ダル3 ? 午前診?
2005年10月6日34歳痩せ型男性、DCM。β遮断薬のアーチストを内服中。徐々に増量中。
「おはようございます」
ゆっくり歩いてくる患者。耳を澄ますと激しい息遣いがそれもおとなしく聞こえる。
「自宅での血圧を・・持ってきました」
血圧手帳では上が90前半、下が70後半・・・。脈圧はさすがに小さい。心拍出量がそれだけ少ないことを表す。
「1回2.5mg、1日2回投与か・・」
先週までは半分、先週から増やして1週間。
「心エコー、先週と比べましょう」
慎重な増量が必要なので、そのつどの確認が必要だ。心エコーは週1回。BNPも月数回。保険で削られるのは仕方ない。
僕は机の下からノート型エコーを取り出した。トシキ医長の私物だが、時々使わせてもらっている。
「じゃ、横になりましょう」
前回のデータなどを確認。左室拡張末期径、つまり心臓の中身が一番大きくなるときの大きさ・・は68mm。一番小さいときは62mm。血液の容器の部分である心室の壁はかなり薄い。
ふつう超音波検査は予約で行うが、こういった経時的なフォローが必要な患者の場合、同じドクターが施行したほうがいい。主治医以外が施行者だと、解釈にどうしてもズレが生じる。できれば検査医=主治医が理想的ではある。
左心室を観察。大きいため画面からはみ出す。画面調整、ゲイン調整。心臓の動き・大きさ以外に必ず確認しておくものがある。壁在血栓だ。特に左心室の尖端である心尖部。
時間的な制約があるので必要部分を中心に。
「このエコー、ドプラとか無理だな。しゃあないな」
「それはしなくてもいいんですか?」(←学生)
「・・・・とと、で・・・・・」
「え?なんですか?何がどう・・」
「・・・・だよな、そんで・・・・」
僕は独り言のようにプローブを這わせた。
「・・・か、よし」
検査は終わった。
「あの、どういう・・」(←学生)
「はい終わりました!ナース!いないか・・・」
「あの・・」
「学・・北野くん。拭いてあげて。タオルはそこ」
僕は所見を記入。患者用にも記入するのは僕のオリジナルだ。
『前回と比べて左心室の機能は落ちていません。ですが来週もう1回させてください。増量はそれを見てから・・』
「と!」
「見せてくだ・・」(←学生)
「前と変わりないが、念押しで来週もさせてもらっていい?」
患者の同意を得て、来週も再受診とした。
実はBNPが上昇傾向だったからだ。不安だけ与えるのも何なので、そこまでは説明せず。
最近患者側への情報開示が叫ばれているが、これはある意味危険なことだ。開示するってことは何らかの記号で表現して患者側に、つまり素人側に解釈をある程度任せることになる。何もかもオープンにしたら大変なことになる。ではそれぞれ1つずつ説明しろと?そんな時間など、いつ作るんだ?
「学生。ナースが忙しいようだから、この患者を呼んでくれ。中野さん。50歳女性」
「え?僕が・・?いいんですか?」
「練習だと思って!」
「何の練習ですか?」
「もうええ。どけ」
僕は廊下へ出た。
何列も続く長いす。そこに皆がギュウギュウ詰めで座っている状態だ。みな僕を目の敵のように見ている。かなり待たされているんだろう。
「ナカノさん!ナ・カ・ノ!さん!」
向こうからびっこを引いてやって来ている人がそうだ。肥満があり膝のOA(変形性関節症)がある。肥満は将来の関節泣かせだ。
「よっこらせ!よっこらせ!」
これまた重い買い物袋を持ったまま・・。ネギがはみ出している。
「ああ!一休み!」
なんと数メートル手前で座り込んだ。こっちは時間に余裕がない。
「困ったな・・・手を!」
僕は手を差し出した。
「ふう、ふう」
そこへ車椅子を持ってきた職員が・・・いや、北野。学生だ。
「どうぞ、お乗りください」
「おやまあ・・」
患者は神を見るようなまなざしだった。
「お若いのにご親切に・・」
学生はご親切に介助して車椅子に乗せた。
そのとき待合室の彼方からピートが・・走ってきた。
「ユウちゃん!至急こっちへ!」
「なに?AMIか?」
僕は反射的に走った。
角をどんどん曲がっていく。
足音が二重に聞こえると思ったら、学生までついてきた。
「おい北野、患者は?車イス!」
「あ!どうしよう!」
それでも学生は走ってきた。
「救急が好きなんで!」
「それ以前の話だな・・」
僕らはピートの後に続き、疾走を続けた。
「おいピート!救急室は・・?」
ピートは救急室を通り過ぎ、隣の小部屋に入っていった。
「誰か・・倒れてるのか?」
閉まったドアを開けると、そこには・・。
