大学の総回診とは違い、民間の回診は小規模なものだ。医者のヘッドと婦長が最前列であるのは同じだが、後ろのオマケは数人。僕は医長のカカトをときどき踏みながら、重症部屋へと目指した。

 午後は心臓カテーテル検査、また救急呼び出しの可能性もあるため、回診は重症者より行う。まずは重症部屋の4人部屋だ。だがこの4人枠は6人枠として使用されていた。病院経営のためにどこでもやることだが・・・

ベッドとベッドとの隙間が狭くなるのが難だ。

シローがカルテを開く。
「70歳男性で頸部膿瘍。ザッキーと僕が診てます」
ただカルテの主治医はザッキーだ。

「あ、あと僕が」
ザッキーが代わる。
「入院して7日目。抗生剤はペントシリンとアミカシンの併用してましたが、3日後の判定でCRPが20→25と変わらないので、
外科ドクターとともに切開。切開は自分がやりました」

 みな患者の左頸部をのぞきこんだ。小さなドレーンが数本入っている。ガーゼにはドレーンから出てきた膿で汚れている。

「その後は?」
トシキ医長はカルテを1枚ずつめくった。
「記入がないな・・・」

そうなんだ。僕は昨日のことを思い出した。これでは何が何なのか、よく分からない。当直医などが見たらサッパリだ。

「その後はCRP 17mg/dl、本日は・・・まだ結果見てないや」
ザッキーは舌を出した。
「もう結果出てるだろ?」トシキ医長も少し困っている。

「18です。熱も下がってきてるので治療を継続します。抗生剤はダラシンにカルバペネムです」
シローがカバーした。シローはザッキーのオーベンではないが、ザッキーが主治医の患者にはほぼ一通りペア主治医として名前が加わっていた。
「ザッキー。ダメだろ!」
シローも少し不機嫌に促した。ザッキーは小さく礼するだけだ。

「で・・原因は?肝心の?」
医長はザッキーを睨んだ。
「1週間前にも言ったはずだけどな」

ザッキーは天井を見上げた。
「そこには何も書いてないぞ」
医長はジリジリと追い詰めた。
「耳鼻科への相談は・・?」

シローが小刻みに自分の頭をポカポカ叩いた。
「耳鼻科には・・」
「声はかけてるんですが」ザッキーがはさんだが、シローは続ける。
「すみません。受診の指示を出してたんですが、詰所側が・・」

ミチル婦長が肩を落とした。

「詰所側が、耳鼻科に紹介状を出すのを忘れて・・」
「ミチル婦長。何やってんだ?」トシキは呆れていた。
「すみません。あたしも今日になって気づいて・・」
「僕に謝るな。患者に謝れ!」

トシキ医長は、もとオーベンにそっくりだな・・・。
コベンはホント、オーベンに似るってのはマジだな。

89歳の肺炎+糖尿病+尿路感染+関節炎+・・・。

「家族はもう、これ以上の処置は希望してない」
医長自らの患者だ。
「肺炎は両側下葉。まだDICライクではないが、今後進むと思われる」
「抗生剤は?」
ザッキーが聞いてくる。
「そこに書いてるだろ」
トシキは流し、データをみんなに見せた。

「血糖が下がらない。利用障害だ」
医長は親切に学生向けに話した。
「インスリンは持続静注してる。先日この単独ルートから利尿剤が誤って静注・・」
ミチル婦長がまた顔を赤らめた。
「すみません。それも注意しておきました」
「誰だい?」
僕は気になって聞いた。

「それは・・」
答えたくないようだった。仲間をかばう気持ちはわかる。僕もそれ以上は聞かず。

「カルバペネムでも効果ない。バンコマイシンの併用から2日。評価はあす」
医長は説明を続けた。

「な、何もしないっていうのは・・」
北野が手を挙げた。
「何もしないってのは、治療を・・?」
「人工呼吸などの・・そうだな。負担がかからない治療をしないって意味かな」
医長は少しとまどった。

北野は納得していない。
「抗生剤とかの治療は、え?負担がかからない・・・?」
「そ、そりゃかからないとはいえないが。物理的な負担というか」
「注射だったら何でもいいという意味・・・?え?」
「シロー。あとで説明しとけ」

医長は説明から逃げ、次の患者に回った。

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