僕は聴診しながら少し喋った。
「じゃ、今日の朝も食べれたかい?」
じいさんは少し困った顔をした。

北野が後ろから話す。
「ユウキ先生!今日は腹部エコーの検査が入っているため朝ごはんは絶食です!」
「わ、わかったよ。もう・・」

恥ずかし・・。

向かいのベッドの堺じいがパチッと目覚めた。
「なんかおう、賑やかなあ。朝から・・」
彼は朝食後、そのまま寝ていたのだった。

「堺さんも熱はなかったようやね」
僕はついでに診察した。
「ああ。菌、移されてないやろな」
堺じいはキッと向かいの波多野じいを睨んだ。
「ああもう、はよ帰ろ帰ろ。たた・・」

堺じいは多発性骨髄腫による骨の痛みがあちこちにあった。
今後のQOLを考え、数日内の退院となっている。

カアッ、とまた痰の音が聞こえた。波多野じいだ。
学生が反射的にティッシュを取り出し向かった。

「それ、わしのやと言うてるやろ!」
ティッシュを取られた堺じいが怒る。

僕は時間との勝負だ。廊下へ出て次の部屋へと向かう。

「巣鴨さん・・」
大部屋では大柄の巣鴨さんがベッドに座っている。

「さあ!どうぞ見ておくんなせえ!さあ!」
上半身裸で準備OKだ。
「変わりなかったようですね・・」
聴診。見た目、黄疸も少しマシのようだ。

「肝臓を次に調べるのは・・今日でっか?」
「金曜日に調べます」
「ほお。それで良くなったら・・・また飲めますかの?」
「あのねー・・」

大部屋の中が笑いで沸いた。

「そういやな。先生の患者さんちがうか?」
「は?」
「隣の大部屋の有木・・・なんか夜中にお腹が痛いって」
「ええ。いろいろありまして」

カルテのナース記載では、腹痛は改善とあったが。

「あの男な。ホントは痛いんやって」
「え?そうですか」
「看護婦さんが朝からバタバタしとったから、気いつこうて言えなかったって」
「ありがとう!」
「外科へ紹介されるから手術されるって怖がってるんとちゃうかな?」

この人のよい巣鴨さんは、毎回入院中にこうして患者の状況を間接的に
そっと知らせてくれるという、妙な貢献力があった。

僕は有木さんのとこへ。
彼は一見、何もなさそうだった。

「どうです?少しは痛いのでは?」
「う、うん。だいぶまし」
「外科には一応、顔見せしましょう。手術するといきなり決めてはないです」
「そ、そうでっか」

診察。圧痛はないようだが熱感は少しある。

「じゃ、まずは診てもらうってことで」
「そうでっか。いきなり切られるかと思った〜」
「外科の立場からどうするか意見を聞くんですよ」

安心させ、廊下へ出る。北野は僕を見失っていたようで廊下をキョロキョロしては
歩いていた。

「まだあと5分あるな・・」
時間があるうちに、慢性疾患でフォロー中の患者を確認。

2人部屋。2人とも人工呼吸器。しかしもう長い。数ヶ月はたつだろうか。
1人は蘇生後脳症。もう1人は肺炎を契機に人工呼吸管理中。
肺炎の方は高齢で、呼吸器が外れる見込みはほとんどない。

聴診。患者を代わるときは、手袋も代えて聴診器も拭く。

人工呼吸器のパネルを確認。現時点での尿量。モニターの波形確認。

「北野。こちらは蘇生後脳症。脳出血で入院、その後再出血した」
「気管切開してますね」
「もう長くなる。再出血したあと蘇生を試みなんとかバイタルは戻ったが・・」

実質的には植物状態だ。感染・栄養不足と戦う毎日が続いていた。
「抗生剤が2種類・・・喀痰の培養がこれだ」
「英語ばっかりですね」
「耐性菌も出てきてる」
「抗生剤の使いすぎじゃないんですか?」
「あのな・・・だる」

緑膿菌・MRSAが検出。抗生剤感受性の項目をみると、少しずつ耐性化してきているのが分かる。

「分かってる・・でも治療は続けなきゃ」

理屈では耐性化を防ぐ話をしておきながら、現実は別だ。感染症の患者が増えてきたらそうもいかない。全体の予後改善より、患者個々人の治療が優先だ。

<EBM>という概念は、まさしく理論と現実との壁を作りすぎてしまったのだ。

廊下でピリリ・・・とPHSが鳴った。

「よし時間だ!今からオレは外来・・うわっ!」
食事を運ぶ巨大な台車が向かってきた。
スレスレの線で、回収された食器が横切っていく。

僕と学生は壁にくっついたまま固まっていた。

「はあ、だるう・・・」
そんなヒマはなかった。

「外来行くぞ!波動エンジン全開!ようそろ〜!」
「え?はどう・・?」

相手にせず、階段を2段飛ばしで駆け下りた。

♪ドゥイットドゥイット、ババンバン!
(近藤真彦「一番野郎」より)

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