サンダル先生 ? 人間 対 人間
2005年8月31日重症患者は病棟へ。主治医はシロー。
僕は外来へ戻る。
「さ!飛ばすぞ!次!」
34歳男性。左胸痛。
「聴診では左右差、ないな・・」
聴診を終えて、検査オーダー。
「酸素も必要なさそうだが・・検査に行ってもらおう。胸部レントゲンに胸部CT、心電図、採血・・」
「あの。お金がそんなにないので」
「え?」
その場が静まった。
「お金ない・・?」
カルテでは3割負担だ。
「検査できないってこと?」
「いきなり検査検査じゃ困るんですよ」
スミス調キャラの予感。
「うん。でも胸の症状だからね、こういった・・」
「以前もお腹の調子が悪いとき病院に行ったらうんいろいろ原因あるから調べましょうってあれこれあれこれ
検査しまくってそしたら結局異常無しで」
「今回はケースが・・」
「まだ途中だ聞いてくださいどこまでしゃべったかなそうだ異常なしで診断はと聞いたら便秘だってそれっておまえ
ありかよって怒ったら先生は引き上げてて窓口精算ではい2万円になりますってどういう神経・・」
「うちは、そんなことしないですよ」
「うちじゃないってどういうことですかそのときもこの病院だったんですよ」
カルテを見ると2年前。退職したトドロキという名の医者だ。
「ああ。その先生は退職してますね・・」
「そうやって主治医がころころ変えられたら患者としてはたまったものではないですまた一から話をしないといかんし」
「え、ええ」
僕は完全に押されていた。過去、交渉人とまであだ名されていた僕の立場は・・。
「わかりました」
「まだ全部話しきってないんですが」
「行きましょう。この方が連れて行ってくれます」
僕は学生を指差した。
「すまんが、レントゲンまで」
「ぼぼ、僕がですか?」
「話を聞いてあげてくれ」
「話って・・?」
「医者の仕事は、問診のテクニックからだ」
患者は嬉しそうに、北野と出て行った。
「次!」
64歳男性。疲弊している様子。
「いつもは高血圧ですね・・今日は疲れてますね」
「ったく!この!」
「は?」
帽子をかぶった患者の顔は紅潮している。
「いったい何時間待たすつもりねや!」
「すみません。さきほど救急のほうとか行ってまして」
「言い訳や!」
こういうカリカリで止められない人には、何を言っても無駄だ。
「じゃ、診察を」
「その前にほら、この前の結果!」
「結果・・・あ、そうか」
前回、採血したんだった。
高血圧の影響・内服の副作用チェックというルーチンのものだ。
「BUN・Crは正常。BNPは56・・少し上がってる程度かな」
「異常ないんか?」
「異常といっても、大しては・・」
「なんや?異常やったら、大したことあろうが?」
まだ怒りがおさまっていない。
うちの病院は民間病院で、患者さんはお客さんだ。お客さんから受け取る
保険点数が、そのままうちの経営につながる。お客さんは経営者。神様だ。
わたしは神様だ・・。ドリフを思い出した。この患者さんも神様だよな。
「とんでもねえ!あたいは神様だよ!」とは言わなかった。
「様子見れる数字です。ただし超音波は今後も定期的に」
「何か気をつけること、あるか?」
「塩分を控えめに、酒は控える、軽い運動・・」
悲しいことに、教科書的な内容しかアドバイスできない。高血圧の治療は地味
なのだ。派手なのは講演会などでの宣伝戦略だ。
「そうか。それとストレスやな?」
「え、ええ。ストレスはないほうが・・」
患者は立ち上がった。
「そしたらなあ、こんなに待たすなや!」
思わず納得した。
次は38歳女性。うつ症状がある。過換気発作で受診したつながりで、そのまま
内科にかかっている。彼女自身、「精神科」に受診すること自体に抵抗があるようだ。
国の学会も「統合失調症」などと名前を考えるヒマがあるのなら、「精神科」という呼び名を改めさせる
べきだ。
「メイラックスがよく合うみたいです」
「そっか。よかった・・・続けますか」
こう素直にうまくいくケースはあまりない。精神的症状に、満足いく治療がなかなかできないことは多い。
52歳男性。肺血栓塞栓症の既往あり、下大静脈フィルター留置、以後ワーファリンコントロール中。
