サンダル2 ? 立場
2005年9月24日僕と麻酔科のピートが、救急外来の処置にあたった。
救急隊が室内へストレッチャーを運んでくる。
「じゃ、ベッド移るからね!動かなくていいから!」
救急隊は体はワイルドでも、対応は紳士的だ。
「よいせーっと!」
僕ら4人は両端2人ずつで、崩れそうになりながら患者を当院の
ストレッチャーに移した。
「53歳男性。糖尿病で入院中でしたが、息切れがあり・・」
「で、心電図で急性心筋梗塞と診断か。心電図だけでか」
ピートはメモを覗きこんで残りの情報を収集した。
「点滴は5%TZ」
僕は点滴ラインをテープで止めていた。
「デキスターは120mg/dlだ。焦ることなし。点滴はこれでいく。上がる血糖は下げりゃいい」
技師が心電図記録。
「北野くん。問診しろ」
僕は学生に問診を頼んだ。
「こ、こんに・・にちは!」
「だれ?この人」
技師は患者の胸に電極を1つずつつける。患者は小刻みな呼吸だ。
「はい!北野です!医学部3年生・・!」
「じっとして!」
技師が制し、心電図が記録された。ピートがバリッと破り、一瞥。
「ユウさんよ、QSにネガT(ネガティブT波)。Rはないぜ」
「いや・・・若干だがある」
12部分記録される心電図のうち、心筋梗塞らしき所見が・・・3箇所。V1-V3だ。この部位は心臓左心室の前壁で、最も重要な部分だ。この部位の血管が詰まるとなると、心臓破裂、ショックなどの合併症の確率が高くなる。
心筋梗塞らしき所見、といったがこれは発症してからの時間によって段階がある。最初は心電図の<鋭い山=R波>の部分の後ろにある<鈍い山=T波>、この鈍い山が鋭くかつ高くなる(増高T波)。数時間以上たつと、やがて鋭い山と鈍い山が連なり、融合したようになる(ST上昇)。ついで上向きの山は高さが下に低くなっていき、完全に下向きの幅広い山になる(異常Q波)。ついで鈍い山も上向きから下向きになる(ネガティブT波)。ここまでくると心臓の筋肉つまり心筋は壊死してしまった<完了形>とみなされるが、異常Q波に少しでも上向きの山が残っていれば、心筋はまだ生きているとみなされる。なので冠動脈を早く造影し、詰まった血管を拡げて死に瀕した心筋を救出しよう、という話になる。
遅れてきたザッキーが超音波を当てた。
「どうぞ」
「見てるのはお前だろ。どうなんだ?」
僕は近づいた。
「ここが・・」
「ここって何だよ。部位で説明しなよ」
「前壁がア(a-kinetic:無動)ですね」
「そっか?」
僕が代わりに当ててみた。少しずらしながら見ると・・・全く動いてないってわけではない。
「severe hypoだ。動きは非常に悪いが、動いてる。まだ瘤(りゅう)にはなってない」
「はい・・」
ザッキーは再び観察した。
「採血はトロポニンTプラス。CPK 1280で酵素は一通り上昇してる」
検査技師が伝票を置いて帰った。
遅れてレントゲンが掲げられる。心臓拡大、肺は・・・臥位ではあるが、うっ血もなさそうだ。
「ザッキー。胸水はたまってないか?」
「そんなの・・ユウキ先生が自分で見てください!」
ザッキーは不機嫌にプローブを渡した。
「怒るなよ。ザッキー・・・」
胸水はなし。血圧などバイタルは正常。血行動態は比較的安定してそうだ。
「カテ室をあけてもらおう。カテーテル検査の上、必要あらばステントだ。看護師さんは、
インターベンション時の先生を呼び出しを・・」
僕はハッと我にかえった。
「そ、その前に医長に伝えてからだ」
僕はトシキに連絡した。
『もしもし』
「あのですね。救急が来た。AMIで53歳男性、紹介で来た。糖尿病がある。そのためか
胸痛なし。オンセット(発症時間)は不明」
『カテになりそうですか』
「部位は前胸部。ほぼQSだがRがある。若干」
『けっこう時間、経ってそうですね』
「比較的血行動態は保たれてる。心臓の他の部分が代償してよく動いてる」
