サンダル2 ? 正気?
2005年9月21日「どした?」
ドアを開けると、ナースがあわただしくスプレーのキャップを外している。
「なんだ。キシロカインスプレーかよ。ちゃんと用意しといてくれよ」
次の人の前処置だ。
内視鏡室では、気管支鏡の検査中だ。検査はシローが・・。
「ん?」
よく見ると、やってるのは研修医2年目のザッキーだ。
シローは親切に横から教えている。
しかも内視鏡はけっこう奥まで進んでいる。
2人とも防護服を着てる。生検をするところか。
「シロー。おい、シロー!」
僕はマイクで読んだ。
「はい?」
「ザッキーが生検を?」
「はい。終わりました」
彼らは検査を終了し、引き上げてきた。
僕は密かにシローを隅に呼んだ。
「シロー。お前は5年目くらいだよな、たしか」
「ええ」
「ザッキーはまだ2年目だぞ。それに気管支鏡はまだ始めて間もないぞ」
「ええ・・すみません。先生方の許可なしに」
「事後報告は意味ないっての!」
「でもザッキー、センスありますよ」
「だからといって、生検までさせるか?」
僕はシローが自分の判断で次へ次へと進めたことが気に入らなかった。
事故が起こってからでは遅すぎる。
「ユウキ先生。トシキ医長にはこのことは・・」
シローが頭を何度も下げた。
「で?患者は気胸を起こしてないだろな?」
「自分が横で監督しましたが・・問題ないです」
「検査後のレントゲンです」
技師が持ってきた。僕が取った。
「まったく・・・ああっ!」
「え?なに?」
シローが覗き込んだ。
「ウソだよ。シロー。でも気をつけろよ!」
「は、はい。これからは勝手な指導は・・」
「気をつけるのは、自分自身かもな!」
シローはいったん、うつむいた。
ザッキーは自慢げに出来上がった写真を周囲に見せている。
「とと!」
僕は用事を思い出し、外来へ紙を取りに行き、エコー室へ戻る。
ナースと患者は意気投合していた。
「ご苦労さん!」
僕は用紙をセットして彼らの間に入り、再び画面を見入った。
「あとは・・・よし!」
検査終了。この調子でなんとか1時までに切り上げることができた。
「学生はどこへ・・・」
医局へ戻ると、ザッキーがうれしそうに学生に指導している。
学生は古い気管支鏡を覗きつつ、気管支モデルの中を観察していた。
「そうか!ここが下葉なわけですね!」
学生は奥へ奥へと観察していた。この気管支モデルはトシキが作ったものだがよく出来ており、
実際の気管支の走行を学ぶのにかなり役に立っていた。
ザッキーがまた交代し、指導する。
「気管支鏡ってどうだい、簡単だろ!」
「ええ!」
「こんなの、車の運転と同じだ!運転!」
「そうか!運転と思えばいいんだ!」
彼らは僕に気づいた。
「あ・・」
学生はカメラから顔を遠ざけた。
「すみません。超音波の見学に戻らず・・」
「いやいや、いいよ別に」
僕はインスタントラーメンにお湯を注いだ。
時間に余裕がないとき、または職員食堂のメニューが怖いときはこれだ。
ザッキーは不機嫌な顔で、カメラを片付けた。
僕のほうを時々チラッと見ているのがわかる。
文句があるのか、気遣ってるのか・・・。
シローが病棟から上がってきた。
「はあはあ!救急に心不全が来ててね!」
僕らは反射的に立ち上がった。
「いやいや!もう大丈夫!たいしたことなかった!僕が主治医です!」
「心不全っすか・・」
ザッキーは興味を示した。
「EF(左室駆出率)は?」
「EFは問題ないけどね。高血圧があって」
「EFが問題ない?なら心不全じゃないでしょう?」
浅はかな読みだった。
「ザッキー。もうちょっと勉強しなよ」
シローはいたずらっぽく微笑んだ。
「拡張不全主体の心不全ってのもあるんだよ」
「ええ知ってます。知ってますって!」
ザッキーはプライドが高かった。
「ふう・・」
シローは相手にせず、机に座った。
「病棟では今頃、トシキ先生の演説が始まってますよ!」
「昨日の勉強会は最悪だったよな!」
僕は学生のほうを見た。
「ええ。あんまりでしたよね!」
「な・・・?ま、まあな。勉強会のこと忘れてたし」
「続きはまたされるのですか?」
「お前が帰ったあとでな!」
僕は3分待たず、ラーメンのフタをあけた。
