2000年、夏。

無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。

大学でふんぞり返る者、片手間でバイトだけする者、開業して数年で店をたたむ者・・・。

関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。

僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対するまでの平穏な日々。まさにそれはバブリーな
つかの間の黄金時代であった。

病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。



水曜日。


病院の職員駐車場にマーク?を停め、スタッと飛び降りたが、またよろめいた。

昨日は結局2時間ぐらいしか眠れなかったのだ。いったい何しにアパートに帰ったのやら・・。

朝ごはんも食べてないのは毎度だが。

これでホントに患者に指導なんかできるのか・・・?

病院のウラ玄関から入る。駐車場には外車など高級車の陳列。

入り口でサンダルに履き替え。足跡がペタンペタンと響く。
「あ〜!だる!だる!だる!」

エレベーターでなく、階段を利用。
少しずつ復活してくる脳細胞。

今日の朝は「アポロ」を聞いた。学生が歌っていた曲だ。替え歌を考えながら階段を歩く。
「♪じい〜さ〜ん、待っとくれ〜よ、わ〜しゃ、ちっとものぼれんがな〜」

途中で買うコーヒー。ピピピとなるが、やはり「ハズレ」。

いつもと同じ生活が続いていた。


医局のドアを開ける。


「おはようございます」
医局秘書がニコリと笑うが、僕の疲れは癒せない。
時計を見ると、始業開始まであと20分。

「早朝の回診、できるな。今なら」
荷物をドカッと降ろす。机の上にカルテが山積み。昨日は診断書をいくつか書いたので
カルテが減ったと思ったが、事務が早朝また持ってきたらしい。

あと内科学会の雑誌や封筒、封書。
雑誌はビニールに包まれている。僕はビリリと破った。

「ユウちゃん。いつも気になるけどそれ」
横に座っている麻酔科のピートがお茶を飲んでいる。

「はあ?いけないか?」
「なんかその破り方がなあ、なんか犯してるみたいな」
「犯す?つまらん」

睡眠不足で不機嫌な僕は机の上の白衣を羽織った。
「さて。いこか」
「おいおい、もう外来か?」
ピートは何か喋りたかったようだ。

「自主回診だよ。ときどきやってる」
「学生さんは?」
「学生・・・いないな。よし」

僕は名札を<病棟>にガチャンと壁にかけた。
廊下に出ると、やはりアイツが白衣で待っていた。

「今日もよろしくお願いいたします!」
「おはよ・・大声出すなよ」
「回診ですね?」
「ああ。どこへ行ってたの?」
「先生が早朝に回診されるということで、前もってカルテのほうを確認させていただきました!」
「だる・・・ヤな気分」

僕らは詰所に着いた。申し送り中だ。
余力があったならこの申し送りを一部聞いて、そこから仕事を始めるんだが。

僕はパラパラとカルテをめくった。重症など特に気になる患者の分だけだ。
「波多野じいさんは、ニップネーザル後も呼吸は安定・・・マスクからの漏れもない、か!よし!」
「さきほど本人さんに聞きましたら、よく眠れたと」
「おい!お前一足先に回診・・・!」
「き、気になったので」
「気にしろよ」
「?」

だる・・・。

「アルコール性肝障害で入院したばっかの巣鴨さん、入院早々の離脱症候群はなし、か!よし!」
「変わりなかったそうです」
「うるさいなあ・・」

彼は勝ち誇ったようにカルテを覗いていた。
彼の頭が僕の視野のかなりの部分を占めていた。

「あのですね。あまり近寄らんで欲しいんやけど」
「えっ?」

このリアクションが多少むかつく。
僕らは重症部屋へ向かった。

「波多野のじいちゃんは、熱ももう出てないようですね」
「ああ」
「抗生剤も中止ですね」
「今日のCRPと画像を見てからだ!あくまでも!」

波多野じいさんはテレビを横向きでみている。

「あ。先生」
じいさんは反射的にテレビを消した。
「おかげさんで、だいぶようなりましたわい」
「今日の午前中の検査で念押しして、よくなってたら徐々に動きましょうよ」
「そこのお医者さんが、もう退院してもいいと」
じいさんは学生を指差した。

「なっ・・・?」
僕はむかついて北野を見たが、彼は少し慌てていた。

「え?退院していいとは言ってません言ってません」
「あのな・・」
「退院できるんじゃないか、って僕が思ったことを言っただけで」
「もうええ・・」

どおおあああるうう・・・!

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