトロSF,といった感じのものだ。真田病院では
呼吸器のトリとして最後に使用するものだ。
「これ、大丈夫なんですかね?」
「呼吸状態は改善を?」
「ええ」
「ならOKなんだろうな・・」
「でも先生。設定できる条件があまりにも少ないです!」
「しょうがない。他の呼吸器が空いたら、つけかえよう」
彼らはいったん呼吸器を外し、アンビューバッグ下で病棟へ向かった。
だが現状は厳しかった。現在呼吸器がついている患者はいずれも重症病変をもつ。しかも年末の時期に離脱にもっていくなど、どう考えても無謀で迷惑この上ない考えだ。
時々外れるアンビューをキープしながらシローはエレベーターのボタンを押した。
「このアンビュー、なんかなあ。空気漏れしてるような」
「シロー。そう当たるな」
トシキはなだめた。
「呼吸器はこれでフル稼働だな。品川の奴、呼吸器の患者は減らすって言ってたのに・・・」
「経営者に逆らえないんでしょ?」
「そこが事務長の痛いところだ。スタッフの意見も聞かないといけないし」
「へくし!」
事務長はCTの撮影が終わり、廊下で待った。
「事務長。普段着に着替えたら?」
レントゲン技師が促す。
「いや。いいんだ。こうして患者の立場に立つのも勉強だ」
「ふうん・・」
「こうやって患者さんと同じ目線に立ち、患者さんとコミュニケーションを図る」
事務長は真横のじいさんに話しかけた。
「検査の結果待ちですか?」
問いかけたところ、そのじいさんはクワッと表情をこわばらせた。
「おいお前!」
「は?」
「わしは1週間前に予約してた!それなのに、お前が割り込んで!」
「え?そうなの?」
「そのせいで帰りのバスの時間がずれた!」
「すみません・・・」
僕は事務長を呼び出した。
「採血も出た。γ-GTPが上がってる。食べすぎか酒の飲みすぎだ」
事務長は痩せていて食べすぎという印象ではない。酒だろう。
「酒ね。はいはい。毎日晩酌してます」
「酒も女もほどほどにな!」
「女はわかりませんが、酒は努力してみます」
「CTはこれといったSOLもない」
「エスオーエル?」
「腫瘍などの、らしき所見」
「怖いな・・」
「胆石もなさそうだな・・超音波でも念を押しておくか!横になって!」
「はい?」
彼はナース2人によって、横にさせられた。
ナースはゼリーを彼の腹の上に、たっぷり落とす。
「なんか、ヘルスみたいだなあ。それも3Pだ!」
ナースらは気味悪がって出て行った。
「ユウキ先生がするの?」
「僕も腹部超音波はルーチンでやってる。じゃ!」
電気が消された。
「なんか、変!」
彼は縮こまった。
「やはり胆石はないようだ。ん?」
胆嚢の中に数ミリの高エコー。AS(アコースティックシャドウ:音響陰影)はない。
つまり胆石所見ではない。
「胆嚢ポリープだ。たぶん。3ヵ月後に再検を」
「胆嚢ポリープ?手術になる?」
「大きさは3ミリくらいだな。大きく見積もっても」
「ねえ。手術するの?」
「3ミリ・・」
「ねえ!」
「うるさいなあ!」
「患者の話を聞いてるのか?」
「聞いてるって!」
「僕の話も!」
「わかってる!今から言う!」
「はあ、はあ」
カーテンの向こうで笑い声が聞こえた。
「胆嚢ポリープは通常4ミリ以下だ。1センチ以上はかなりまれで、癌の可能性も念頭に置く。この場合外科に紹介してる」
「じゃあ、僕は大丈夫か」
「5−9ミリの場合も厳重な経過観察が必要だ。3ヶ月ごとのフォロー」
「僕は3ミリだから、いいだろ?」
「そこは主治医の判断だが、僕はいくら小さくても再検を勧めるよ」
「違う先生にしてもらおっと」
「同じ先生のほうがいいよ!超音波は」
残りの部分を観察し終了。
「高エコーだったか?本当に」
トドロキ元医長が現れた。
「やあ。もと医長」
僕は画面をプレイバックした。
「もと医長先生。これ、ハイエコー。真っ白だろ?」
「だが一部、ローにも見えるぞ」
「どこが黒い?」
「ここ。若干だが」
僕らの妙な言い合いが始まった。
トドロキの専門領域だけに、彼はしつこかった。
「ユウキ先生。このポリープの形状は?」
「形状は・・丸っこかったよ」
「山田の分類では?」
