次。58歳の胆石。

「学生さん。この人はこの前、胆のう炎で入院した。スルペラゾンという抗生剤で軽快した」
「胆石はそのままですか?」
「炎症を起こしていたときは、入院中にオペするという約束だったんだが・・よくなった途端、
断られた」
「断られてばかりですね」
「スルペラ損だよ。だるだる・・」

中年男性はドカッと座った。

「どう?酒飲んでる?」
「ええ!あっ」
患者は取り乱した。

「いかんいかん。いつも先生の誘導尋問には・・」
「ちょっとは考えて欲しいなあ」
「へへへ」
「横になって」

腹部を診察。圧痛はなし。
「今日は食事はしてない?」
「ええ。腹へっていけませぬわい」
「よし」
僕は机の下からノートパソコン型のエコーを取り出した。

学生は身を乗り出した。
「それ、いいですね」
「高いよ」
「先生の私物ですか?」
「他の医者の。いいんだよ。病院に置いた奴が悪い」

右肋間にプローブを当てる。

「学生さん。胆嚢がこれ。周囲の白いのが壁。中の黒く見えるのが胆嚢の中」
「黒いんですね」
「画面上の話だよ。実際の色じゃない」
「あ!白いものがある!」
学生は叫んだ。

「な、なんでっしゃろ?」
患者が不安を感じたようだ。

「(学生。うるさいっての!)・・・3センチもある。胆のうの壁は炎症を繰り返して、肥厚
している」
「手術ですね」
「(だまれ!)」
学生はものともしてなかった。

「薬で溶けませんかな?」
患者は着替えながら苦笑していた。

「ウルソという薬を半年続けてますが・・サイズは同じですね。効果がないようなので、この薬は中止・・」
「いや。もうちょっと続けますわ」
「効く人は10人に2-3人。半年かけても小さくなってないから、あまりこれ以上続けるのは」
「ま、お願いしますわ」
「しかし、現実的にはやはり石そのものを手術・・」
「出しておいてくださいや」

患者は聞き入れない。どうやら溶けない胆石の外殻のように、この人の意思は固いのだ。

僕は患者の言われるまま、処方を記入した。強引で長時間の説得は患者をより不安にさせる。
こっちがどう考えても正しいと思っても、それが通じるとは限らない。こういう経験は実際の診療
でしか直面しない。

が、外来診療というのはこういう押し問答の繰り返しともいえる。譲ったり、迫ったり、あきらめたり・・。
僕自身、患者が本音を言える雰囲気を目指してきたが、それが必ずしもいいものでないことに
気づいてきた。

次。48歳太った女性。咳。もう1ヶ月以上続いている。

「おはようございます」
「咳出てるの?今も?」
「はい・・・ケホ!ケホ!」

咳がおさまるまでしばらく待つ。咳は交感神経優位だ。緊張するともっと出やすい。ましてこういう
白衣の前ならなおさらだ。その反面、副交感神経優位の夜間では咳反射そのものが低下する。

「熱はないね。今日も。そういや耳鼻科は?」
「行きました。声門ポリープも蓄膿(ちくのう)もないって」
「そっか。感染症は否定的、呼吸機能も正常・・・となると」

マイコプラズマ抗体など異型肺炎の抗体、寒冷凝集素、腫瘍マーカーも出したが明らかな所見
なし。スパイログラムも正常。RASTでも特に陽性所見はない。

学生は分厚い本を床に置いて読んでいる。

「となると・・・あれかも。では、この検査を受けてもらえませんか」
検査の予約をとり、患者は帰った。

「ぶつぶつ・・」
学生は床に向かって独り言。
「あ?患者さん帰られました?」
「帰ったよ。すでに」
「原因はなんだったんですか?」
「しらん」
「し、しらん、って・・・」
「残る可能性としては、逆流性の食道炎かと」
「あ!そうか!なんだ!それだったら分かる分かる」
「こういう奴、よくいるよな・・」
「え?誰がですか?」
「いやいや。君はどこ出身?」
「東京都です!」
「やはりな」
「?」

タッタッタッタッタッタッタッ・・・と駆けてくる音。

「救急来ます!あと1分!」
田中事務員が走って素通り。
「救急隊からのモニター波形!」
僕はパッと細長い紙を受け取った。

頻脈とフラットが繰り返しているように見えるが・・。

違う。これは心停止に対して心臓マッサージしているんだ。

「DOAか・・・・・よし!」

僕と学生は救急室へ走った。

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