サンダル先生 ? だる・・・
2005年8月29日2000年。
無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。
大学でふんぞり返る者、片手間でバイトだけする者、開業して数年で店をたたむ者・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対するまでの平穏な日々。まさにそれはバブリーな
つかの間の黄金時代であった。
病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。
これはその中での1エピソードだ。
月曜日。
病院の職員駐車場にマーク?を停め、スタッと飛び降りた。
病院のウラ玄関から入る。駐車場には外車など高級車の陳列。
医者はとにかく外車が好きだ。自分のステイタスを高めるもの、という理由も
間違ってはいまい。特に経営者など雑費が使える立場になると、すぐに外車を
買う。
入り口でサンダルに履き替え。足跡がペタンペタンと響く。僕は靴は使わない。
処置して血が飛んだりで、靴は履くべきでない。
そのため周囲からは「サンダル先生」と呼ばれた。しかし実際は、こういう口癖からだった。
「あ〜!だる!だる!だる!」
エレベーターでなく、階段を利用。患者らと鉢合わせを避ける。
時々しつこい人がいるからだ。
職場でのスタンスは、あくまで暖機運転から。
少しずつ復活してくる脳細胞。
途中で買うコーヒー。
いつもと同じ生活が続いていた。
しかし医局のドアを開けたとたん、静寂は破られた。
「北野です!学生です!よろしくお願いします!」
事務長がその学生と向かい合っている。
「では、1週間ということで・・ね」
「はいっ!」
学生は今どきで、非常に勢いがあった。
『モーニング』の連載マンガみたいだな・・。
「今日は月曜日で、一番忙しいんだぞ?」
僕はカバンをドサッと机に降ろした。
カバンに入ってるのはノートパソコン、折り畳み傘、読みもしない数冊の本。
「ふー・・・」
いつものように、ため息。疲れているわけではないが、癖になっている。
もうオヤジの仲間入りなのかもしれないな。僕は当時32歳くらい。
「ん?」
振り向くと事務長はもう姿を消し、私服の学生が立っている。
「オレの仕事ぶりを見るって・・・君は、何年生?」
「はいっ!医学部3年です!秋より解剖実習が始まります!」
「3年・・・今は夏休み?」
「はい!」
「遊んだらええのに」
「よ、予習は一通りしてきましたっ!」
彼の息は荒かった。
わたしはこういう暑いタイプは苦手だ。
「やりたいことないの?」
僕はこぼした。
「旅行とか、いろいろ・・」
「りょ、りょこうはあまり好きではありません!」
「あっそ・・」
「先生!先生方は夏休みとかはないんでしょうか?」
彼は唐突に聞いてきた。
「夏休みか。こういう民間の病院では・・・数日なら可能だよ」
「す、数日?」
「病院の業務の代わりを立てるんだ。そんな何日も連続して休めるもんか」
「で、でも大学はかなり・・」
「大学は人手が多いこともあって、代わりもきくから2週間ほど休めるんだ」
「はあ・・」
「だるう・・」
彼は少し焦っているようだった。
「オレが今働いているとこは、民間企業だよ。スタッフは働いて働いて、会社の利益を
上げなきゃいけない」
「大学は、国のためですもんね」
「大学医局だって、教授や自分の出世のために頑張れば、いつかは花開くさ」
僕は近くのロッカーまで歩き、開いたロッカー内から白衣を取り出した。
「ついて来るのは勝手だけど・・・公衆の面前ではあまり口を出さないように」
「はい!」
「これを羽織ってくれ」
「はい!ありがとうございます!」
彼はブカブカの白衣をぎこちなく着た。
僕は誰に対しても少し冷ややかだった。まあ、いろいろあるんだ。
時計を上目遣いで見ながら、医局を出る。9時を少し過ぎている。
院内PHSが鳴ったが、即消して階段を降り始める。
「ユウキ先生。電話が鳴っています!」
「外来からだ。いつもの催促だ。9時が開始だからね」
「ホントだ・・」
彼は腕時計を凝視した。
