ダル3 ? 午前診 ?
2005年10月6日「なにしよんねん」「チッ(舌打ち)」「ほんまにもう・・」「ハー(ため息)」・・・
待合室から診察室に入る間に聞こえてきた声。自分のヘルイヤー(地獄耳)を恨んだ。
「さてと・・」
「20代女性の肺炎疑いの方の検査・・できてます」
「ああ、最初に診た人ね」
ベテランナースは採血伝票を見やすいように置いてくれていた。
「さ!先生!いつもの速さで!」
「だる・・アンタさっきいなかったくせに」
「ささ!来られましたよ!」
「おう?」
20代女性が入ってきた。
「おかげさまで、よくなりました」
「早いな・・?」
「えっ?」
「いえいえ。白血球は7600でCRP 0.2か・・(たいしたことないな)」
「悪いんでしょうか?」
「いえ。炎症の度合いを確認したんですが。高いという結果はみられてません」
「じゃあ安心していいんですね?」
「安心・・・・そ、そうだな」
安心させるということがしにくい世の中だった。
『あとで何かなったら困る』というより『あとで何か言いがかりつけられたら困る』からだった。
そういや「もう大丈夫ですよ」なんてあまり言わなくなったな・・。その代わり「よかったね、と思いますよ」みたいな変な声かけするようになった。
頼りない主治医だな・・。
そういや冬になると毎年センター試験の時期が来る。試験当日の深夜テレビでは解答速報。
予備校講師たちがしのぎを削って弾き出した問題正解に、受験生達は振り回される。
中には1日目の結果だけでウンザリして2日目に試験会場に向かう気もなくなった受験生もいるはずだ。
それを配慮してか、テレビ画面に映る予備校講師は、番組の最後にこう締めくくる。
『まだ、大丈夫です』
まるで他人事のようなこの言葉。やはり嫌いだな。
98歳男性。肺気腫に狭心症に糖尿病・・・などなど。
これらを20年あまり合併しながらも、独歩で通院している。
耳は遠く会話も流暢とはいえないが、表情豊かだ。
当院の最高齢でマスコット的存在だった。
杖をつきながら登場。
「変わりはないんだなあ、これが」
「タバコは・・」
「吸っとるよお!」
「酒は」
「飲んどるよお!」
「なるほど・・・次回あたりそろそろ検査を」
「いや、もうええよ先生」
彼は余裕の笑みで答えた。
「もう先生、ここまで生きたんや。カアッ」
「ですが・・」
「もう十分してもろうた。悔いはない。カアア・・」
「・・・・・」
「痰出んな。でな、連れのバアサンにももう12年ほど会うてない。あの世で待っとる
バアサンが寂しがっとる!ゲホゲホ」
ベテランナースは涙ぐんでいた。バアサンのことも知ってるようだった。
「でもここに来るよ。わしは!ゴフゴホ」
勇敢な老兵は立ち上がった。
「くすり、出しておいてな!ゴフゴフ」
この人、強いな。僕らは足元にも及ばない。
何か、かけてあげる言葉はないか・・。
いや、その必要はないか。
「なあ先生。明日の朝、ベッドから起きて・・オホン」
「?」
「起きたら天国やったらええのにな!わはは!カアッ!」
「いやあ、そんなことない・・・」
「ペッ!お?」
「まだ大丈夫です!」
あらら、つい言ってしまった・・・。
しかし痰の色は見逃さなかった(白)。
71歳男性、狭心症でバイパス術後5年。
高齢で運動負荷はできないが、他の検査では再狭窄を示唆する
所見はなし。
「さっきのじいさんみたいに長生きしたいなあ!わっはは!」
「じゃ、服を・・」
服をバッと脱ぐと派手な入れ墨が現れた。
いつの間にか来ていた学生が横で飛び上がった。
「胸は痛くない・・?」
聴診しながら聞く。
「チクチクっとはするがな。手術してから・・」
「術後の癒着によるものでしょうね・・肋骨の」
「ああ。くしゃみのときは響くなあ」
噂では暴力団とか聞くが・・・。少なくとも従順に受診してくれる人だ。
「次回、検査を。超音波」
