すると誰かの携帯がピロリロリ〜!と鳴った。
「うわ!あたしの!」
ビックリして飛び起きた若いナースは、あわてて背中のイスにかけたカバンをまさぐった。
「あれあれ!うそどこ?」

トシキは神妙にうつむいた。

「携帯くらい、切っとけ!」
彼の怒りは爆発した。
「常識がないな!ここの病棟は!」
彼はホワイトボードの字を消した。
「みんなが医療の最新統計を知りたいっていうから、僕は準備したんだ!こんな態度!」

シーンとあたりが静まった。

「勉強会に気をぬくってことは、それだけ日頃身が入ってないってことだと思う!」

沈黙が続く。

「自分への甘えは、やがて医療ミスなどの形になってふりかかる!」

すごいこと言うな・・。こうなるとこの男は歯止めが効かない。

「無知であることは罪なんだ!」

僕がつい昨日、学生に言った言葉だ。案の定、後ろから指でわき腹を突付いてきた。
「てて・・やめろよ」
なおも突付いてくる。

「やめやめ・・くく、こそばい」
「くく・・(笑)」
「やめ・・やめ」
「・・・・(笑)」
「やめってんのに!もう!」

振り向いて手を握ると、それは若いナース(医局人気No.1)の指だった。

「は、はうわ!ごご、ごめん!」
「ああ・・・ああ・・・」
21そこそこの美しい彼女は思いっきり手を握られ、赤面していた。

 トシキは僕を見下ろした。
「もう先生まで。やめてください」
「トシキ。な、今日はま、これぐらいで」
僕も慌てて意味不明にしゃべった。

トシキの機嫌は直らず、1秒おきに足踏み。
そこにタイミング悪く、MRが現れた。

「ちわ!これ誕生日の!あれ!」
しかもケーキを持って現れた。たぶんお気に入りナースへのプレゼントだろう。

「出ろ!」
トシキが吼えた。あんな冷静な男が。でも昨日もキレてたな。
MRは泣きそうになりながら姿を消した。

「今日はもうここまで!あとは各自!」

気まずい雰囲気が漂う。
彼はカバンを抱え、出ようとした。

「来週、確認のテストをする!8割以下は再試験!」

みな、ざわめいた。
「勉強会は漫然とやるものじゃない!」
言い残し、彼は去っていった。

ナースらの視線はミチル婦長に注がれた。
「トシキ先生、怒ったわよ・・・あのめったに怒らない先生が!」
「おいおい、誰か機嫌取りに行かせろよ!あいつ怒ったら・・」
みんなゴクリと唾を飲み込んだ。
「怒ったら・・泣くんだぞ!」

僕らドクターは爆笑した。本当の話なのだ。たぶん今頃、どっかで泣いていると思う。

 しかし婦長は深刻だった。今後の予後につながる。
「許してくれるかしら・・」
「今頃、どっか引きこもりに行ってるよ。慰めを待ってると思う」
「そうなの?」
「頭を下げたら、ああいうタイプはすぐ許してくれるさ。な!」
僕は学生の肩をたたいた。

「みなさんも、聞かない勉強会だったらしなければいいのに・・・トシキ先生が可愛そうです!」
学生の声1つで、皆さらなるどん底へ叩き落された。

僕は彼の手を引っ張り、詰所へ出た。
「いたたた!何するんですか!」
「ええから来い!ええから!もうお前!だるだるもええとこだよ!」

とりあえず僕らは医局へ戻った。

「それにしてもアイツ、よくもまあこんな資料を・・」
僕は関心しながら読んでいた。英語の論文をすべて掲載、和訳も
している。
「ただ、要約してくれないと困るよな・・だるぅ」

シローは赤線を引きながら食べかけをまた食べ始めた。
「トシキ先生のまとめたものを、また要約してまとめてみます」
「いつも悪いな」
僕はシローに感謝した。

「でもユウキ先生、うまく手、握りましたね」
シローがうらめしそうに笑った。
「ちち、ちがわい!オレは学生だと思って・・そんで」
「その手、洗わないんじゃないですか?」
「そそ、そんなわけない!ましてや変なことになんか、なあ北野くん!」
僕は学生を見上げた。

「そんな趣味、僕にはありません」

うちの医局の資料は、こうやって出来上がっていく。

・・・だる(5分、昼寝)。

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