「じゃ、これ食い終わったら・・勉強会でも見に行くか!」
「それ賛成アルカリ性!」
シローがパンをもぐもぐ食べながら笑った。
「トシキ先生の勉強会は貴重ですからね・・・レベルが高すぎて」
学生は弁当を食べるのを加速した。
「じゃあいそいでたべばいほ・・ぱっぱっ!」
「(一同)メシとばすなよ!」
僕らは数分後、病棟の詰所へ入った。
昨日と同じ奥の部屋で、熱心な講義が続いている。
「失礼しまーす」
もはや誰1人入ることができないくらいの人だかりだ。
というのも、出席しているのはナースだけではない。療養病棟のナース、技師、外来ナースまで。
ホワイトボードには『エビデンスに基づく最新の循環器治療』とある。みな、なんだろう?と駆けてきたのだ。
「先生方、もう座るとこないわよ」
婦長のミチルが隅で立っている。しかし気分悪そうだ。顔色が悪い。
「トシキ先生。続けてください」
「ああ。で、この臨床試験は・・」
いきなり臨床試験の講義かよ。
「有意差はでなかった。しかし、忍容性が確かめられた」
トシキの目前の1人が一生懸命メモをとってるだけで、他のナースの視線は・・はるか遠方にある。
みなつらそうだ。それだけ講義の内容は飛躍しすぎたものだった。
「では、各論から始める」
トシキはやる気満々だった。また資料が配られる。
「論文はオリジナルを尊重して、英語の分を選んである。質問があればまた受け付ける。では・・・」
彼は臨床試験を1つずつ、丁寧に解説しはじめた。1ページ1つの臨床試験の解説、それが20ページある。
この男・・・正気か?
しかし実はこれは、重症病棟ナースらの要望だったのだ。ドクターの専門分野の深層を知りたいという。
真相はこれだ。
「二重盲検で検討した。すると・・」
すると何人かが1人ずつ、うなだれていった。睡魔にとうとう耐え切れなかったのだ。トシキはもう無我夢中だ。
学生も目頭を押さえながら、立ったまま僕に寄りかかってきた。
「あ・・すみません。でも・・誰も聞いてませんね」
「おい!シッ!」
ドアを開けると、ナースがあわただしくスプレーのキャップを外している。
「なんだ。キシロカインスプレーかよ。ちゃんと用意しといてくれよ」
次の人の前処置だ。
内視鏡室では、気管支鏡の検査中だ。検査はシローが・・。
「ん?」
よく見ると、やってるのは研修医2年目のザッキーだ。
シローは親切に横から教えている。
しかも内視鏡はけっこう奥まで進んでいる。
2人とも防護服を着てる。生検をするところか。
「シロー。おい、シロー!」
僕はマイクで読んだ。
「はい?」
「ザッキーが生検を?」
「はい。終わりました」
彼らは検査を終了し、引き上げてきた。
僕は密かにシローを隅に呼んだ。
「シロー。お前は5年目くらいだよな、たしか」
「ええ」
「ザッキーはまだ2年目だぞ。それに気管支鏡はまだ始めて間もないぞ」
「ええ・・すみません。先生方の許可なしに」
「事後報告は意味ないっての!」
「でもザッキー、センスありますよ」
「だからといって、生検までさせるか?」
僕はシローが自分の判断で次へ次へと進めたことが気に入らなかった。
事故が起こってからでは遅すぎる。
「ユウキ先生。トシキ医長にはこのことは・・」
シローが頭を何度も下げた。
「で?患者は気胸を起こしてないだろな?」
「自分が横で監督しましたが・・問題ないです」
「検査後のレントゲンです」
技師が持ってきた。僕が取った。
「まったく・・・ああっ!」
「え?なに?」
シローが覗き込んだ。
「ウソだよ。シロー。でも気をつけろよ!」
「は、はい。これからは勝手な指導は・・」
「気をつけるのは、自分自身かもな!」
シローはいったん、うつむいた。
ザッキーは自慢げに出来上がった写真を周囲に見せている。
「とと!」
僕は用事を思い出し、外来へ紙を取りに行き、エコー室へ戻る。
ナースと患者は意気投合していた。
「ご苦労さん!」
僕は用紙をセットして彼らの間に入り、再び画面を見入った。
「あとは・・・よし!」
検査終了。この調子でなんとか1時までに切り上げることができた。
「学生はどこへ・・・」
医局へ戻ると、ザッキーがうれしそうに学生に指導している。
