サンダル先生 ? ニュータイプ
2005年8月29日「学生さん。今から95歳のバアサンが車椅子で入ってくる。慢性心不全で、基礎疾患は僧房弁閉鎖不全。ほかに腰椎の圧迫骨折がある」
「こ、骨折?骨折してて・・大丈夫なんですか?この科で診れるんですか?」
「整形でも診てもらってるよ」
「骨折のほうを治さないと・・!」
「あの。だる。骨折といってもその・・事故とか外傷の際にできたんじゃなくって・・・年齢的なものかな?」
「腰の骨が折れても、生きていけるんですか?」
「だる。生きてるって。ほら!」
車椅子のばあさんが、家族に押されて登場。
「おはよう!」
声をかけるが、ばあさんは聞こえてない。娘がそのつど耳打ちしてくれる。
「先生が、おはようだって」
「・・・・・」
無反応。
「泉さん。(大声で)かわったことなかったかい?」
「はい特には・・あ、すみません!」
つい娘が答えた。
「じゃ、娘さんに聞こう。転倒はしなかった?」
「廊下に平行棒を作ってからは動くのが便利になりました」
「それをつたって、トイレまで?」
「はい」
僕は簡単に診察した。
「胸の音も変わりなし、足もそんなに腫れてない・・」
一見独り言だが、こうやれば家族にも安心感をもたせれる。
「おい、聞かしてもらえ」
学生を聴診させた。
「失礼します!」
固くなった彼はおじぎして、中腰で聴診した。
「・・・・・・・」
1分が経過。
「おい。いつまで・・?」
「終わりました!」
「おわり?」
僕はカルテに診察所見、処方を記載。
「じゃ泉さん。リハビリ行こうか!」
「はい。ありがとうございます」
家族は車椅子を退け、リハビリ室へと向かった。
学生は手帳を照らし合わせている。
「ふう。だる。学生。今の心音は?」
「はい!さ、?音がなんとか聞こえ・・」
「?音・・・うん。あるね」
「体勢が座位だったので・・・臥位あるいは左側臥位にしていただけたら」
「腰が悪いばあさんだぞ。いちいち横にできんよ」
「収縮期雑音は分かりました」
「拡張期ランブルは?」
「ら、ランブル・・」
「そもそもどういう音だ?」
「えっと・・」
「オレも知らん。だる・・」
僕は心音は大の苦手だった。というか、漠然と聞く心音は、診察上あまり重視していなかった。
客観性に欠けるから、という意味が大きい。ただし大動脈弁狭窄症で聴取される
あの音。駆出性雑音。これは決して見落としてはいけない。これがきっかけで診断がつく
ことがあるからだ(貧血との鑑別が必要)。
「ほら。これが超音波所見。大事なのは逆流の程度と・・左心房径だ」
「左心房径が8センチ・・は、8センチ?」
「しっ!うるさい!」
「左心室より大きい心房って、あるんですか?」
彼は眼を輝かせた。
「あるよ。そりゃ」
「では、手術ですか?」
「診断時でかなり進行してた。年齢が年齢だし、経過をみてる」
「・・・・」
彼は少し歯を喰いしばっている。
「おい。どしたんだ?」
「ではどうにもできないんですか・・・!」
「95歳だぞ。95歳!」
「心不全を起こすのは、目に見えているのに・・・!」
彼はちょっと変わった正義感だった。
「いちいち落ち込むな。続かんぞ。ナース。次!学生。次は・・・」
学生のためにCTをシャーカステンにかけた。
「胸部CTだよ。全員集合!」
彼はノンレスポンスで画像に喰い入った。
「あ!これ!」
学生は興奮しながら指差した。
「影があります!」
「どこ?」
「ここ!」
「ここって?」
「肺門部のど真ん中・・・」
「気管のうしろ?」
「はい!これはリンパ節ですか?」
僕は一瞥した。
「違う」
「じゃあ何ですか?」
「さあ」
「さあって・・・・」
「ま、考えて」
60代女性は腰掛けた。なにやら心配そうだ。
「岸さん。CTできたよ」
「どうでしたか?」
「レントゲンで、心臓の左に見えてた部分ね・・実際は右だけど」
僕はレントゲンを取り出し、学生にも見えるようにした。右上肺野に2センチ大のcoin lesionがみられる。
「この部分。CTでも同様だった。円形の影がある」
「癌?」
「あくまでも写真を撮っただけなので」
「取らないといけませんか・・・?」
「気管支鏡という検査で、覗きたいんだけど・・」
病変は末梢だ。まず届かない。
「けど・・・どうやらここ以外病変は見当たらないな」
「胸開けるんでっしゃろか?手術はわし、怖くて」
「今の時点ではそこまで決まってません」
「薬でなんとかしてくださいや」
僕は少し考えた。
