サンダル2 ? オーベン気分
2005年9月22日「3・・2・・・1・・・・・・・・よし!」
僕は重い腰を上げた。マジで寝てしまいそうだ。もたれる昼ごはんは、体を重くする。
病棟へ向かう。ふと振り向くと・・学生がついてきた。
詰所へ入ると、リーダーの老ナースがドーンと座っている。リーダーは詰所から離れないのが
基本だ。役目は<中継ステーション>だから。
「ユウキ先生は、と・・」
老ナースはメガネから上目遣いで板書をまじまじと読み始めた。
「ニップネーザルのおじいちゃん、それと・・予定入院の巣鴨さん」
「予定入院?ああ、外来で予約してた人だ。アルコール性肝障害」
それと、2次的に引き起こされたと思われる糖尿病のコントロール。
「その他、各種検査を行う目的だった」
「ったくもう」
老ナースは不満がった。
「なぜによ?」
「生保よ先生!」
「生保・・だよ。それが?」
「生保でも、巣鴨のオッサンは酒飲みで遊びほうけてる!」
何人も子供を抱えて生活している彼女の言い分だ。
「ちゃんと働け!わたしらの税金を使うな!ったく・・」
学生は不服そうだった。
「でも病気があるから、治療が必要なんであって・・」
「いやいや。酒で肝機能が悪化したんだ。つまり酒ばっか飲んでなければ、病気も背負わずに
すんだ」
「はあ・・」
「生活保護の場合、本人はお金を負担しなくていいんだ」
「それは知ってますけど。患者さんだから・・」
「そりゃ、病気になったことは同情するよ」
「なのに、税金の無駄遣いだなんて、そこまで言わなくても・・」
老ナースは知らん振りでふんふんと報告を読んでいる。
「北野くん。ま、そのうち分かるよ」
「何がですか?」
「一生懸命働いてる人からすればな、酒飲んで病気になって国の保護なんて・・そりゃ理解しがたいよ」
「でも患者さんあっての病院ですし」
この男・・。
事務長が鼻歌を歌いながらやってきた。
「タンゴ〜フンフ〜!」
「事務長!」
僕は呼び止めた。
「はい?うちの事務がまた何か・・?」
「巣鴨さんがアルコール性肝障害で入院、今日入った」
「よろしくお願いいたします」
「2週間だぞ!」
実は事務長がベッドを埋めるために、なかば無理矢理入院させたのだった。
病院の空床が増えたとき、いかに患者を効率よく引っ張って入院患者数の
帳尻を合わせるか・・・それは事務長の能力を反映する。
この男はあちこちにコネがあり、抜け目がなかった。
「ま、2週間ぐらいどうかって持ちかけたらすんなりいきましたもんで」
事務長はクールに引き上げた。
「やれやれ・・行くか!」
僕は病室へ向かった。3度目の入院なので緊張感はなかった。
「失礼!」
4人部屋に入ると、右の奥で着替えているオジサンがいる。
「巣鴨さん!久しぶり!」
「おう!あんたか!」
体育会系の彼は、そのコワモテな風貌から周囲の患者に恐れられていた。
しかし内面はそれとは裏腹だった。
「また酒、飲みすぎてもたわ!はっはは!」
学生は頭の上から足の下まで観察している。
「か、顔が黄色いんですけど・・」
「ああ。ビリルビンは3以上あるよ」
「黄疸?」
「ああ。巣鴨さん、横になってくれる?」
胸を観察。手だけでなくここにもクモ様の紅斑がある。
腹部は膨隆しているが波動はなく、腹水というより肥満だ。
学生は廊下で肝臓のページを見ていた。
「重症ですかね」
「どうかな?いまいち基準が分からんが」
「慢性肝炎のところを読めばいいんですか?」
「慢性肝炎が進んだら?」
「劇症肝炎?」
「死になさい」
僕は相手にせず詰所へ戻った。
「採血は・・一般の採血に加えて、アンモニア、PT、HPT、?型コラーゲン、ヒアルロン酸、
AFPにPIVKA-II、リポ蛋白AにHbA1c、BNP、それと・・ターゲスを1回1日尿糖3日間蛋白も追加それと痰が出れば培養3回に尿の培養3回で鼻腔も出しとくかMRSAあるかもなそれとホルター心電図もオマケでつけとくかアンダーソン君!」
「え?そ、そんなにい?」
老ナースは引いた。
「そうだよ」
「こ、これらが全部、わてらの税金から?」
「さあ。だってな北野くん。患者さんのためだもんな!」
「はい!」
ワンテンポ遅れたが学生は輝いて答えた。
「内服はいつものを続行。食事は肝臓食・・安静度は病棟内フリー。以上だ!」
重症部屋へ。波多野じいはようやく目を開けれている。