「ああ。でも先生。あのトシキいう奴は好かんから、やめといてよ」
「え?なぜ?」
「アイツは人を見下ろしてものを言う」
超音波検査ではどうしても患者より目線が上だよ。
でもこの人はけっこう・・見る目があるのかもしれん。
ベテランナースがいったん出て戻ってきた。
「杉本さん。高血圧の方でベッド横になった女性」
「ああ。いくらだった?再検した血圧は?」
「それが、ずっと寝てまして」
「おいおい・・・起こしたら?」
「学生さんが起こそうとしてましたが」
僕はただならぬ気配を感じてベッドへ向かった。
北野が患者を覗き込んでいる。
「北野。生まれた赤ちゃん見ている親みたいだぞ」
「あ、持ち場を離れてすみません」
「外すときは、言えよ」
「はい。さっきのイレズミ、びっくりしちゃって・・」
だる。
「覗いたって、おもちゃはくれへんぞ!」
「呼吸してないときがあって」
「ウソお?」
じっと観察した。たしかに・・・数秒いやそれ以上・・・
呼吸が止まってる。
「酸素飽和度は・・と。94%。不気味だな。杉本さん!」
僕は彼女の肩を叩いた。
「すぎもとさん!すぎも!」
「は?」
彼女はようやく目覚めた。
僕は脈をとっていたが別に不整もなく遅くもない。
「血圧測定するよ・・・・158/80mmHgか。ま、帰れそうかな」
「あ、ちょっと楽な気が・・」
さあ。薬が効いたのか、安静で下がったのか。
「杉本さん。今度、この検査を受けてもらえないかな」
検査のパンフレットを渡した。
僕は学生と一緒に診察室へ戻った。
「ユウキ先生。なんの検査で・・」
「サスの検査だよ。サス」
「さす?」
「蝶のように舞い、蜂のようにサス!」
「え?意味が分からない!」
学生は混乱していた。
「火曜サスペンス劇場!チャチャチャ、チャチャチャ、チャラ〜」
「サスって何ですか?」
「宿題!次!」
ベテランナースが次の患者を呼んでいく。
腹がグルルと鳴ってきた。朝の11時。
待合室から診察室に入る間に聞こえてきた声。自分のヘルイヤー(地獄耳)を恨んだ。
「さてと・・」
「20代女性の肺炎疑いの方の検査・・できてます」
「ああ、最初に診た人ね」
ベテランナースは採血伝票を見やすいように置いてくれていた。
「さ!先生!いつもの速さで!」
「だる・・アンタさっきいなかったくせに」
「ささ!来られましたよ!」
「おう?」
20代女性が入ってきた。
「おかげさまで、よくなりました」
「早いな・・?」
「えっ?」
「いえいえ。白血球は7600でCRP 0.2か・・(たいしたことないな)」
「悪いんでしょうか?」
「いえ。炎症の度合いを確認したんですが。高いという結果はみられてません」
「じゃあ安心していいんですね?」
「安心・・・・そ、そうだな」
安心させるということがしにくい世の中だった。
『あとで何かなったら困る』というより『あとで何か言いがかりつけられたら困る』からだった。
そういや「もう大丈夫ですよ」なんてあまり言わなくなったな・・。その代わり「よかったね、と思いますよ」みたいな変な声かけするようになった。
頼りない主治医だな・・。
そういや冬になると毎年センター試験の時期が来る。試験当日の深夜テレビでは解答速報。
予備校講師たちがしのぎを削って弾き出した問題正解に、受験生達は振り回される。
中には1日目の結果だけでウンザリして2日目に試験会場に向かう気もなくなった受験生もいるはずだ。
それを配慮してか、テレビ画面に映る予備校講師は、番組の最後にこう締めくくる。
『まだ、大丈夫です』
まるで他人事のようなこの言葉。やはり嫌いだな。
98歳男性。肺気腫に狭心症に糖尿病・・・などなど。
これらを20年あまり合併しながらも、独歩で通院している。
耳は遠く会話も流暢とはいえないが、表情豊かだ。
当院の最高齢でマスコット的存在だった。
杖をつきながら登場。