「近日、頭やお腹のCTとか、やりましょう」
「ほうでっか?痛いんですかな?」
「いちおう点滴はしますがね。で、今度は家族の人も
呼んでください」
「や、やっぱヤバイんや。ヤバイんや」
「そうじゃないって。こういう写真はみんなで見てもらわないと」
「そうでっか」
「いっぱい写真撮るわけだからね・・」
本当は外科的処置・治療の話をするためだ。
患者は出て行った。
「学生。さっきのは?」
「食道・・?」
「そうそう!ヘルニアだよ」
「食道裂孔ヘルニア?」
彼はやられた、と手を目に当てた。
「でな。ここだよ。右上肺のtumor」
「トゥモール?」
「塊」
「うちの病院では<mass>と表現を」
「同じだろうが!だる・・・」
学生はカバンから慌しく新たな1冊を出してきた。
「ええっと。肺癌の・・・」
「いきなり肺癌か」
「腺癌!あ!でも腺癌は若年女性に多いし・・・」
「実は」
「待って!待ってください!」
学生は僕を制した。
時間がどんどん過ぎていく。
「ムコイド・インパクション・・・」
「なんでふつうの肺に、痰の塊がいきなりできるんだよ?」
「・・・・・」
「腺癌にしては、周囲の血管巻き込み像などがない。胸膜へのひっつき(癒着)もない」
「じゃ、違うわけですね」
「いやいや。組織を取ったわけじゃないから。ただ、可能性は低い」
「じゃあ、何ですか?」
「あのなあ・・」
遠慮のない態度に、少々イラついた。
「肺の良性腫瘍といえば・・?」
「過誤腫(ハマルトーマ)です」
「そうアッサリ言うなよ」
おそらく過誤腫(かごしゅ)だ。9割が胸膜付近の末梢肺に発生する。境界が明瞭なのも特徴だ。
凹凸がよくみられるのは分葉化という変化のためだ。だいたいは4センチ以下。教科書にあるような
ポップコーン石灰化像を認めるのは全体の1割でしかない。
「でも他に鑑別すべきものはある」
「何ですか?」
「時間がないから言うけど。メタだよ」
「メタ・・・転移した腫瘍?」
「例えば大腸癌とか」
「大腸も調べるんですか?」
「便潜血と腫瘍マーカーだけでは頼りないからね」
患者に全ての検査を告げるのは今回は控えた。
「あとほら。鑑別で大事なのが。ほら」
「えーと・・・」
「テーベー。結核!」
「あ、そうか。なんだ」
ナマイキな奴だな・・。最近多い。
「こ、骨折?骨折してて・・大丈夫なんですか?この科で診れるんですか?」
「整形でも診てもらってるよ」
「骨折のほうを治さないと・・!」
「あの。だる。骨折といってもその・・事故とか外傷の際にできたんじゃなくって・・・年齢的なものかな?」
「腰の骨が折れても、生きていけるんですか?」
「だる。生きてるって。ほら!」
車椅子のばあさんが、家族に押されて登場。
「おはよう!」
声をかけるが、ばあさんは聞こえてない。娘がそのつど耳打ちしてくれる。
「先生が、おはようだって」
「・・・・・」
無反応。
「泉さん。(大声で)かわったことなかったかい?」
「はい特には・・あ、すみません!」
つい娘が答えた。
「じゃ、娘さんに聞こう。転倒はしなかった?」
「廊下に平行棒を作ってからは動くのが便利になりました」
「それをつたって、トイレまで?」
「はい」
僕は簡単に診察した。
「胸の音も変わりなし、足もそんなに腫れてない・・」
一見独り言だが、こうやれば家族にも安心感をもたせれる。
「おい、聞かしてもらえ」
学生を聴診させた。
「失礼します!」
固くなった彼はおじぎして、中腰で聴診した。
「・・・・・・・」
1分が経過。
「おい。いつまで・・?」
「終わりました!」
「おわり?」
僕はカルテに診察所見、処方を記載。
「じゃ泉さん。リハビリ行こうか!」
「はい。ありがとうございます」
家族は車椅子を退け、リハビリ室へと向かった。
学生は手帳を照らし合わせている。
「ふう。だる。学生。今の心音は?」
「はい!さ、?音がなんとか聞こえ・・」
「?音・・・うん。あるね」
「体勢が座位だったので・・・臥位あるいは左側臥位にしていただけたら」
「腰が悪いばあさんだぞ。いちいち横にできんよ」
「収縮期雑音は分かりました」
「拡張期ランブルは?」
「ら、ランブル・・」
「そもそもどういう音だ?」
「えっと・・」
「オレも知らん。だる・・」
僕は心音は大の苦手だった。というか、漠然と聞く心音は、診察上あまり重視していなかった。
客観性に欠けるから、という意味が大きい。ただし大動脈弁狭窄症で聴取される
あの音。駆出性雑音。これは決して見落としてはいけない。これがきっかけで診断がつく