下肢のオペ既往はないが、下肢静脈血流シンチで右下肢静脈の血流途絶、CT・超音波ドプラでも
血栓の存在が示唆された。
「今日のプロトロンビン時間は・・・国際単位(INR)で3.0か。効きすぎだな」
「効きすぎ?そりゃええこっちゃ」
「出血の副作用が増してくるんです。なので薬は減量します。1ミリ4錠を、3錠に・・」
「やめたらいかんの?」
「ダメです」
いきなりのワーファリン中止は血栓形成を招く。
「帰ってから納豆食おうか?」
「せんでいいですせんでいいです!」
学生が息を切らしながら戻ってきた。会話に疲れたようだ。
再び僕の後ろに立つ。
60歳男性。先月に急性心筋梗塞で入院、1ヶ月がたつ。
「胸はどうもないですか?」
「ええ。ウソのように」
「入院時に血管を拡げたわけですが・・」
「ま、開いたままっぽいですね」
「ですが、確認造影は必要です。数日間の入院を」
冠動脈の確認造影を予定。予定表にびっしり書き込まれた患者名。空いてるところに名前が入る。
経営を充実させるのに、この心臓カテーテル検査は重要な地位を占めていた。
「北野くん。もう北野?」
「は・・・はあ。大変でした」
「でも勉強になったじゃないか。これから何度もこういう機会はあるよ」
事務長がやってきた。
「事務長?なに?」
「カテーテル検査、また増えてきましたね」
「いいだろ?」
「この前のレセプト、チェックしたんだけど・・」
「また問題が?」
「ええ。カテーテルの本数がまた増えてきて・・」
「しょうがないよ。いろんな病変があるんだ。カテーテルを頻繁に交換する必要は生じる」
「だけど、半年前はかなり削られたし」
「満足いく結果を出すためだからしょうがない!」
「技術でそこはなんとかして・・」
「技術に口出しできる立場かよ!」
僕らは静かににらみ合った。僕ら2人は違った立場のため、こうやってしょっちゅう衝突する。
「わかりました!ユウキ先生。でも今後カテーテル本数が多い場合は、逐一コメントを」
「はいはい」
「<はい>は1回でよろし!」
「はいはい。次!」
このノリで、なんとか武力衝突は避けられていた。
僕は外来へ戻る。
「さ!飛ばすぞ!次!」
34歳男性。左胸痛。
「聴診では左右差、ないな・・」
聴診を終えて、検査オーダー。
「酸素も必要なさそうだが・・検査に行ってもらおう。胸部レントゲンに胸部CT、心電図、採血・・」
「あの。お金がそんなにないので」
「え?」
その場が静まった。
「お金ない・・?」
カルテでは3割負担だ。
「検査できないってこと?」
「いきなり検査検査じゃ困るんですよ」
スミス調キャラの予感。
「うん。でも胸の症状だからね、こういった・・」
「以前もお腹の調子が悪いとき病院に行ったらうんいろいろ原因あるから調べましょうってあれこれあれこれ
検査しまくってそしたら結局異常無しで」
「今回はケースが・・」
「まだ途中だ聞いてくださいどこまでしゃべったかなそうだ異常なしで診断はと聞いたら便秘だってそれっておまえ
ありかよって怒ったら先生は引き上げてて窓口精算ではい2万円になりますってどういう神経・・」
「うちは、そんなことしないですよ」
「うちじゃないってどういうことですかそのときもこの病院だったんですよ」
カルテを見ると2年前。退職したトドロキという名の医者だ。
「ああ。その先生は退職してますね・・」
「そうやって主治医がころころ変えられたら患者としてはたまったものではないですまた一から話をしないといかんし」
「え、ええ」
僕は完全に押されていた。過去、交渉人とまであだ名されていた僕の立場は・・。
「わかりました」
「まだ全部話しきってないんですが」
「行きましょう。この方が連れて行ってくれます」
僕は学生を指差した。
「すまんが、レントゲンまで」
「ぼぼ、僕がですか?」
「話を聞いてあげてくれ」
「話って・・?」
「医者の仕事は、問診のテクニックからだ」
患者は嬉しそうに、北野と出て行った。
「次!」
64歳男性。疲弊している様子。
「いつもは高血圧ですね・・今日は疲れてますね」
「ったく!この!」
「は?」
帽子をかぶった患者の顔は紅潮している。
「いったい何時間待たすつもりねや!」
「すみません。さきほど救急のほうとか行ってまして」