「(一同)パチパチパチパチ・・・・・」
拍手。
「はあ?なに?」
6人ほどがケーキを囲んで立っている。
「な、なんだよおい?」
顔ぶれを見ると、ほとんどが夜勤明けナースと麻酔科医。
今日はオペがなく麻酔科は非番なのだ。
「なんだよおい。<ER>みたいなことすんなよ!」
シャレになってなかった。
「この前のお返しだぜ!」
ピートは息切れしながら笑った。
そういえば、数ヶ月前同じようなことを彼にした。
忘れた頃に仕返しされるとは・・。
「ピート。外来中なんだぞ・・」
「事務長からの差し入れだ」
「聞けよ!人の話!」
「まあカッカしなさんな!」
「よけいカッカするんだよ!」
タイミング悪く、行方不明のベテランナースが現れた。
「あ!ユウキ先生。なにをさぼってるの?」
「さぼってなんかない!さぼってなんか・・」
「患者さんたちが怒りまくってますよ!」
「アンタだっていなかったじゃない・・」
「言い訳はあとあと!まずは診察診察!」
ナースは肘をクイクイっとハッスルさせた。
「やれやれ。だる。低血糖かな」
せっかく来たのでケーキを1つつまんだ。
「どいつもこいつも、人の話を聞かねえ・・・もぐもぐ」
学生は食べようとしなかった。
「お前も1つ食ってから行けよ」
「いえ、いいです・・」
「はあ?」
「間食なんかしてたら、糖尿病の患者さんに指導できないんで」
ここ、こいつ・・・。
「だる。トイレ。ここで待てよ!」
「はい」
後ろでは奴らがつまらぬ賭けをしている。大か小か・・?
そんな囁きは地獄耳ですぐキャッチできる。
「ふう・・・」
廊下で深呼吸した。
「体が温かくなる、温かくなる・・・」
自己暗示だ。いつもかける。
「温度が指先に集まる。指先に・・・」
閉じた目を見開いた。
「気を取り直して外来再開!」
学生を置き去りにし、僕は残りの外来に向かった。
「おはようございます」
ゆっくり歩いてくる患者。耳を澄ますと激しい息遣いがそれもおとなしく聞こえる。
「自宅での血圧を・・持ってきました」
血圧手帳では上が90前半、下が70後半・・・。脈圧はさすがに小さい。心拍出量がそれだけ少ないことを表す。
「1回2.5mg、1日2回投与か・・」
先週までは半分、先週から増やして1週間。
「心エコー、先週と比べましょう」
慎重な増量が必要なので、そのつどの確認が必要だ。心エコーは週1回。BNPも月数回。保険で削られるのは仕方ない。
僕は机の下からノート型エコーを取り出した。トシキ医長の私物だが、時々使わせてもらっている。
「じゃ、横になりましょう」
前回のデータなどを確認。左室拡張末期径、つまり心臓の中身が一番大きくなるときの大きさ・・は68mm。一番小さいときは62mm。血液の容器の部分である心室の壁はかなり薄い。
ふつう超音波検査は予約で行うが、こういった経時的なフォローが必要な患者の場合、同じドクターが施行したほうがいい。主治医以外が施行者だと、解釈にどうしてもズレが生じる。できれば検査医=主治医が理想的ではある。
左心室を観察。大きいため画面からはみ出す。画面調整、ゲイン調整。心臓の動き・大きさ以外に必ず確認しておくものがある。壁在血栓だ。特に左心室の尖端である心尖部。
時間的な制約があるので必要部分を中心に。
「このエコー、ドプラとか無理だな。しゃあないな」
「それはしなくてもいいんですか?」(←学生)
「・・・・とと、で・・・・・」
「え?なんですか?何がどう・・」
「・・・・だよな、そんで・・・・」
僕は独り言のようにプローブを這わせた。
「・・・か、よし」
検査は終わった。
「あの、どういう・・」(←学生)
「はい終わりました!ナース!いないか・・・」
「あの・・」
「学・・北野くん。拭いてあげて。タオルはそこ」
僕は所見を記入。患者用にも記入するのは僕のオリジナルだ。
『前回と比べて左心室の機能は落ちていません。ですが来週もう1回させてください。増量はそれを見てから・・』
「と!」
「見せてくだ・・」(←学生)
「前と変わりないが、念押しで来週もさせてもらっていい?」
患者の同意を得て、来週も再受診とした。
実はBNPが上昇傾向だったからだ。不安だけ与えるのも何なので、そこまでは説明せず。
最近患者側への情報開示が叫ばれているが、これはある意味危険なことだ。開示するってことは何らかの記号で表現して患者側に、つまり素人側に解釈をある程度任せることになる。何もかもオープンにしたら大変なことになる。ではそれぞれ1つずつ説明しろと?そんな時間など、いつ作るんだ?