ことがあるからだ(貧血との鑑別が必要)。
「ほら。これが超音波所見。大事なのは逆流の程度と・・左心房径だ」
「左心房径が8センチ・・は、8センチ?」
「しっ!うるさい!」
「左心室より大きい心房って、あるんですか?」
彼は眼を輝かせた。
「あるよ。そりゃ」
「では、手術ですか?」
「診断時でかなり進行してた。年齢が年齢だし、経過をみてる」
「・・・・」
彼は少し歯を喰いしばっている。
「おい。どしたんだ?」
「ではどうにもできないんですか・・・!」
「95歳だぞ。95歳!」
「心不全を起こすのは、目に見えているのに・・・!」
彼はちょっと変わった正義感だった。
「いちいち落ち込むな。続かんぞ。ナース。次!学生。次は・・・」
学生のためにCTをシャーカステンにかけた。
「胸部CTだよ。全員集合!」
彼はノンレスポンスで画像に喰い入った。
「あ!これ!」
学生は興奮しながら指差した。
「影があります!」
「どこ?」
「ここ!」
「ここって?」
「肺門部のど真ん中・・・」
「気管のうしろ?」
「はい!これはリンパ節ですか?」
僕は一瞥した。
「違う」
「じゃあ何ですか?」
「さあ」
「さあって・・・・」
「ま、考えて」
60代女性は腰掛けた。なにやら心配そうだ。
「岸さん。CTできたよ」
「どうでしたか?」
「レントゲンで、心臓の左に見えてた部分ね・・実際は右だけど」
僕はレントゲンを取り出し、学生にも見えるようにした。右上肺野に2センチ大のcoin lesionがみられる。
「この部分。CTでも同様だった。円形の影がある」
「癌?」
「あくまでも写真を撮っただけなので」
「取らないといけませんか・・・?」
「気管支鏡という検査で、覗きたいんだけど・・」
病変は末梢だ。まず届かない。
「けど・・・どうやらここ以外病変は見当たらないな」
「胸開けるんでっしゃろか?手術はわし、怖くて」
「今の時点ではそこまで決まってません」
「薬でなんとかしてくださいや」
僕は少し考えた。
「近日、頭やお腹のCTとか、やりましょう」
「ほうでっか?痛いんですかな?」
「いちおう点滴はしますがね。で、今度は家族の人も
呼んでください」
「や、やっぱヤバイんや。ヤバイんや」
「そうじゃないって。こういう写真はみんなで見てもらわないと」
「そうでっか」
「いっぱい写真撮るわけだからね・・」
本当は外科的処置・治療の話をするためだ。
患者は出て行った。
「学生。さっきのは?」
「食道・・?」
「そうそう!ヘルニアだよ」
「食道裂孔ヘルニア?」
彼はやられた、と手を目に当てた。
「でな。ここだよ。右上肺のtumor」
「トゥモール?」
「塊」
「うちの病院では<mass>と表現を」
「同じだろうが!だる・・・」
学生はカバンから慌しく新たな1冊を出してきた。
「ええっと。肺癌の・・・」
「いきなり肺癌か」
「腺癌!あ!でも腺癌は若年女性に多いし・・・」
「実は」
「待って!待ってください!」
学生は僕を制した。
時間がどんどん過ぎていく。
「ムコイド・インパクション・・・」
「なんでふつうの肺に、痰の塊がいきなりできるんだよ?」
「・・・・・」
「腺癌にしては、周囲の血管巻き込み像などがない。胸膜へのひっつき(癒着)もない」
「じゃ、違うわけですね」
「いやいや。組織を取ったわけじゃないから。ただ、可能性は低い」
「じゃあ、何ですか?」
「あのなあ・・」
遠慮のない態度に、少々イラついた。
「肺の良性腫瘍といえば・・?」
「過誤腫(ハマルトーマ)です」
「そうアッサリ言うなよ」
おそらく過誤腫(かごしゅ)だ。9割が胸膜付近の末梢肺に発生する。境界が明瞭なのも特徴だ。
凹凸がよくみられるのは分葉化という変化のためだ。だいたいは4センチ以下。教科書にあるような
ポップコーン石灰化像を認めるのは全体の1割でしかない。
「でも他に鑑別すべきものはある」
「何ですか?」
「時間がないから言うけど。メタだよ」
「メタ・・・転移した腫瘍?」
「例えば大腸癌とか」
「大腸も調べるんですか?」
「便潜血と腫瘍マーカーだけでは頼りないからね」
患者に全ての検査を告げるのは今回は控えた。
「あとほら。鑑別で大事なのが。ほら」
「えーと・・・」
「テーベー。結核!」
「あ、そうか。なんだ」
ナマイキな奴だな・・。最近多い。
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