「そこで降りる!」
幹事のザッキーが率先、助手席で指示。
「じゃ、先に降りてください!」

僕とシローはいっせいに千円札を出した。

「タクシーチケットありますんで、いいです」
ザッキーは料金をチケットに書き込んだ。

僕らは順々に降り、もう1台も後ろに到着した。

「お待ちしておりました!」
街角で背広が立っている。まだ20代くらいのイケメンだ。
「人数は・・・」
「予定通り、来たよ」
ザッキーはMRも呼んでたのか。資金源だ。

学生と僕は最後尾を歩いた。

「接待なんか、いいんですか?」
学生は気まずそうだった。
「民間病院だから、いいんだよ」
「そうなんですか?捕まらないですか?」
「大学病院や官公立は厳しいよ」

料亭に入る。奥の座敷へ。荘重ともいうべき部屋。

「では、説明会という名目ですので」
MRはプロジェクターの電源を入れ、壁に画面を投影した。
薬剤名が映る。

「えー、今回はありがとうございます。おかげさまで・・」

僕の両端にギャルが座らされる。ザッキーやMRらの配慮なんだろう。
しかし・・・これは窮屈だ。事務長の前の女は右のほうだ。

さっそく右側が話しかける。
「ふーん。全然わかんなーい」
遊び人風の彼女から、派手な香水の匂いが漂ってくる。
こっちの服に染み付きそうだ。

「こういう薬、いくつもあるんですか?」
「あ・・・あるある。大辞典」
「キャッハッハー!おっもしろーい!」

向かいのザッキーは呆れて苦笑いだ。
「ユウキ先生。先月のカテ症例、計算しました」
「史上最多?」
「緊急がありましたからね。25例」
「そんだけ?」

仕方なかった。うちのカテーテル検査は週2,3回で、1日2回が限度だ。

「はやく僕もカテーテルしたいな!」
ザッキーは不満そうだ。
「でもオマエ、2年目だろ?」
「2年目から少しずつさせてもらうもんですよ」
「今は外回りを頑張って!」
「気管支鏡もそろそろ・・」
「1人でやるのは、まだ早すぎ!」
僕は警告した。

「ま、トシキ医長に相談を」
端っこの事務長が飲みながら答えた。

右の女、ジョッキを持つ爪が光る。
「医長ってそうなの、きてないんだー」
「医長は酒が飲めないんだ」
事務長は料理を手招きした。

1品ずつ運ばれていく。

「じゃ、医長がこの中で一番エライ人?」
左の女が聞く。
「いやいや、影の帝王はこのお方!」
事務長がまたイランことを言う。

「なあにが帝王だ」
僕は逐一、不快だった。
「影でいろいろやってんのは、オマエだろ!」
「わ、私が?」
事務長は首をかしげた。
「私のような健全な青年が?」
「ギャハハハハ!どっこがー!」
右の女が爆笑する。
「ガハハ!またどっかの女コマシてんのかー!」

一瞬、静まった。MRの説明は知らぬ間に終わっている。

「あ!ところで」
シローが思いついたように話しかけた。
「婦長とはどうなの?どうなったの?」
事務長は顔をしかめた。

「シロー先生。そういう話はちょっと」
「どうしてどうして?結婚しないの?ねえ!」
「身に覚えが・・」
「相手は本気だよ!マジで!」

会話の一部始終を、右の女は神妙に聞いていた。

「シロー!シロー!」
僕は助けを求めるようにシローを呼んだ。
「はい?」
「酔ってるだろ?」
「いいえ。これウーロンです」

右の女は歯を喰いしばってきた。
事務長は知らん顔をして、料理を運ぶ主人に話しかける。

「この魚は、東北だね?」
「いえ!舞鶴です!へい!」
「あ、そう・・」

「婦長って誰よ・・・」
右の女が肩を震わせた。

「うん!これおいしい!」
シローは知らん顔で食べ始めた。
「うんこ!れおいしい!」
ザッキーがふざけたが、不発弾だ。

「婦長って!誰!」
右の女が獣のように吼えた。
僕は雰囲気を気遣った。
「ごめん。シローは酔ってて」
「アンタには聞いてないんじゃ!」
「な?」

MRはあたふたしている。みんな、無言で料理を食べ始めた。

煮えてきた鍋のフタを、お上が1枚ずつ取り上げていく。
ホカホカの牛肉が数キレ。
「神戸牛でございます」
お上がお辞儀した。

「ほおお。これが神戸牛か!」
事務長はごまかそうとしたが、やってきた女にビンタを食らった。
「いたっ!」
「なめとんか!おのれは!」
女は怒りに燃えていた。
「もうせん、もうせんって、あれはウソか!」
女は事務長の料理を1つずつ、床につきとばした。

「ミナちゃん。もう行こ!そんな男!」
左の女は立ち上がり、髪をくくり始めた。
「クソ以下やで!仕返ししたるからなオッサン!」

またたく間に、2人は引き上げていった。
事務長は泣きかけの顔だ。

ザッキーが手をかざす。
「なきかけ?なきかけ?」
「ぐぐ・・・」
事務長は泣きを一生懸命こらえていた。

「ま、若い頃はね。いろんなことある」
料亭の主人が隅っこにいた。
「あとで謝ったら、意外とすぐ許してくれるで」

「女なあ。女は、もうええわ。ヒック」
酔った僕は箸を置いた。
「女でオレは、さんざん振り回されたぜ」

「女のせいにしちゃいけませんよ!」
シローは真面目だった。
「僕なんかどうするんです?この後家に帰ったら、子供の世話に・・」

「そうだよな。シローは大変だよな。既婚者って。ヒック」
「先生も、早く結婚してください」
「余計なお世話だよ。ヒック」
「医者でも出会いがないっていいますよ」
「分かってるって。ヒック」
「ナースはやめといたほうがいいですよ!」
「なぜに?ヒック」
「変に独立心がありますからね」
「手に職持ってる女は、1人でも食っていけるからな・・・ヒック」

「たた、大変勉強になりますです!」
MRは喜んでいた。
「こんな間近で、先生方のいろんなご意見をお聞きできるとは。ところで」

話題が打ち切られ、みな注目した。

「私、今回説明しました抗生剤ですが、今月キャンペーン期間となっておりまして」
「はあ?」
僕は呆れた。

「キャンペーン・・て、何?安売りでもすんの?」
「いえ。値段は据え置きです」
「どういう意味?」
「薬にはそれぞれ、キャンペーン期間というのがありまして。社の方針なんです。
今月はこれを特に売り上げろって」
「なんだよ。製薬会社の中での盛り上げかよ?」
「はい」
「つまんね!ヒック!」
「1日2グラムが基本ですが、できれば4グラム投与のほうが効果的ですし」
「でもおい、副作用出たらどうすんだ?ヒック」
「ええ、まあそこは先生方のご判断で!」
「そうか。ヒック」

僕は立ち上がった。
「相手を引き込むまではいかないな。ヒック」
MRは肩を落とした。

「でもよかったよ!料理!ヒック!事務長!元気出せよ!それ!」
僕らはいっせいに三本締めを行い、服を羽織った。

「ユウキ先生。し、仕返しするって・・」
事務長はつらそうだった。

「せえへん、せえへんって!知らんけど。だる・・・」
僕は彼を小突きながら、靴のところへ向かった。

「あれ?」
学生が隅で寝ている。
「あいつ、寝てるぞ。おい、ザッキー!」
「はい!」
「高圧カンチョー!」
「はい!うら!」

「わあっ!」
学生は飛び起きた。

僕らは2次会のカラオケボックスへ向かった。

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