「山田の分類って、胃のポリープのときのだろ?」
「胆嚢ポリープでも表現する。知らないのか・・ダメだな」
彼は見下したように、画面を早送り、巻き戻しと繰り返した。
「3型ってとこかな・・あれは除外するつもりで見たのか?」
「なに?」
「頭に入ってなかったみたいだな。あれ」
「あれって何?」
「さあね・・」
彼は出て行った。
僕は悔しくて、超音波の本を開いた。
「胆嚢腺腫、それと・・ああ、これか。忘れてた・・」
Adenomyomatosis(胆嚢腺筋腫症)・・・。
「情けないな。僕はまだまだだ」
事務長はユラ〜と起き上がった。
「やっぱ、専門の先生に診てもらおうっと!」
「勝手にしろよ!」
「でもユウキ先生。消化器の方面もかなりいけるように
なったのでは?」
「胃カメラ、腹部エコーはね。大腸内視鏡は修行中」
「僕が高い金を工面して、招いた先生はどう?」
僕ら胸部内科グループ3人は、非常勤のドクターや外の臨時バイト病院で消化器関連の手技を習っていた。
そこまでしてもらった理由は・・・
キンキらに習いたくなかったという妙なプライドからだ。
「あれ?」
事務長が診察室に座っている。
「なんだよ?これはギャグか?」
「僕もちょっと、診てもらおうかと」
「性病は担当が違うけど」
「関連病院の件で機嫌がいいから、何を言われてもOKだよん!」
なんだかんだ言って、事務長はえびす顔らしい。
「事務長はよく酒飲むから、採血、それとCTでもしよう。造影でね!」
「いきなり造影ですか。とほほ」
彼は病衣を着せられ、あっという間に連れて行かれた。
昼過ぎの病棟。トシキ先生は着々と仕事を終わらせていた。
「指示に関して、何か質問は?」
「ないわ」
ミチルが答えた。
「CTとか全部できたな。やればできるじゃないか!」
ミチルはアンプルを片付けながら、看護主任と愚痴った。
「偉そうな医者!」
「ミチル。怒ったら?」
「トシキ先生には勝てないわ。やることやってるし」
「でも生意気じゃん!」
「患者さんに生意気なら、あたしも怒るけど・・」
「ドクターって、なんであんな横柄なのかな?」
「可愛い若い子とおんなじよ」
「ミチルのこと?」
中年の主任は顔を上げた。
確かにミチルは非の打ち所がないと言われている。<お人形さんのようにしてたらいいのに>という同僚の言葉を彼女は嫌っていた。
「あたしはもう若くない。それはいいとして」
「?」
「ま。チヤホヤされてたら、自然と横柄になるものよ」
救急室では呼吸器の設定も終わり、トシキはシローらを手伝っていた。
挿管したばっかりの入院患者を、これから病棟へ上げる。
「えらい旧式の呼吸器だな・・」
トシキ先生は目を丸くした。
「これ、ハズレのやつですよ。旧式の中でも一番ボロいの。これしかなかったですから」
「お蔵入りにするんじゃなかったのか?」
シロー先生は3〜4つほどのボタンを調整している。
機械は昔のレトロSF,といった感じのものだ。真田病院では
呼吸器のトリとして最後に使用するものだ。
「これ、大丈夫なんですかね?」
「呼吸状態は改善を?」
「ええ」
「ならOKなんだろうな・・」
「でも先生。設定できる条件があまりにも少ないです!」
「しょうがない。他の呼吸器が空いたら、つけかえよう」
彼らはいったん呼吸器を外し、アンビューバッグ下で病棟へ向かった。
だが現状は厳しかった。現在呼吸器がついている患者はいずれも重症病変をもつ。しかも年末の時期に離脱にもっていくなど、どう考えても無謀で迷惑この上ない考えだ。
時々外れるアンビューをキープしながらシローはエレベーターのボタンを押した。
「このアンビュー、なんかなあ。空気漏れしてるような」
「シロー。そう当たるな」
トシキはなだめた。
「呼吸器はこれでフル稼働だな。品川の奴、呼吸器の患者は減らすって言ってたのに・・・」
「経営者に逆らえないんでしょ?」
「そこが事務長の痛いところだ。スタッフの意見も聞かないといけないし」
「へくし!」
事務長はCTの撮影が終わり、廊下で待った。
「事務長。普段着に着替えたら?」
レントゲン技師が促す。
「いや。いいんだ。こうして患者の立場に立つのも勉強だ」