僕は事務室の横を通り過ぎた。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」
威勢のいい挨拶が交わされてくる。僕のほうは
「おはよ」
「おう」
「うん」
と、どことなく態度がでかい。
外来患者が待合室でぎっしり詰まっている。みな一斉にこちらを向く。
「なんじゃオマエ」と言わんばかりだ。
「おはようござい!」
僕はカーテンをくぐり、外来の机に座った。
「よいしょっと!だる!」
イスに座ると、いつもの光景だ。山積みのカルテ。その右手にはレントゲンなどのフィルム類。
どことなく奥から現れた、若いナース。
「・・じゃ、呼びます」
「待てよ」
僕は机の上の封筒を開けた。
「なになに・・・そうだ。この患者さんは、半年前に紹介した・・・そっか」
僕は手紙を封筒に戻した。
「お手紙ですか?」
北野は覗き込んだ。
「紹介状ですか?」
「え?ま、そんなとこかな」
「急性腎不全・・?」
「なんだよ。後ろから読んでたのか?」
僕はそのまま手紙を読んだ。
「えーなになに・・・貴院より紹介されました患者様ですが、透析治療を行い腎不全は改善。以後経過は良好です。だる」
「透析・・」
「透析ぐらい知ってるだろ?」
「はい。でも血液透析ですか?腹膜透析ですか?」
「緊急で腹膜透析するかよ?」
手紙の続きはさらにこうだった。
「慢性腎不全の進行ということでご紹介いただきましたが、どうやら単に脱水によるもので・・」
「え?ただの脱水だったんですか?」
学生は遠慮なく本音を出してくる。
「悪かったな!ああ、だる」
僕は手紙をたたんで封筒に入れた。
「ナース!これ貼っておいて!」
学生は手帳を読んでいる。
「進行性の腎臓病変・・・あった!あったあった!ネフローゼ症候群のとこ!」
「金曜日にその患者が入院して、輸液追加しても腎臓は悪化し続けたんだ。日曜日にならないうちに、透析専門の病院へ紹介したんだよ!だから・・」
「急速進行性糸球体腎炎・・・長い名前だな。急速進行性糸球体腎炎・・」
「だる。も、ええわ」
僕はナースを呼び寄せ、患者を呼んでもらった。
無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。
大学でふんぞり返る者、片手間でバイトだけする者、開業して数年で店をたたむ者・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対するまでの平穏な日々。まさにそれはバブリーな
つかの間の黄金時代であった。
病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。
これはその中での1エピソードだ。
月曜日。
病院の職員駐車場にマーク?を停め、スタッと飛び降りた。
病院のウラ玄関から入る。駐車場には外車など高級車の陳列。
医者はとにかく外車が好きだ。自分のステイタスを高めるもの、という理由も
間違ってはいまい。特に経営者など雑費が使える立場になると、すぐに外車を
買う。
入り口でサンダルに履き替え。足跡がペタンペタンと響く。僕は靴は使わない。
処置して血が飛んだりで、靴は履くべきでない。
そのため周囲からは「サンダル先生」と呼ばれた。しかし実際は、こういう口癖からだった。
「あ〜!だる!だる!だる!」
エレベーターでなく、階段を利用。患者らと鉢合わせを避ける。
時々しつこい人がいるからだ。
職場でのスタンスは、あくまで暖機運転から。
少しずつ復活してくる脳細胞。
途中で買うコーヒー。
いつもと同じ生活が続いていた。
しかし医局のドアを開けたとたん、静寂は破られた。
「北野です!学生です!よろしくお願いします!」
事務長がその学生と向かい合っている。
「では、1週間ということで・・ね」
「はいっ!」
学生は今どきで、非常に勢いがあった。
『モーニング』の連載マンガみたいだな・・。
「今日は月曜日で、一番忙しいんだぞ?」
僕はカバンをドサッと机に降ろした。
カバンに入ってるのはノートパソコン、折り畳み傘、読みもしない数冊の本。
「ふー・・・」
いつものように、ため息。疲れているわけではないが、癖になっている。
もうオヤジの仲間入りなのかもしれないな。僕は当時32歳くらい。