「変わりはないんだなあ、これが」
「タバコは・・」
「吸っとるよお!」
「酒は」
「飲んどるよお!」
「なるほど・・・次回あたりそろそろ検査を」
「いや、もうええよ先生」
彼は余裕の笑みで答えた。
「もう先生、ここまで生きたんや。カアッ」
「ですが・・」
「もう十分してもろうた。悔いはない。カアア・・」
「・・・・・」
「痰出んな。でな、連れのバアサンにももう12年ほど会うてない。あの世で待っとる
バアサンが寂しがっとる!ゲホゲホ」
ベテランナースは涙ぐんでいた。バアサンのことも知ってるようだった。
「でもここに来るよ。わしは!ゴフゴホ」
勇敢な老兵は立ち上がった。
「くすり、出しておいてな!ゴフゴフ」
この人、強いな。僕らは足元にも及ばない。
何か、かけてあげる言葉はないか・・。
いや、その必要はないか。
「なあ先生。明日の朝、ベッドから起きて・・オホン」
「?」
「起きたら天国やったらええのにな!わはは!カアッ!」
「いやあ、そんなことない・・・」
「ペッ!お?」
「まだ大丈夫です!」
あらら、つい言ってしまった・・・。
しかし痰の色は見逃さなかった(白)。
71歳男性、狭心症でバイパス術後5年。
高齢で運動負荷はできないが、他の検査では再狭窄を示唆する
所見はなし。
「さっきのじいさんみたいに長生きしたいなあ!わっはは!」
「じゃ、服を・・」
服をバッと脱ぐと派手な入れ墨が現れた。
いつの間にか来ていた学生が横で飛び上がった。
「胸は痛くない・・?」
聴診しながら聞く。
「チクチクっとはするがな。手術してから・・」
「術後の癒着によるものでしょうね・・肋骨の」
「ああ。くしゃみのときは響くなあ」
噂では暴力団とか聞くが・・・。少なくとも従順に受診してくれる人だ。
「次回、検査を。超音波」
「ああ。でも先生。あのトシキいう奴は好かんから、やめといてよ」
「え?なぜ?」
「アイツは人を見下ろしてものを言う」
超音波検査ではどうしても患者より目線が上だよ。
でもこの人はけっこう・・見る目があるのかもしれん。
ベテランナースがいったん出て戻ってきた。
「杉本さん。高血圧の方でベッド横になった女性」
「ああ。いくらだった?再検した血圧は?」
「それが、ずっと寝てまして」
「おいおい・・・起こしたら?」
「学生さんが起こそうとしてましたが」
僕はただならぬ気配を感じてベッドへ向かった。
北野が患者を覗き込んでいる。
「北野。生まれた赤ちゃん見ている親みたいだぞ」
「あ、持ち場を離れてすみません」
「外すときは、言えよ」
「はい。さっきのイレズミ、びっくりしちゃって・・」
だる。
「覗いたって、おもちゃはくれへんぞ!」
「呼吸してないときがあって」
「ウソお?」
じっと観察した。たしかに・・・数秒いやそれ以上・・・
呼吸が止まってる。
「酸素飽和度は・・と。94%。不気味だな。杉本さん!」
僕は彼女の肩を叩いた。
「すぎもとさん!すぎも!」
「は?」
彼女はようやく目覚めた。
僕は脈をとっていたが別に不整もなく遅くもない。
「血圧測定するよ・・・・158/80mmHgか。ま、帰れそうかな」
「あ、ちょっと楽な気が・・」
さあ。薬が効いたのか、安静で下がったのか。
「杉本さん。今度、この検査を受けてもらえないかな」
検査のパンフレットを渡した。
僕は学生と一緒に診察室へ戻った。
「ユウキ先生。なんの検査で・・」
「サスの検査だよ。サス」
「さす?」
「蝶のように舞い、蜂のようにサス!」
「え?意味が分からない!」
学生は混乱していた。
「火曜サスペンス劇場!チャチャチャ、チャチャチャ、チャラ〜」
「サスって何ですか?」
「宿題!次!」
ベテランナースが次の患者を呼んでいく。
腹がグルルと鳴ってきた。朝の11時。
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