救急室では麻酔科医のピートが立っていた。
「おはよう!ん?」

すかさず北野は礼をした。
「北野と申します!見学のため参りました!よろしくお願いいたします!」
「若いな。医学生ってことかい?」
「はい!3年生です。秋から解剖実習が始まります!」

「解剖?怖いでんな」
近くで横になっている中年男性患者がつぶやいた。
「お?目が覚めたな」
ピートは患者の点滴を調整していた。
「飲み過ぎないようにな!そのうち酒に飲まれるぜ!」

どうやらアル中で来た患者のようだ。

サイレンはまだ聞こえてこない。

僕は今のうちにと話しかけた。
「ピート。今度のPKのオペの患者だけど」
「ああ」
「心疾患がある。CHDで2枝病変だ」
「EFは?」
「お前ら麻酔科医は、それしか聞かないな?」
「EFは何パーセントだ?オッケーなんだろ?」
「超音波やカテーテル検査で測定するEFは、あくまでも安静時のものだ」

今度は学生は小さなプレーヤーを取り出した。

「おい!何してる?」
僕はプレーヤーを覗いた。
「録音してんのかよ?」
「き、貴重な話なので」
「バカ!するな!」

僕は話を戻した。

「でな、ピート。冠動脈の病変部はDMのせいでボロボロだ。血管拡張の適応すらない」
「患者のオペの同意は得てるだろう?」
「ああ。だが頻脈時にSTが明らかに下がる。オペ中は慎重にな」
「すると何か。STが下がったらEFも落ちるかい?」
「当然だ。運動負荷は足が悪くてできてない」
「すると俺たちの判断ではしかねるかな」
「?」
「ユウキ先生もオペに同席してもらうとするか」
「そ、それは・・・」

結論では適宜コール、ということになった。循環器はこういう役目を負うこともある。

「きたな。開けるぜ!」
ピートは自動ドアのリモコンを押し、グアーンと両側ドアが開いた。

ピーポーピーポー、とサイレンが飛び込んできた。
僕とピートは表に出て、停車した救急車の後ろに近づく。

後方のガラス窓では救急隊員の頭が上下に動いている。

「北野くん。あの上下してる頭。心臓マッサージだ」
「え?あれが・・」

後方ドアが開き、ストレッチャーが降りてきた。
ピートがマッサージを交代。僕はアンビューを持ち込み頭側へ。

「60代男性!30分前に家族が!起きないということで声かけしたが起きず!」
ピートが迷わず挿管。マッサージは別医師に交代。僕はIVHを麻酔なしで右頸部から。
ナースらはモニター装着。

「どいてよ!」
ナースは棒立ちの北野を腰で蹴飛ばす。
「あ、ああ・・・」
「ユウキ先生!この若い人、邪魔!」

学生は廊下へつまみ出された。

「基礎疾患は?家族は?」
僕は処置しながら救急隊に聞く。
「持病は・・・糖尿があります。インスリン自己管理。しかしここ1ヶ月は治療を中断」
「DM性昏睡か?」
「さ、さあ。私はそういう判断は致しかねますが」
「どいてくれ。まだ帰るなよ!」
「家族はもう来ます!」
刺入部を固定。ピートの挿管チューブ固定も終わった。

ピートはモニターを監視した。
「気管内にボスミン投与したが・・」
「反応ないな」
僕はマッサージを再開した。
「呼吸器、あんのか?」
「セットしました!」
ナースがLTVを持ってきた。

検査技師が部屋の隅で手のひらを見ている。
「デキスターは160mg/dl!」
「あれ?」
僕は耳を疑った。
「高くないじゃないか」

「瞳孔は散大してない」
知らぬ間に来ていたシローがペンライトで観察中。
「ていうか、両方とも縮瞳ぎみですね。反応は若干・・」

「脳外科医は?」
僕は周囲を見回した。
「1人はバイトでいません。もう1人は学会」
ナースが答えた。
「脈が戻ったら、頭のCTを撮ろう。しかし・・・」

モニターはマッサージの波形しか出てない。

「しかし。リカバリーできるのか・・・?」
「信じて、やることですよ!」
シローが部屋の隅からDCを持ってきた。
「いきますよ!どいてください!」

ズン!と患者の体が振動した。みんなモニターを見た。

「お!いいぜ?」
ピートはマッサージしていたナースの手を制した。
「確かに脈は触れるな!」
ピートは手首で脈を確認。
「この触れなら、脈圧も十分だ!」

みんなシローを見て感心した。だがシローは次の処置を考えていた。
「CTへ運びましょうよ!今のうちに12誘導を!エコーもします!」
「12誘導はどうせST上昇だよ」
僕は冷たく突っ込んだ。
「心停止などの影響での心筋障害で。CPKも上がってるだろし」
「じゃ、エコーします」

シローはプローブを当てた。左心室の動きは正常のようだ。

「やっぱ心疾患からは考えにくいか」
僕はこぼした。
「CTはオッケーだな?行こう!」

何度も開け閉めされる廊下側ドアから、学生は一部始終を見ていた。
彼は圧倒されていた。救急現場はドラマやドキュメント番組でおなじみ
ではあったが。何より彼が感心していたのは・・・

いずれも、これらが搬入後わずか10分間での出来事だったってことだ。

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