「ん?」
振り向くと事務長はもう姿を消し、私服の学生が立っている。
「オレの仕事ぶりを見るって・・・君は、何年生?」
「はいっ!医学部3年です!秋より解剖実習が始まります!」
「3年・・・今は夏休み?」
「はい!」
「遊んだらええのに」
「よ、予習は一通りしてきましたっ!」
彼の息は荒かった。
わたしはこういう暑いタイプは苦手だ。
「やりたいことないの?」
僕はこぼした。
「旅行とか、いろいろ・・」
「りょ、りょこうはあまり好きではありません!」
「あっそ・・」
「先生!先生方は夏休みとかはないんでしょうか?」
彼は唐突に聞いてきた。
「夏休みか。こういう民間の病院では・・・数日なら可能だよ」
「す、数日?」
「病院の業務の代わりを立てるんだ。そんな何日も連続して休めるもんか」
「で、でも大学はかなり・・」
「大学は人手が多いこともあって、代わりもきくから2週間ほど休めるんだ」
「はあ・・」
「だるう・・」
彼は少し焦っているようだった。
「オレが今働いているとこは、民間企業だよ。スタッフは働いて働いて、会社の利益を
上げなきゃいけない」
「大学は、国のためですもんね」
「大学医局だって、教授や自分の出世のために頑張れば、いつかは花開くさ」
僕は近くのロッカーまで歩き、開いたロッカー内から白衣を取り出した。
「ついて来るのは勝手だけど・・・公衆の面前ではあまり口を出さないように」
「はい!」
「これを羽織ってくれ」
「はい!ありがとうございます!」
彼はブカブカの白衣をぎこちなく着た。
僕は誰に対しても少し冷ややかだった。まあ、いろいろあるんだ。
時計を上目遣いで見ながら、医局を出る。9時を少し過ぎている。
院内PHSが鳴ったが、即消して階段を降り始める。
「ユウキ先生。電話が鳴っています!」
「外来からだ。いつもの催促だ。9時が開始だからね」
「ホントだ・・」
彼は腕時計を凝視した。
僕は事務室の横を通り過ぎた。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」
威勢のいい挨拶が交わされてくる。僕のほうは
「おはよ」
「おう」
「うん」
と、どことなく態度がでかい。
外来患者が待合室でぎっしり詰まっている。みな一斉にこちらを向く。
「なんじゃオマエ」と言わんばかりだ。
「おはようござい!」
僕はカーテンをくぐり、外来の机に座った。
「よいしょっと!だる!」
イスに座ると、いつもの光景だ。山積みのカルテ。その右手にはレントゲンなどのフィルム類。
どことなく奥から現れた、若いナース。
「・・じゃ、呼びます」
「待てよ」
僕は机の上の封筒を開けた。
「なになに・・・そうだ。この患者さんは、半年前に紹介した・・・そっか」
僕は手紙を封筒に戻した。
「お手紙ですか?」
北野は覗き込んだ。
「紹介状ですか?」
「え?ま、そんなとこかな」
「急性腎不全・・?」
「なんだよ。後ろから読んでたのか?」
僕はそのまま手紙を読んだ。
「えーなになに・・・貴院より紹介されました患者様ですが、透析治療を行い腎不全は改善。以後経過は良好です。だる」
「透析・・」
「透析ぐらい知ってるだろ?」
「はい。でも血液透析ですか?腹膜透析ですか?」
「緊急で腹膜透析するかよ?」
手紙の続きはさらにこうだった。
「慢性腎不全の進行ということでご紹介いただきましたが、どうやら単に脱水によるもので・・」
「え?ただの脱水だったんですか?」
学生は遠慮なく本音を出してくる。
「悪かったな!ああ、だる」
僕は手紙をたたんで封筒に入れた。
「ナース!これ貼っておいて!」
学生は手帳を読んでいる。
「進行性の腎臓病変・・・あった!あったあった!ネフローゼ症候群のとこ!」
「金曜日にその患者が入院して、輸液追加しても腎臓は悪化し続けたんだ。日曜日にならないうちに、透析専門の病院へ紹介したんだよ!だから・・」
「急速進行性糸球体腎炎・・・長い名前だな。急速進行性糸球体腎炎・・」
「だる。も、ええわ」
僕はナースを呼び寄せ、患者を呼んでもらった。
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