「言い訳や!」
こういうカリカリで止められない人には、何を言っても無駄だ。
「じゃ、診察を」
「その前にほら、この前の結果!」
「結果・・・あ、そうか」
前回、採血したんだった。
高血圧の影響・内服の副作用チェックというルーチンのものだ。
「BUN・Crは正常。BNPは56・・少し上がってる程度かな」
「異常ないんか?」
「異常といっても、大しては・・」
「なんや?異常やったら、大したことあろうが?」
まだ怒りがおさまっていない。
うちの病院は民間病院で、患者さんはお客さんだ。お客さんから受け取る
保険点数が、そのままうちの経営につながる。お客さんは経営者。神様だ。
わたしは神様だ・・。ドリフを思い出した。この患者さんも神様だよな。
「とんでもねえ!あたいは神様だよ!」とは言わなかった。
「様子見れる数字です。ただし超音波は今後も定期的に」
「何か気をつけること、あるか?」
「塩分を控えめに、酒は控える、軽い運動・・」
悲しいことに、教科書的な内容しかアドバイスできない。高血圧の治療は地味
なのだ。派手なのは講演会などでの宣伝戦略だ。
「そうか。それとストレスやな?」
「え、ええ。ストレスはないほうが・・」
患者は立ち上がった。
「そしたらなあ、こんなに待たすなや!」
思わず納得した。
次は38歳女性。うつ症状がある。過換気発作で受診したつながりで、そのまま
内科にかかっている。彼女自身、「精神科」に受診すること自体に抵抗があるようだ。
国の学会も「統合失調症」などと名前を考えるヒマがあるのなら、「精神科」という呼び名を改めさせる
べきだ。
「メイラックスがよく合うみたいです」
「そっか。よかった・・・続けますか」
こう素直にうまくいくケースはあまりない。精神的症状に、満足いく治療がなかなかできないことは多い。
52歳男性。肺血栓塞栓症の既往あり、下大静脈フィルター留置、以後ワーファリンコントロール中。
下肢のオペ既往はないが、下肢静脈血流シンチで右下肢静脈の血流途絶、CT・超音波ドプラでも
血栓の存在が示唆された。
「今日のプロトロンビン時間は・・・国際単位(INR)で3.0か。効きすぎだな」
「効きすぎ?そりゃええこっちゃ」
「出血の副作用が増してくるんです。なので薬は減量します。1ミリ4錠を、3錠に・・」
「やめたらいかんの?」
「ダメです」
いきなりのワーファリン中止は血栓形成を招く。
「帰ってから納豆食おうか?」
「せんでいいですせんでいいです!」
学生が息を切らしながら戻ってきた。会話に疲れたようだ。
再び僕の後ろに立つ。
60歳男性。先月に急性心筋梗塞で入院、1ヶ月がたつ。
「胸はどうもないですか?」
「ええ。ウソのように」
「入院時に血管を拡げたわけですが・・」
「ま、開いたままっぽいですね」
「ですが、確認造影は必要です。数日間の入院を」
冠動脈の確認造影を予定。予定表にびっしり書き込まれた患者名。空いてるところに名前が入る。
経営を充実させるのに、この心臓カテーテル検査は重要な地位を占めていた。
「北野くん。もう北野?」
「は・・・はあ。大変でした」
「でも勉強になったじゃないか。これから何度もこういう機会はあるよ」
事務長がやってきた。
「事務長?なに?」
「カテーテル検査、また増えてきましたね」
「いいだろ?」
「この前のレセプト、チェックしたんだけど・・」
「また問題が?」
「ええ。カテーテルの本数がまた増えてきて・・」
「しょうがないよ。いろんな病変があるんだ。カテーテルを頻繁に交換する必要は生じる」
「だけど、半年前はかなり削られたし」
「満足いく結果を出すためだからしょうがない!」
「技術でそこはなんとかして・・」
「技術に口出しできる立場かよ!」
僕らは静かににらみ合った。僕ら2人は違った立場のため、こうやってしょっちゅう衝突する。
「わかりました!ユウキ先生。でも今後カテーテル本数が多い場合は、逐一コメントを」
「はいはい」
「<はい>は1回でよろし!」
「はいはい。次!」
このノリで、なんとか武力衝突は避けられていた。
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