サンダル2 ? バトンタッチ
2005年9月27日夕方5時、医局。
病棟での長い回診をゆっくり終えて、僕は机でウトウト。
机の山積みの書類を、1つずつ片付けなきゃいけない。
診断書や介護保険書だ。
パシリの田中事務員がいきなり現れ、無言でまたドサッと上に積む。
「お願いしまーす」
「ひええ・・」
ドクターの机の上は、けっこうその人柄をあらわす。仕事の出来不出来とは関係ないが、ルーズさ几帳面さがにじみ出ている。
几帳面なトシキ医長を除き、他のドクターの机の上はかなり醜いものだった。
「1枚、書くか・・!」
積み重ねた書類入りカルテを、ゆっくりと最下段から引き抜く。
「5枚?」
入院証明書が5枚・・。この人、いくつ保険に入ってるんだ?
腹痛で入院して、胃カメラでは異常がなく数ヶ月していきなり退院した。医者として診断名は記入しないといけないので、『急性胃粘膜病変』という病名で強引に記入。いいのかな・・。
ま、この人にかなりの額が入るのは確かだろう。
「お疲れ様です」
医局秘書の声で気づいた。トシキ医長が戻ってきたのだ。完全に疲れきっている。
「医長先生。スワンガンツカテーテルは入れたの?」
「不穏がありましたが、なんとか」
「IABPの補助も?」
「ええ」
「ペースメーカーは必要なさそうか?」
「ええ」
「顔色、悪いぞ。今日は夕方までだろ?」
医長は机になだれ込んだ。
「病棟の夕方の回診に行かないと・・」
「病棟患者は晩飯の時間だよ。詰所も申し送りだし」
ミチル婦長から苦情が出ていた。医長は病棟回診を夕方にも行い(それはいいのだが)、指示をどっさり夜間に出して帰る。患者の午後の訴えを拾うという点では感心すべき行為だが、申し送りが終わって忙しくなる夜勤ナースにはたまらない。
しかし医長の判断だ。ナースらは陰で僕にチクるしかない。石頭が相手なので、ミチル婦長も
僕にチクるだけ。何もすることはできない。ミチルは医局の陰で「チクル」と呼ばれていた。
どこの病院でも見かける構図だ。しかしこの構図によって、一触即発の場面がいくつも回避されている。2人以上の人間がこの世にいる限り、フラストレーションは生じるものだ。
問題は、そのウップンの行き場だ。結局は誰かにとばっちり(八つ当たりや陰口)が来て消化されていき、時間とともに消えるのを待つしかない。
「し!」
変な掛け声で医長は立ち上がり、フラフラで医局を出た。
出る直前、ホワイトボードの名前つき磁石を『病棟』へ。
定時の5時半となり、医局秘書は着替えに出た。
他のドクターたちも電池が切れたように立ち上がる。
学生が戻ってきた。
「いやあ、すごいすごい」
「お帰り!」
「スワンガンツにIABP・・・すごいのいろいろ見せてもらいました」
「バイタルは落ち着いてた?」
「それは・・さあ」
僕は荷物を持ち、立ち上がった。
「明日はまた忙しい日だからな。早めに帰る」
「え?もう帰るんですか?」
「今日はゆっくり寝るんだよ」
「でもみなさん、まだ・・」
「大学病院みたいな集団心理とは違うんだよ」
僕はタイムカードを押して、廊下へ出た。
「じゃあな!シャランラ!」
「せ、先生!昨日の宿題宿題!」
「うん。机に置いておいて」
「今日の課題は・・!」
「課題?そんなに宿題が欲しいのか?」
「はい!せっかくですので!」
「そうだな・・じゃ、急性心筋梗塞の治療、特に・・・ニュー・デバイスについて」
「にゅーでばい・・す。調べます!」
「今日も医局で寝るのか?」
「はいっ!」
「体、壊すなよ」
「先生も!」
「だるう・・・」
階段を降りて病棟を素通りしようとしたが・・。
「あ!」
若いヘルパーさんに見つかった。
「アディオス!」
そのまま帰ろうとしたが・・。早速ナースに通報されたようだ。
後ろからリーダーの老ナースが追いかけてきた。
「ユウキせんせ〜〜〜〜い!」
「なに?」
僕は階段から見上げた。
「ザッキー先生の患者さんが、ファイティングしてて・・」
「人工呼吸器がついてる患者?」
「ザッキー先生、午後全然顔出してない」
「あいつ、どこ行ってるんだ・・?」
僕は1段ずつ上がっていった。
「さあさあ先生、こちらへ」
僕は私服のまま詰所へ連れて行かれた。
「医長がいるだろ?」
「トシキ医長、今日怖かったですし。機嫌も悪い。よう分からんあのヒト」
「もう泣き終わって、機嫌いいと思うよ」
僕は無責任に流した。
重症部屋を覗くと、確かに患者が首を横に振っている。
「そうだなー・・しゃあないな」
僕は詰所内の予備の白衣に着替えた。
「ではお願いな!」
リーダーは廊下へ出た。
「あ、おい!どこへ行くんだ!」
老ナースは信じられないスピードで廊下を走り出した。向こうのエレベーターの前で、中年ナースが数人、手招きしている。日勤帯の奴らだ。
「何をそんな、急いで・・!」
間に合わなかった。彼らのうちの数人は、また深夜帯に来なきゃいけない。その間に仮眠を取ったり家事をしたりするのだから、急いで帰るのもわからんでもない。
僕は老ナースから渡されたものをしげしげと見た。管?