「学生。ナースが忙しいようだから、この患者を呼んでくれ。中野さん。50歳女性」
「え?僕が・・?いいんですか?」
「練習だと思って!」
「何の練習ですか?」
「もうええ。どけ」
僕は廊下へ出た。
何列も続く長いす。そこに皆がギュウギュウ詰めで座っている状態だ。みな僕を目の敵のように見ている。かなり待たされているんだろう。
「ナカノさん!ナ・カ・ノ!さん!」
向こうからびっこを引いてやって来ている人がそうだ。肥満があり膝のOA(変形性関節症)がある。肥満は将来の関節泣かせだ。
「よっこらせ!よっこらせ!」
これまた重い買い物袋を持ったまま・・。ネギがはみ出している。
「ああ!一休み!」
なんと数メートル手前で座り込んだ。こっちは時間に余裕がない。
「困ったな・・・手を!」
僕は手を差し出した。
「ふう、ふう」
そこへ車椅子を持ってきた職員が・・・いや、北野。学生だ。
「どうぞ、お乗りください」
「おやまあ・・」
患者は神を見るようなまなざしだった。
「お若いのにご親切に・・」
学生はご親切に介助して車椅子に乗せた。
そのとき待合室の彼方からピートが・・走ってきた。
「ユウちゃん!至急こっちへ!」
「なに?AMIか?」
僕は反射的に走った。
角をどんどん曲がっていく。
足音が二重に聞こえると思ったら、学生までついてきた。
「おい北野、患者は?車イス!」
「あ!どうしよう!」
それでも学生は走ってきた。
「救急が好きなんで!」
「それ以前の話だな・・」
僕らはピートの後に続き、疾走を続けた。
「おいピート!救急室は・・?」
ピートは救急室を通り過ぎ、隣の小部屋に入っていった。
「誰か・・倒れてるのか?」
閉まったドアを開けると、そこには・・。
「(一同)パチパチパチパチ・・・・・」
拍手。
「はあ?なに?」
6人ほどがケーキを囲んで立っている。
「な、なんだよおい?」
顔ぶれを見ると、ほとんどが夜勤明けナースと麻酔科医。
今日はオペがなく麻酔科は非番なのだ。
「なんだよおい。<ER>みたいなことすんなよ!」
シャレになってなかった。
「この前のお返しだぜ!」
ピートは息切れしながら笑った。
そういえば、数ヶ月前同じようなことを彼にした。
忘れた頃に仕返しされるとは・・。
「ピート。外来中なんだぞ・・」
「事務長からの差し入れだ」
「聞けよ!人の話!」
「まあカッカしなさんな!」
「よけいカッカするんだよ!」
タイミング悪く、行方不明のベテランナースが現れた。
「あ!ユウキ先生。なにをさぼってるの?」
「さぼってなんかない!さぼってなんか・・」
「患者さんたちが怒りまくってますよ!」
「アンタだっていなかったじゃない・・」
「言い訳はあとあと!まずは診察診察!」
ナースは肘をクイクイっとハッスルさせた。
「やれやれ。だる。低血糖かな」
せっかく来たのでケーキを1つつまんだ。
「どいつもこいつも、人の話を聞かねえ・・・もぐもぐ」
学生は食べようとしなかった。
「お前も1つ食ってから行けよ」
「いえ、いいです・・」
「はあ?」
「間食なんかしてたら、糖尿病の患者さんに指導できないんで」
ここ、こいつ・・・。
「だる。トイレ。ここで待てよ!」
「はい」
後ろでは奴らがつまらぬ賭けをしている。大か小か・・?
そんな囁きは地獄耳ですぐキャッチできる。
「ふう・・・」
廊下で深呼吸した。
「体が温かくなる、温かくなる・・・」
自己暗示だ。いつもかける。
「温度が指先に集まる。指先に・・・」
閉じた目を見開いた。
「気を取り直して外来再開!」
学生を置き去りにし、僕は残りの外来に向かった。
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