「ふうん・・」
「こうやって患者さんと同じ目線に立ち、患者さんとコミュニケーションを図る」
事務長は真横のじいさんに話しかけた。
「検査の結果待ちですか?」
問いかけたところ、そのじいさんはクワッと表情をこわばらせた。
「おいお前!」
「は?」
「わしは1週間前に予約してた!それなのに、お前が割り込んで!」
「え?そうなの?」
「そのせいで帰りのバスの時間がずれた!」
「すみません・・・」
僕は事務長を呼び出した。
「採血も出た。γ-GTPが上がってる。食べすぎか酒の飲みすぎだ」
事務長は痩せていて食べすぎという印象ではない。酒だろう。
「酒ね。はいはい。毎日晩酌してます」
「酒も女もほどほどにな!」
「女はわかりませんが、酒は努力してみます」
「CTはこれといったSOLもない」
「エスオーエル?」
「腫瘍などの、らしき所見」
「怖いな・・」
「胆石もなさそうだな・・超音波でも念を押しておくか!横になって!」
「はい?」
彼はナース2人によって、横にさせられた。
ナースはゼリーを彼の腹の上に、たっぷり落とす。
「なんか、ヘルスみたいだなあ。それも3Pだ!」
ナースらは気味悪がって出て行った。
「ユウキ先生がするの?」
「僕も腹部超音波はルーチンでやってる。じゃ!」
電気が消された。
「なんか、変!」
彼は縮こまった。
「やはり胆石はないようだ。ん?」
胆嚢の中に数ミリの高エコー。AS(アコースティックシャドウ:音響陰影)はない。
つまり胆石所見ではない。
「胆嚢ポリープだ。たぶん。3ヵ月後に再検を」
「胆嚢ポリープ?手術になる?」
「大きさは3ミリくらいだな。大きく見積もっても」
「ねえ。手術するの?」
「3ミリ・・」
「ねえ!」
「うるさいなあ!」
「患者の話を聞いてるのか?」
「聞いてるって!」
「僕の話も!」
「わかってる!今から言う!」
「はあ、はあ」
カーテンの向こうで笑い声が聞こえた。
「胆嚢ポリープは通常4ミリ以下だ。1センチ以上はかなりまれで、癌の可能性も念頭に置く。この場合外科に紹介してる」
「じゃあ、僕は大丈夫か」
「5−9ミリの場合も厳重な経過観察が必要だ。3ヶ月ごとのフォロー」
「僕は3ミリだから、いいだろ?」
「そこは主治医の判断だが、僕はいくら小さくても再検を勧めるよ」
「違う先生にしてもらおっと」
「同じ先生のほうがいいよ!超音波は」
残りの部分を観察し終了。
「高エコーだったか?本当に」
トドロキ元医長が現れた。
「やあ。もと医長」
僕は画面をプレイバックした。
「もと医長先生。これ、ハイエコー。真っ白だろ?」
「だが一部、ローにも見えるぞ」
「どこが黒い?」
「ここ。若干だが」
僕らの妙な言い合いが始まった。
トドロキの専門領域だけに、彼はしつこかった。
「ユウキ先生。このポリープの形状は?」
「形状は・・丸っこかったよ」
「山田の分類では?」
「山田の分類って、胃のポリープのときのだろ?」
「胆嚢ポリープでも表現する。知らないのか・・ダメだな」
彼は見下したように、画面を早送り、巻き戻しと繰り返した。
「3型ってとこかな・・あれは除外するつもりで見たのか?」
「なに?」
「頭に入ってなかったみたいだな。あれ」
「あれって何?」
「さあね・・」
彼は出て行った。
僕は悔しくて、超音波の本を開いた。
「胆嚢腺腫、それと・・ああ、これか。忘れてた・・」
Adenomyomatosis(胆嚢腺筋腫症)・・・。
「情けないな。僕はまだまだだ」
事務長はユラ〜と起き上がった。
「やっぱ、専門の先生に診てもらおうっと!」
「勝手にしろよ!」
「でもユウキ先生。消化器の方面もかなりいけるように
なったのでは?」
「胃カメラ、腹部エコーはね。大腸内視鏡は修行中」
「僕が高い金を工面して、招いた先生はどう?」
僕ら胸部内科グループ3人は、非常勤のドクターや外の臨時バイト病院で消化器関連の手技を習っていた。
そこまでしてもらった理由は・・・
キンキらに習いたくなかったという妙なプライドからだ。
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