『うーん・・・でも・・・』
「インターベンション時コールの窪田先生、呼んでいいか?」
『けっこう時間経ってるしな・・』
「おい!早く決めろ!」
ピートの指示で、ニトロール、シグマートなどの点滴が次々とつながれる。
「よっしゃ、t-PAいこうじゃないの」
「うちはそういう順番じゃないんだ!」
僕はやめさせた。
「おいトシキ。早く!」
『何歳ですか』
「だから53歳だって言っただろ?」
『うーん・・・』
「見て決めろ!」
と言ったとたん、トシキは歩きながらやってきた。
「心電図です!」
ザッキーが記録を次々と提示。
「これがエコーのビデオ画面!」
手際よく、プレイバック画面を流す。
総婦長がやってきた。
「さ。先生方。患者さんはここに永遠においておくのですか?それとも病棟?」
「(一同)待てよ!」
「・・・・・・・・・」
総婦長は驚いてアパム状態だった。
「うーん・・・」
トシキ医長は顔を上げた。
「保存的にやろう。リスクが高すぎる」
「な・・」
僕は残念だった。今インターベンションすれば、けっこう心筋を多く救えるかもしれない。
「医長先生。まだ生きてる心筋がけっこうあるかも」
「R波はあまりないし」
「分からんよ。見てみないと」
意見が分かれ、医長は僕を隅に呼んだ。
「先輩・・・困ります」
「知ってる知ってる。お前には悪いけど」
「医長の立場として」
「ああ、分かったよ・・もう喋るな」
「検査は急性期を過ぎてから、にします。危険なので」
医長の計らいで、カテーテル検査日は入院後改めて検討する、との方針に。
主治医は医長自ら。
僕とピートは救急部屋に残った。
「ユウちゃんよ。あまり怒るなって」
「怒ってなんかないよ・・!」
「なあに、オレだって外科の奴らと今まで何回もめたことか」
「手術でか?」
「ああ。俺たちは外科手術の良否を判断するからな」
「ま、いつまで悔やんでも仕方ない!」
僕は気分新たに、部屋を出た。
救急隊が室内へストレッチャーを運んでくる。
「じゃ、ベッド移るからね!動かなくていいから!」
救急隊は体はワイルドでも、対応は紳士的だ。
「よいせーっと!」
僕ら4人は両端2人ずつで、崩れそうになりながら患者を当院の
ストレッチャーに移した。
「53歳男性。糖尿病で入院中でしたが、息切れがあり・・」
「で、心電図で急性心筋梗塞と診断か。心電図だけでか」
ピートはメモを覗きこんで残りの情報を収集した。
「点滴は5%TZ」
僕は点滴ラインをテープで止めていた。
「デキスターは120mg/dlだ。焦ることなし。点滴はこれでいく。上がる血糖は下げりゃいい」
技師が心電図記録。
「北野くん。問診しろ」
僕は学生に問診を頼んだ。
「こ、こんに・・にちは!」
「だれ?この人」
技師は患者の胸に電極を1つずつつける。患者は小刻みな呼吸だ。
「はい!北野です!医学部3年生・・!」
「じっとして!」
技師が制し、心電図が記録された。ピートがバリッと破り、一瞥。
「ユウさんよ、QSにネガT(ネガティブT波)。Rはないぜ」
「いや・・・若干だがある」
12部分記録される心電図のうち、心筋梗塞らしき所見が・・・3箇所。V1-V3だ。この部位は心臓左心室の前壁で、最も重要な部分だ。この部位の血管が詰まるとなると、心臓破裂、ショックなどの合併症の確率が高くなる。
心筋梗塞らしき所見、といったがこれは発症してからの時間によって段階がある。最初は心電図の<鋭い山=R波>の部分の後ろにある<鈍い山=T波>、この鈍い山が鋭くかつ高くなる(増高T波)。数時間以上たつと、やがて鋭い山と鈍い山が連なり、融合したようになる(ST上昇)。ついで上向きの山は高さが下に低くなっていき、完全に下向きの幅広い山になる(異常Q波)。ついで鈍い山も上向きから下向きになる(ネガティブT波)。ここまでくると心臓の筋肉つまり心筋は壊死してしまった<完了形>とみなされるが、異常Q波に少しでも上向きの山が残っていれば、心筋はまだ生きているとみなされる。なので冠動脈を早く造影し、詰まった血管を拡げて死に瀕した心筋を救出しよう、という話になる。