学生は古い気管支鏡を覗きつつ、気管支モデルの中を観察していた。
「そうか!ここが下葉なわけですね!」
学生は奥へ奥へと観察していた。この気管支モデルはトシキが作ったものだがよく出来ており、
実際の気管支の走行を学ぶのにかなり役に立っていた。
ザッキーがまた交代し、指導する。
「気管支鏡ってどうだい、簡単だろ!」
「ええ!」
「こんなの、車の運転と同じだ!運転!」
「そうか!運転と思えばいいんだ!」
彼らは僕に気づいた。
「あ・・」
学生はカメラから顔を遠ざけた。
「すみません。超音波の見学に戻らず・・」
「いやいや、いいよ別に」
僕はインスタントラーメンにお湯を注いだ。
時間に余裕がないとき、または職員食堂のメニューが怖いときはこれだ。
ザッキーは不機嫌な顔で、カメラを片付けた。
僕のほうを時々チラッと見ているのがわかる。
文句があるのか、気遣ってるのか・・・。
シローが病棟から上がってきた。
「はあはあ!救急に心不全が来ててね!」
僕らは反射的に立ち上がった。
「いやいや!もう大丈夫!たいしたことなかった!僕が主治医です!」
「心不全っすか・・」
ザッキーは興味を示した。
「EF(左室駆出率)は?」
「EFは問題ないけどね。高血圧があって」
「EFが問題ない?なら心不全じゃないでしょう?」
浅はかな読みだった。
「ザッキー。もうちょっと勉強しなよ」
シローはいたずらっぽく微笑んだ。
「拡張不全主体の心不全ってのもあるんだよ」
「ええ知ってます。知ってますって!」
ザッキーはプライドが高かった。
「ふう・・」
シローは相手にせず、机に座った。
「病棟では今頃、トシキ先生の演説が始まってますよ!」
「昨日の勉強会は最悪だったよな!」
僕は学生のほうを見た。
「ええ。あんまりでしたよね!」
「な・・・?ま、まあな。勉強会のこと忘れてたし」
「続きはまたされるのですか?」
「お前が帰ったあとでな!」
僕は3分待たず、ラーメンのフタをあけた。
「じゃ、これ食い終わったら・・勉強会でも見に行くか!」
「それ賛成アルカリ性!」
シローがパンをもぐもぐ食べながら笑った。
「トシキ先生の勉強会は貴重ですからね・・・レベルが高すぎて」
学生は弁当を食べるのを加速した。
「じゃあいそいでたべばいほ・・ぱっぱっ!」
「(一同)メシとばすなよ!」
僕らは数分後、病棟の詰所へ入った。
昨日と同じ奥の部屋で、熱心な講義が続いている。
「失礼しまーす」
もはや誰1人入ることができないくらいの人だかりだ。
というのも、出席しているのはナースだけではない。療養病棟のナース、技師、外来ナースまで。
ホワイトボードには『エビデンスに基づく最新の循環器治療』とある。みな、なんだろう?と駆けてきたのだ。
「先生方、もう座るとこないわよ」
婦長のミチルが隅で立っている。しかし気分悪そうだ。顔色が悪い。
「トシキ先生。続けてください」
「ああ。で、この臨床試験は・・」
いきなり臨床試験の講義かよ。
「有意差はでなかった。しかし、忍容性が確かめられた」
トシキの目前の1人が一生懸命メモをとってるだけで、他のナースの視線は・・はるか遠方にある。
みなつらそうだ。それだけ講義の内容は飛躍しすぎたものだった。
「では、各論から始める」
トシキはやる気満々だった。また資料が配られる。
「論文はオリジナルを尊重して、英語の分を選んである。質問があればまた受け付ける。では・・・」
彼は臨床試験を1つずつ、丁寧に解説しはじめた。1ページ1つの臨床試験の解説、それが20ページある。
この男・・・正気か?
しかし実はこれは、重症病棟ナースらの要望だったのだ。ドクターの専門分野の深層を知りたいという。
真相はこれだ。
「二重盲検で検討した。すると・・」
すると何人かが1人ずつ、うなだれていった。睡魔にとうとう耐え切れなかったのだ。トシキはもう無我夢中だ。
学生も目頭を押さえながら、立ったまま僕に寄りかかってきた。
「あ・・すみません。でも・・誰も聞いてませんね」
「おい!シッ!」
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