「?・・・尿道バルーンもなんて、聞いてねえぞ!」
エレベーターは1階ずつ余裕で降りていった。
病棟での長い回診をゆっくり終えて、僕は机でウトウト。
机の山積みの書類を、1つずつ片付けなきゃいけない。
診断書や介護保険書だ。
パシリの田中事務員がいきなり現れ、無言でまたドサッと上に積む。
「お願いしまーす」
「ひええ・・」
ドクターの机の上は、けっこうその人柄をあらわす。仕事の出来不出来とは関係ないが、ルーズさ几帳面さがにじみ出ている。
几帳面なトシキ医長を除き、他のドクターの机の上はかなり醜いものだった。
「1枚、書くか・・!」
積み重ねた書類入りカルテを、ゆっくりと最下段から引き抜く。
「5枚?」
入院証明書が5枚・・。この人、いくつ保険に入ってるんだ?
腹痛で入院して、胃カメラでは異常がなく数ヶ月していきなり退院した。医者として診断名は記入しないといけないので、『急性胃粘膜病変』という病名で強引に記入。いいのかな・・。
ま、この人にかなりの額が入るのは確かだろう。
「お疲れ様です」
医局秘書の声で気づいた。トシキ医長が戻ってきたのだ。完全に疲れきっている。
「医長先生。スワンガンツカテーテルは入れたの?」
「不穏がありましたが、なんとか」
「IABPの補助も?」
「ええ」
「ペースメーカーは必要なさそうか?」
「ええ」
「顔色、悪いぞ。今日は夕方までだろ?」
医長は机になだれ込んだ。
「病棟の夕方の回診に行かないと・・」
「病棟患者は晩飯の時間だよ。詰所も申し送りだし」
ミチル婦長から苦情が出ていた。医長は病棟回診を夕方にも行い(それはいいのだが)、指示をどっさり夜間に出して帰る。患者の午後の訴えを拾うという点では感心すべき行為だが、申し送りが終わって忙しくなる夜勤ナースにはたまらない。
しかし医長の判断だ。ナースらは陰で僕にチクるしかない。石頭が相手なので、ミチル婦長も
僕にチクるだけ。何もすることはできない。ミチルは医局の陰で「チクル」と呼ばれていた。
どこの病院でも見かける構図だ。しかしこの構図によって、一触即発の場面がいくつも回避されている。2人以上の人間がこの世にいる限り、フラストレーションは生じるものだ。
問題は、そのウップンの行き場だ。結局は誰かにとばっちり(八つ当たりや陰口)が来て消化されていき、時間とともに消えるのを待つしかない。
「し!」
変な掛け声で医長は立ち上がり、フラフラで医局を出た。
出る直前、ホワイトボードの名前つき磁石を『病棟』へ。
定時の5時半となり、医局秘書は着替えに出た。
他のドクターたちも電池が切れたように立ち上がる。
学生が戻ってきた。
「いやあ、すごいすごい」
「お帰り!」
「スワンガンツにIABP・・・すごいのいろいろ見せてもらいました」
「バイタルは落ち着いてた?」
「それは・・さあ」
僕は荷物を持ち、立ち上がった。
「明日はまた忙しい日だからな。早めに帰る」
「え?もう帰るんですか?」
「今日はゆっくり寝るんだよ」
「でもみなさん、まだ・・」
「大学病院みたいな集団心理とは違うんだよ」
僕はタイムカードを押して、廊下へ出た。
「じゃあな!シャランラ!」
「せ、先生!昨日の宿題宿題!」
「うん。机に置いておいて」
「今日の課題は・・!」
「課題?そんなに宿題が欲しいのか?」
「はい!せっかくですので!」
「そうだな・・じゃ、急性心筋梗塞の治療、特に・・・ニュー・デバイスについて」
「にゅーでばい・・す。調べます!」
「今日も医局で寝るのか?」
「はいっ!」
「体、壊すなよ」
「先生も!」
「だるう・・・」
階段を降りて病棟を素通りしようとしたが・・。
「あ!」
若いヘルパーさんに見つかった。
「アディオス!」
そのまま帰ろうとしたが・・。早速ナースに通報されたようだ。
後ろからリーダーの老ナースが追いかけてきた。
「ユウキせんせ〜〜〜〜い!」
「なに?」
僕は階段から見上げた。
「ザッキー先生の患者さんが、ファイティングしてて・・」
「人工呼吸器がついてる患者?」
「ザッキー先生、午後全然顔出してない」
「あいつ、どこ行ってるんだ・・?」
僕は1段ずつ上がっていった。
「さあさあ先生、こちらへ」
僕は私服のまま詰所へ連れて行かれた。
「医長がいるだろ?」
「トシキ医長、今日怖かったですし。機嫌も悪い。よう分からんあのヒト」
「もう泣き終わって、機嫌いいと思うよ」
僕は無責任に流した。
重症部屋を覗くと、確かに患者が首を横に振っている。
「そうだなー・・しゃあないな」
僕は詰所内の予備の白衣に着替えた。
「ではお願いな!」
リーダーは廊下へ出た。
「あ、おい!どこへ行くんだ!」
老ナースは信じられないスピードで廊下を走り出した。向こうのエレベーターの前で、中年ナースが数人、手招きしている。日勤帯の奴らだ。
「何をそんな、急いで・・!」
間に合わなかった。彼らのうちの数人は、また深夜帯に来なきゃいけない。その間に仮眠を取ったり家事をしたりするのだから、急いで帰るのもわからんでもない。
僕は老ナースから渡されたものをしげしげと見た。管?
「?・・・尿道バルーンもなんて、聞いてねえぞ!」
エレベーターは1階ずつ余裕で降りていった。
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