「呼吸器科の領域を診れる奴ってのは、常に鑑別ができないといけない」
「除外診断ですね」
「それとは違うような・・まあとにかく、結核と腫瘍は常に鑑別として最後まで考えるべきなんだ」
「最後まで?」
「生検で診断がつくまでだよ」
「この人は手術ですか?」
「末梢の病変だから・・・おそらくはバッツだろう」
「バッツ?」
「VATS。胸腔鏡下で観察しながら組織を取る。胸に穴を開けて、そこからカメラ入れて肺を外から観察して処置する」
「で。腫瘍を肺組織といっしょに?」

しつこいな・・・。

僕は事務室へ歩いていった。

「あ!どちらへ?」
「トイレ!」

僕は学生を引き離し、事務室へ入った。奥の事務長室へそのまま入る。

「よう!」
「よう!」
事務長は座って新聞を読んでいる。

「ユウキ先生。もう終わり?」
「なわけないだろ。あの学生、なんとかしろよ」
「いい子じゃないですか」
「相手にしてたら、仕事終わらないよ」

僕はテーブルのお菓子をつまんだ。

「はいいひ、こんはいほはしいへつようびに・・モグモグ」
「食べながら話しなさんな!子供みたいに」
彼はコーヒーをすすりながら新聞を見つめていた。

「もぐもぐ・・・。大学病院から頼まれたんだろ?」
「そうですよ」
「大学との付き合いは順調?」
「昨年は先生方にかき回されて、大変でしたよ」

真田病院は大学病院の関連病院だ。こちらにとっては、医者の供給源。
なのでいろんな社交辞令がついてまわる。

事務長は何か思い出した。
「あ、そうだ。田中くん!」
「はい!」
威勢のいい青二才がカルテを数冊抱えて走ってきた。

「大学病院の教授へのお中元は送ったか?」
「バッチリです!」
「ワインを?」
「ええ。教授の好きな」

付き合いは大変だな・・。

「ユウキ先生は!」
後ろからナースがやってきた。
「外来患者さん、待ってるんですけど!」
「あと3分!」
僕はまた事務長と向き直った。

「事務長。ベッドの空床が増えてる」
「うん」
「こっちも努力はしてるが、なかなか入院してくれない」
「頑張って」
「3割負担とか増えたせいかな」
「だろね」
「だからケースワーカーに働きかけてくれよ」
「イエッサー」

事務長はこんな調子だ。僕は彼の手のひらの上だ。

再び外来へ。学生は立ったまま寝ている。医師として素質がある。
どこででも寝れるという特技は大事にすべきだ。

僕は学生にゆっくり近づいた。
「急変!」
「わあわあわあ!びっくらした!」
学生は驚きのあまり数歩退き、柱に頭をぶつけた。

「・・・いつ何が起こるか、分からないからね。ナース。次を!」

ナースは外で患者を呼んだ。

「学生さん。次は狭心症の中年女性。オベスティーがきつい」
「肥満ですね!」
「シッ!」
きわどいところでメガネをかけた中年女性が入ってきた。

「この1ヶ月、胸はどうでした?」
「うーん。どう言うたらええんかなあ」
「・・・・・さあ」
「こう、胸がこう・・・焼けるような?いや、違う」
「・・・・・・」
「重いものを置かれたような・・いや違う」
「・・・・・・不快感?」
「不快感・・ではない!」

こんなモタモタで時間が過ぎていくのはちょっと・・。

「で。横井さん。ニトロペンは何回使用を・・?」
「胸がこう・・・どうやろか」
「よ!こ!い!さ!ん!」
「はいっ!」
患者は覚醒した。

「ニトロペンは何回使用を?」
「ああ。ニトロ?使わなかった」
「どうして?なぜに?」
「な、なんか怖いし。友達が」
「また友達が何か助言されたんですか?」
「ニトロなめたら、血圧下がって死ぬよって」

僕は自分の目頭をおさえた。

「やれやれ。周囲の言う事をそのまま飲み込まないでくださいよ」
「あたしゃそれ聞いて、もう怖いのなんのって」
「で。そろそろ考えてくれました?カテーテル・・」
「カテーテルは、いやいや!」
彼女は過剰に反応した。

この患者は20年間、他院も含めて狭心症という診断できているが、実際確定診断された
わけではない。たしかに労作時5分以内の胸痛発作でニトロペンが有効だった
という理由で診断されているが、実際証拠となる検査所見がない。カテーテル
以外の検査はしてきたが、明らかな所見がないのだ。

こういう患者はかなり多い。特に開業医ではズルズルとフォローされている人が多い。

「じゃ、今回も出しておきますね。内服は7種類」

この20年の間に明らかな根拠もなく追加されてきた薬だ。こうして上塗りのような追加処方が
されていく。日本の医者は好きだな。

「話の長い人なんだよな・・」
「切り上げるの大変そうでしたね」
「うん。ああいうときは、大きな声で名前を呼んで、目を覚まさせるんだよ」
「なるほど。えっと・・」
「こらこら!書くな!」

彼はカルテを覗きこんでいる。

「本当は狭心症ではないんですか?」
学生がメモをしている。

「あくまでも疑いだよ。カテーテルで冠動脈の狭窄を証明しないと、確定診断にならないだろ?」
「狭窄がなくても、血管の痙攣かもしれませんよね」
「VSAかもな。とにかく検査してみないことには」
「リスクファクターも多そうですね」
「高脂血症、糖尿病、高血圧・・・」
「治療に問題があるのですか?」
「ほっとけ!」
「ほっとくのはちょっと・・」
「だる!」

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