「検査にいったはいいけどなんの説明もなくまるでまな板のコイみたいに人をあつかう検査技師は
技師というより人間として失格・・」
「はいはい、ええ」

この人だ。検査が終わって帰ってきたウルトラマン。

レントゲンにCT。まず気胸はない。それが一番心配だった。で、胸水もない。よかった。
肺癌のような影も、胸膜に接した影も見当たらない。

採血では・・年齢的に考えにくいが総蛋白も増えてなく骨髄腫の印象はない。カルシウムも高くなく
癌転移という印象でもない。何よりも炎症所見がみられない。

心電図。サイナスリズムで、虚血性変化はない。?誘導だけQSのように見えるが、通常は?誘導
だけの異常は異常所見とはとらない。

「というわけで、何も見当たりませんね」
「そらきたまた異常なしだあれこれ検査してさんざん待たせておいて」
「す、すみませんね。でも、ここまで調べて明らかなもんはないから・・」
「以前私が住んでた東京の開業医の先生は無駄な検査はしなかった患者の顔を見て何の
病気かすぐ分かるそんな先生だったもちろんそこまで望んでないが」

いかん。時間が・・・。待ってる患者がごまんといる。

「肋間神経痛・・・といったところでしょうか」
僕はそれ以外浮かばない。

「うん。それはしたことはある」
「したことあるって・・」
「なんだ。その程度か」
患者は振り返り、診察室を出て行った。

「な、なんだよ・・」
「結局、ただの肋間神経痛だったんですか?」
学生が無造作に指摘した。

「だ・ま・れ!」
僕はカルテに記載。
「説明後、患者はそのまま出て行った・・ぶつぶつ」

ま、たいしたものではなさそうで、よかった。

こうやって日々生まれるストレスを、いかにそのつど消化していくかが大事だ。

37歳男性。検診で蛋白尿を指摘。今回は陰性。

「じゃあ、どうして前回はひっかかったんでしょうか?」
「それは・・こういうケースが多いですね。そのとき風邪とかで調子が悪かった」
「いいえ」
「かなり無理な運動をした」
「ああ・・・それはしてましたね」
「それかもね」
「でも、今日も無理しましたよ」
「?」
「検尿コップ渡されるまで1時間も待たされたし」
「・・・・・すみません」

自分のミスでなくとも、こうして病院を代表して謝らねばならないこともある。

25歳女性。検査希望。

「うちの父が胃癌だったので、自分もそうではないかと」
こういう相談はけっこう多い。

「胃が心配か。何か症状が?」
「そのこと考えると、胃がムカムカします」
「な、なるほど・・じゃ、胃カメラで確認しますか」
「今日は絶食で来ました」

しかし今日は検査日ではない。

「すんません。胃カメラは日が決まっていて、毎週水曜日と金曜日でして」
「そっか・・・母も心配して来てくれてるのに」
彼女は残念そうだった。どことなく同情した。

「ちょ、ちょっと待ってね」
僕は内線を押した。
「シロー!」
『はい?』
「シロー。さっきの重症患者は?」
『頭部CTでは出血はないです。時間があまりたってないから、それしか言えません』
「ところでシロー。手はあいてる?」
『気管支鏡はまだ2例目です』

僕は検査予定表を見た。

「あと1例で終わりだろ?今日は少ないな」
『でも、終わったら病棟にまた戻るから・・追加検査は来週の月曜日にしてくださいよ!』
「でも胃カメラならいけるだろ?」
『胃カメラ?ですか・・・』

僕らは半年前に非常勤から胃カメラのトレーニングをうけ、以後ルーチンでやっていた。

「スクリーニングだよ」
『だったら先生。あさっての予定日でいいじゃないですか』
「あ、ああ。でもな。VIPなんだよ。ビップの家族」
『ビップ?しようがないなあ・・・』

差別と言われるかもしれないが、VIP(有力者)の場合はしぶしぶ都合をつけることがある。
病院の経営に影響しそうな人物を差す場合だ。ここで僕が言ってるのは作り話だが。

『わかりました。やります』
「うん。よろしく」
電話を素早く切る。

「今からしてくれます」
「ありがとうございます!」

任せた、シロー。

「ビップ産生腫瘍とは関係ないんですか?」
学生が唐突に聞いてきた。
「あるわけねえだろ!ネクスト(次)!」

78歳女性、車椅子。ヘルパーが押してきた。
首が片方の肩にもたれている。頻呼吸。

「ホームから?」
「ええ。熱が昨日39℃」
ジャージ姿の若いヘルパーが答えた。
「熱は2日前の土曜日から。高熱と呼吸困難が続いています」
「その間は治療は・・」
「してません。食事もいっさい摂らずです!」

そんな言い方、恥ずかしくないのかよ・・。

「そこのホームには、医者は・・?」
「ドクターは週に2回しか来ませんので」

そうだ。老健施設はそんなものだ。毎日つきっきりの医者がいないとこも多い。
この患者はそういう意味で運が悪かったとも言える。

「脱水がひどいな・・・頻脈がひどい」
「脈は2日前も速かったです。座薬は入れました。尿がかなり減ってるようですが」

余計なことを・・・。

だる。

「肺炎がないか、写真を。あと採血。点滴しながら結果待ち・・」
指先で測定したSpO2は86%。
「ていうか、こりゃ入院だな・・」
「お願いします」
ヘルパーは頭を下げた。

ナースを通じ、事務長がやってきた。
「1人、入院ね。オッケー」
「事務長。重症の人だろ。ちょっとは考慮しろよ!」
「重症・・だったんですか?」
「呼吸不全だぞ。ただでさえ患者待たしてんのに。こういう状態の人を
長時間待たせたら、もっとひどくなる!」
「でも自分らは医者じゃないので・・」

僕は少しイラついた。

「そらまた。そんなことを言う」
「どうすればいんですかいな?」
「受付で、ヘルパーさんから内容聞いたんだろ?」
「うん。受付のお嬢が内容は聞いたはずです」
「そこでだな、これはちょっと主治医に早めに診せたほうがいいと思うだろ?ふつう!」
「うーん・・・そこまで要求できるかなあ」
「来た順番だけでカルテを漫然と並べるなっての!」
「だ、だけど割り込みがあったらクレームがいろいろ来るんだよ・・・」

彼は少し動揺していた。

「・・・頼むぜ。ほんと」
僕は入院時指示をカルテに記入した。
「よし。これを病棟に上げておいてくれ」
表紙を見ると、別の患者の名前だ。

「おい!なんだよこれ!」
「あ」
ナースが無言でカルテを取り上げた。
「こんな間違いすんなよ!すんな!」

僕も人のことは言えないな。怒りが怒りを呼ぶこともある。

シャアのセリフが浮かぶ。「わたしはそんなに小さい男か?」

だる。

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