「ああ!どうも先生!カアッ!」
学生は急いでティッシュの箱を差し出した。
「ありがとう・・カアアアアッ!」
「いえいえ。礼には及びません」
「おいそれ!わしの!」
僕らの背後で横になっている70代患者の堺さんが呼び止めた。
「わしのテッシュ!」
「非常事態でしたので!すみません!」
学生は頭を下げた。
「勝手に持ち出すな、ドロボウといっしょやぞ!」
ティッシュを受け取ったじいさんは・・・多発性骨髄腫で入院中だ。少量の化学療法
だったが副作用で中止、感染の合併があったがそれも軽快傾向で退院間近。
「常識がなっとらん、じょうしきが!どや?」
「はい?」
思わず学生は答えた。
「お前とちゃうちゃう。波多野のじいや!」
波多野じいさんは座位のまま答える。
「お前。まあだおるんか病院に」
「オメエこそなんやあ。わしに菌、飛ばしにきたんか?」
「きん?」
「わしゃせっかくようなったんや。やめよ!」
「何をや?」
波多野じいさんがムキになってきた。
この2人は入退院をほぼ同じ時期に繰り返し、奇妙な友情関係にあった。
「いるんやったらやるわ!ほれ!」
元気になった波多野じいは痰の入ったティッシュを投げた。
「うわこら!やめんか!」
堺じいは必死でよけ続けた。
僕はその隙に、波多野じいの動脈血を測定した。
「二酸化炭素は62mmHgで安定してる!」
「高すぎではないのですか?」
学生が指摘した。
「いや、これぐらいならいいんだよ」
「でも正常値は・・」
「二酸化炭素が正常でも困るんだ」
「?」
「呼吸がなまけるから」
「なまけるような人には見えませんが・・」
「も、いいわ」
僕はAラインを抜き、胸のモニターも外した。
「波多野さん。リハビリ始めましょう」
「おお、そうでっか」
「ただしまだ炎症反応があるので。リハビリは徐々に」
学生がまた近づいた。
「炎症が十分おさまってからリハビリするほうがいいと思うのですが」
「るさいなあ、いちいち」
「患者さんの・・」
「老人の場合いつまでも安静にしてたら、筋力低下が進むんだよ!」
「え?でもうちのじいさんは」
「お前のじいさんは知らん!」
変な奴。でも憎めない。久しぶりにオーベン気分だ。
僕は重い腰を上げた。マジで寝てしまいそうだ。もたれる昼ごはんは、体を重くする。
病棟へ向かう。ふと振り向くと・・学生がついてきた。
詰所へ入ると、リーダーの老ナースがドーンと座っている。リーダーは詰所から離れないのが
基本だ。役目は<中継ステーション>だから。
「ユウキ先生は、と・・」
老ナースはメガネから上目遣いで板書をまじまじと読み始めた。
「ニップネーザルのおじいちゃん、それと・・予定入院の巣鴨さん」
「予定入院?ああ、外来で予約してた人だ。アルコール性肝障害」
それと、2次的に引き起こされたと思われる糖尿病のコントロール。
「その他、各種検査を行う目的だった」
「ったくもう」
老ナースは不満がった。
「なぜによ?」
「生保よ先生!」
「生保・・だよ。それが?」
「生保でも、巣鴨のオッサンは酒飲みで遊びほうけてる!」
何人も子供を抱えて生活している彼女の言い分だ。
「ちゃんと働け!わたしらの税金を使うな!ったく・・」
学生は不服そうだった。
「でも病気があるから、治療が必要なんであって・・」
「いやいや。酒で肝機能が悪化したんだ。つまり酒ばっか飲んでなければ、病気も背負わずに
すんだ」
「はあ・・」
「生活保護の場合、本人はお金を負担しなくていいんだ」
「それは知ってますけど。患者さんだから・・」
「そりゃ、病気になったことは同情するよ」
「なのに、税金の無駄遣いだなんて、そこまで言わなくても・・」
老ナースは知らん振りでふんふんと報告を読んでいる。
「北野くん。ま、そのうち分かるよ」
「何がですか?」
「一生懸命働いてる人からすればな、酒飲んで病気になって国の保護なんて・・そりゃ理解しがたいよ」
「でも患者さんあっての病院ですし」
この男・・。
事務長が鼻歌を歌いながらやってきた。
「タンゴ〜フンフ〜!」
「事務長!」
僕は呼び止めた。
「はい?うちの事務がまた何か・・?」
「巣鴨さんがアルコール性肝障害で入院、今日入った」
「よろしくお願いいたします」
「2週間だぞ!」
実は事務長がベッドを埋めるために、なかば無理矢理入院させたのだった。
病院の空床が増えたとき、いかに患者を効率よく引っ張って入院患者数の
