「オーガッ、オーマイ、ジーザス・・・」
メルギブ泣きから立ち直りつつ、ホワイトボードへ向かう。

「不整脈・・・不整脈とはなんだ?」

最前列のナースのペン先がポキッ、と折れ曲がった。

「オーマイ・・・・・・・そうだ。不整脈の勉強会だよな、これは」
しらけた雰囲気が漂う。

「どういう不整脈がよく出る?ハイ君!」
「え?あたし?」
中年ナースが自分を指差す。
「どういう不整脈かって・・・?そうね。単発なのがよく出ますよね。連発も」
「そうだ。こうやってふつうの脈に混じって、ポンと1発・・・・また1発と出る。これが単発の期外収縮。ポポン、ポポポン、これが連発。いずれも脈の形が、ふだんの脈と同じ形かどうかがポイントだ」

当たり前だ。

「ふつうの脈っていうのは、幅が狭い」
僕は幅の狭い脈を何拍も連ねて描いた。その脈と脈の間に、1個同じ形の脈を描く。
「これは上室性の期外収縮。幅が広いと心室性の期外収縮。通常は治療しないんだけど」
「じゃあ何もしないでいいんですか?」
若いナースが指摘した。

「そ、そうだけど数が多い場合は・・」
「どれくらい数が多かったらいいんですかあ?」
「そ、それは」
「私たち、いつも困るんです。どの段階になったらドクターに連絡すべきか」
「そ、そうだな・・。ふだん不整脈が出ない場合にポン、とそういう期外収縮が出たら・・まず記録。そ、そうだ。記録記録!」

みな真剣に睨んでいる。

「モニターの波形を記録して、看護記録に貼る!それと・・そうそう!そのときのバイタル!他のバイタル!血圧に、SpO2に・・・」
数人がふんふんとうなずく。

「不整脈が出だすってことはさ、背景に何かあることがおお、多いわけ。高熱などによる頻脈・・一般に、頻脈になるほど不整脈が出やすい。かか、カテコラミン投与のときは要注意だ」
何人かがメモをはじめた。

「頻脈だけでなく、低酸素。低血糖や電解質異常もあるんじゃないかな」
「電解質異常?」
「あ、ああ。たとえば、ほれ」
「?」
ナースは窓の外を見た。

「ほれ・・・尿量が増えたとき。利尿剤で。ジャジャ漏れ、とかいうでしょうが。ああいう場合は
カリウムの損失が著しい。カリウムが少ない状態では不整脈が出やすい。イレウス(腸閉塞)でもカリウムは少ないよね」
「イレウスのときも注意すべきなんですか?」
ナースから指摘。

「うん。イレウスではカリウムと水分が、尿ではなく腸の中に漏れるからね」
「え?イレウスって腸の中に水分が溜まるんですか?」
中年ナースが今さらのようにこだわった。

「腸の中に水分とガスがたまる。感染の危険性が出てくる。重たくなった腸管は動かなくなる。これがイレウスの病態だ」
「ああ、それで抗生剤をいくのか」
「ん?」

知らぬ間にイレウスの話になっている。

「そ、そうだ。元に戻るよ。不整脈が出るってのは背景に何かあるやもしれない・・ってこと。
単発・連発に関わらない」
「そういう確認はカルテとか他のバイタルで確認・・ってことは分かりましたけど。その前に、わたしたちは
どうしたらいいんですか?」
「それは・・・ほかのバイタルや全身状態に変わりがなかったら、記録して、それとどれくらいのペースで出ているか把握して・・・増えてこなければ報告は次の日で、いいんでないかい?」

釈然としないまま、みなメモしていく。

「一番困るのは、そうだよ。『昨日、不整脈が何発も出てました。記録はないですけど』。最悪だ」
「あたしのことですか?」
中年ナースの1人が見上げた。

「ノーノー。とにかく初見のポン、と出てはおさまる、いかにも軽そうな不整脈は、増えてこないかということと背景に
何かないかを注意すべし」
適当な言い方だな・・。

「でもこれは別。心房細動」
ふつうの脈を描いた後、横に連なるランダムな脈。
「脈の幅はふだんの脈と同じ。でもランダム。ふつうの脈からいきなし心房細動になった場合は、<パフ>と呼ばれる」
「それも次の日までほっといていいんですか?」
若いナースが指摘。

「誰がそう言った?これは心不全をもたらす恐れが強い。治すべきものだ」
「こわい」
中年ナースが後ずさった。

「あんたホントに病院スタッフ?」
初めて笑いが取れた。だがそれはどうでもいい!

「ここからは医者の出番。モニター記録して他のバイタルをとりながら、ドクターコール」
「当直がどの先生でもですか?」
「そりゃそうさ」
「生理学の先生でも?」
「おいおい。生理学だろうと細菌学だろうと、医者は医者だよ」
「専門が違う先生に、分かるのかな?」
「いやいや。みんな専門は違えど、学生のときに習ってるし経験はして・・・るはずなんだが」

ここは僕も自信がない。

「内科ドクターが当直してない夜は、こわいよねえ」
老年ナースが立ち上がった。
「やっぱ、ユウキ先生らが分担して、常に内科が泊り込まないと」
「う、うるさいな・・・」
「でないと、私ら不安で不安で」
「それでもナースかよ・・・だが分からんでもない」

ガヤガヤしだした。話題がまた横道に。

「さて、幅は正常だけどランダム、これが<パフ>。ランダムではないけどかなり頻脈になるのは・・
はいあなた!」
「PSVT」
婦長ミチルが答えた。
「さすがミチルさんだ。この場合はそこまで慌てなくてもいいが」
「突然の頻脈は、ドクターコールの対象ね」
「ま、そう・・・」
何か気まずくなってきた。

「もっと危ない不整脈がある。心室頻拍」
幅の広い、規則的に連続する脈。
「これって、心臓からほとんど血液が出てない」
「おおこわ」
また老年ナースが後ずさりした。
「あんたはイチイチうるさい」

「急いで止める必要がある。患者に呼びかけて・・」
「心臓から血が送られてないのに?」
中年ナースがぼやく。
「う、うん。でもま、呼びかけながら・・胸部を叩く!」

僕は思いっきりみんなの座る丸テーブルを、ドカンと叩いた。

「ぎゃあ!」
みなのけぞった。

テーブル上に置いてあったやかん、コップがテーブル上で転倒した。まっ茶色の熱いコーヒーが、テーブル上にドババスタバと流出した。

「ぎゃあああ!」
老年・中年ナースが逃げ遅れ、白衣があちこちズブ濡れた。

「ごめん。続きはまた・・」
僕は学生に目で合図し、引き上げた。

「こっちまで頻脈になってきたよ!」
僕は廊下を走りながら学生に喋った。
学生は目を輝かせている。
「じゃ、今度は徐脈について話されるんですね!」
「だる・・・」

3時になる。心カテ室へ。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索