遅れてきたザッキーが超音波を当てた。
「どうぞ」
「見てるのはお前だろ。どうなんだ?」
僕は近づいた。
「ここが・・」
「ここって何だよ。部位で説明しなよ」
「前壁がア(a-kinetic:無動)ですね」
「そっか?」
僕が代わりに当ててみた。少しずらしながら見ると・・・全く動いてないってわけではない。
「severe hypoだ。動きは非常に悪いが、動いてる。まだ瘤(りゅう)にはなってない」
「はい・・」
ザッキーは再び観察した。
「採血はトロポニンTプラス。CPK 1280で酵素は一通り上昇してる」
検査技師が伝票を置いて帰った。
遅れてレントゲンが掲げられる。心臓拡大、肺は・・・臥位ではあるが、うっ血もなさそうだ。
「ザッキー。胸水はたまってないか?」
「そんなの・・ユウキ先生が自分で見てください!」
ザッキーは不機嫌にプローブを渡した。
「怒るなよ。ザッキー・・・」
胸水はなし。血圧などバイタルは正常。血行動態は比較的安定してそうだ。
「カテ室をあけてもらおう。カテーテル検査の上、必要あらばステントだ。看護師さんは、
インターベンション時の先生を呼び出しを・・」
僕はハッと我にかえった。
「そ、その前に医長に伝えてからだ」
僕はトシキに連絡した。
『もしもし』
「あのですね。救急が来た。AMIで53歳男性、紹介で来た。糖尿病がある。そのためか
胸痛なし。オンセット(発症時間)は不明」
『カテになりそうですか』
「部位は前胸部。ほぼQSだがRがある。若干」
『けっこう時間、経ってそうですね』
「比較的血行動態は保たれてる。心臓の他の部分が代償してよく動いてる」
『うーん・・・でも・・・』
「インターベンション時コールの窪田先生、呼んでいいか?」
『けっこう時間経ってるしな・・』
「おい!早く決めろ!」
ピートの指示で、ニトロール、シグマートなどの点滴が次々とつながれる。
「よっしゃ、t-PAいこうじゃないの」
「うちはそういう順番じゃないんだ!」
僕はやめさせた。
「おいトシキ。早く!」
『何歳ですか』
「だから53歳だって言っただろ?」
『うーん・・・』
「見て決めろ!」
と言ったとたん、トシキは歩きながらやってきた。
「心電図です!」
ザッキーが記録を次々と提示。
「これがエコーのビデオ画面!」
手際よく、プレイバック画面を流す。
総婦長がやってきた。
「さ。先生方。患者さんはここに永遠においておくのですか?それとも病棟?」
「(一同)待てよ!」
「・・・・・・・・・」
総婦長は驚いてアパム状態だった。
「うーん・・・」
トシキ医長は顔を上げた。
「保存的にやろう。リスクが高すぎる」
「な・・」
僕は残念だった。今インターベンションすれば、けっこう心筋を多く救えるかもしれない。
「医長先生。まだ生きてる心筋がけっこうあるかも」
「R波はあまりないし」
「分からんよ。見てみないと」
意見が分かれ、医長は僕を隅に呼んだ。
「先輩・・・困ります」
「知ってる知ってる。お前には悪いけど」
「医長の立場として」
「ああ、分かったよ・・もう喋るな」
「検査は急性期を過ぎてから、にします。危険なので」
医長の計らいで、カテーテル検査日は入院後改めて検討する、との方針に。
主治医は医長自ら。
僕とピートは救急部屋に残った。
「ユウちゃんよ。あまり怒るなって」
「怒ってなんかないよ・・!」
「なあに、オレだって外科の奴らと今まで何回もめたことか」
「手術でか?」
「ああ。俺たちは外科手術の良否を判断するからな」
「ま、いつまで悔やんでも仕方ない!」
僕は気分新たに、部屋を出た。
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