帳尻を合わせるか・・・それは事務長の能力を反映する。
この男はあちこちにコネがあり、抜け目がなかった。
「ま、2週間ぐらいどうかって持ちかけたらすんなりいきましたもんで」
事務長はクールに引き上げた。
「やれやれ・・行くか!」
僕は病室へ向かった。3度目の入院なので緊張感はなかった。
「失礼!」
4人部屋に入ると、右の奥で着替えているオジサンがいる。
「巣鴨さん!久しぶり!」
「おう!あんたか!」
体育会系の彼は、そのコワモテな風貌から周囲の患者に恐れられていた。
しかし内面はそれとは裏腹だった。
「また酒、飲みすぎてもたわ!はっはは!」
学生は頭の上から足の下まで観察している。
「か、顔が黄色いんですけど・・」
「ああ。ビリルビンは3以上あるよ」
「黄疸?」
「ああ。巣鴨さん、横になってくれる?」
胸を観察。手だけでなくここにもクモ様の紅斑がある。
腹部は膨隆しているが波動はなく、腹水というより肥満だ。
学生は廊下で肝臓のページを見ていた。
「重症ですかね」
「どうかな?いまいち基準が分からんが」
「慢性肝炎のところを読めばいいんですか?」
「慢性肝炎が進んだら?」
「劇症肝炎?」
「死になさい」
僕は相手にせず詰所へ戻った。
「採血は・・一般の採血に加えて、アンモニア、PT、HPT、?型コラーゲン、ヒアルロン酸、
AFPにPIVKA-II、リポ蛋白AにHbA1c、BNP、それと・・ターゲスを1回1日尿糖3日間蛋白も追加それと痰が出れば培養3回に尿の培養3回で鼻腔も出しとくかMRSAあるかもなそれとホルター心電図もオマケでつけとくかアンダーソン君!」
「え?そ、そんなにい?」
老ナースは引いた。
「そうだよ」
「こ、これらが全部、わてらの税金から?」
「さあ。だってな北野くん。患者さんのためだもんな!」
「はい!」
ワンテンポ遅れたが学生は輝いて答えた。
「内服はいつものを続行。食事は肝臓食・・安静度は病棟内フリー。以上だ!」
重症部屋へ。波多野じいはようやく目を開けれている。
「ああ!どうも先生!カアッ!」
学生は急いでティッシュの箱を差し出した。
「ありがとう・・カアアアアッ!」
「いえいえ。礼には及びません」
「おいそれ!わしの!」
僕らの背後で横になっている70代患者の堺さんが呼び止めた。
「わしのテッシュ!」
「非常事態でしたので!すみません!」
学生は頭を下げた。
「勝手に持ち出すな、ドロボウといっしょやぞ!」
ティッシュを受け取ったじいさんは・・・多発性骨髄腫で入院中だ。少量の化学療法
だったが副作用で中止、感染の合併があったがそれも軽快傾向で退院間近。
「常識がなっとらん、じょうしきが!どや?」
「はい?」
思わず学生は答えた。
「お前とちゃうちゃう。波多野のじいや!」
波多野じいさんは座位のまま答える。
「お前。まあだおるんか病院に」
「オメエこそなんやあ。わしに菌、飛ばしにきたんか?」
「きん?」
「わしゃせっかくようなったんや。やめよ!」
「何をや?」
波多野じいさんがムキになってきた。
この2人は入退院をほぼ同じ時期に繰り返し、奇妙な友情関係にあった。
「いるんやったらやるわ!ほれ!」
元気になった波多野じいは痰の入ったティッシュを投げた。
「うわこら!やめんか!」
堺じいは必死でよけ続けた。
僕はその隙に、波多野じいの動脈血を測定した。
「二酸化炭素は62mmHgで安定してる!」
「高すぎではないのですか?」
学生が指摘した。
「いや、これぐらいならいいんだよ」
「でも正常値は・・」
「二酸化炭素が正常でも困るんだ」
「?」
「呼吸がなまけるから」
「なまけるような人には見えませんが・・」
「も、いいわ」
僕はAラインを抜き、胸のモニターも外した。
「波多野さん。リハビリ始めましょう」
「おお、そうでっか」
「ただしまだ炎症反応があるので。リハビリは徐々に」
学生がまた近づいた。
「炎症が十分おさまってからリハビリするほうがいいと思うのですが」
「るさいなあ、いちいち」
「患者さんの・・」
「老人の場合いつまでも安静にしてたら、筋力低下が進むんだよ!」
「え?でもうちのじいさんは」
「お前のじいさんは知らん!」
変な奴。でも憎めない。久しぶりにオーベン気分だ。
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