ダル3 ? 総回診 ?
2005年10月12日2人部屋。2人とも人工呼吸器。長期管理だ。
1人は2度の脳出血による蘇生後脳症。もう1人は肺炎を契機に人工呼吸管理中。
2人とも自発呼吸がほとんどなく、常に呼吸器のサポートが必要だ。
医長がまず蘇生後脳症の方を聴診。気管切開している。
人工呼吸器のパネルを確認する。僕はその間に説明。
「抗生剤が2種類・・・今月の喀痰培養でも緑膿菌・MRSAが検出。耐性化が少しずつ進んでいる」
伝票をみんなに見せる。シローはレントゲンを天井にかざした。
「透過性が低下してますね。全体的に若干」
シローは僕の頻出用語を用いて話す。真似たのか、似ているのか。
「とうかせいがていか・・?」
北野はレントゲンを見ているがよく分からない。
「白っぽいってことだ」
「ふつうは黒くみえる?」
「真ん中の心臓は白で、両側の肺は黒!にみえる」
「肺はふつう黒で、悪くなると白?え?ん?あ?」
「水や肺炎のせいでレントゲンの光線が通りにくくなるんだ。透過性が低い、と表現する」
「水か、肺炎・・」
他にもいろいろあるが、主には胸水と肺炎だ。
「先輩。画像検査は?」
トシキは不服そうだった。
「なんせ人工呼吸器がついてるからな。病室からは出してない」
「検査に降ろせないことはないでしょう」
「うん。まあな・・どうしても必要ならするが」
「するとここ4ヶ月、レントゲンだけの評価ですか・・」
「CTまで必要か?」
「白っぽいレントゲンじゃあ、どれが肺炎か胸水か分かりませんからね」
「まあな。採血のCRPで評価してんだけど。胸水は超音波で見てるよ」
「病院にとってのコスト面の問題もあるんで。撮ってください」
ミチル婦長が伝票を出し、医長が記入した。婦長はあまり乗り気でない。ただでさえ大変な仕事が増えるからだ。患者のためなら、という思いやりがあってもそれとはまた別の・・彼らなりの独立した事象なのだ。
医長は人工呼吸器がついてる患者でも毎月CTの指示を出していた。だが運ぶ職員が大変だ。どうしても必要なら仕方ないが・・。
「するとしたら、冬の時代が来る前に、ですね」
シローはカルテを読みながらつぶやいた。
僕らは11もしくは12月より本格的にやってくる忙しい時期を、<冬の時代>と呼んでいた。
そこから2月くらいにかけては、どこの病院も重症患者であふれる。気候の影響が大きいことは言うまでもない。特に脳卒中、心筋梗塞が多発する。病棟患者は悪化することが多くなり、この時期を乗り越えられるかどうかで春以降の予後まで決まる・・と言ったら言い過ぎだろうか。
もう1人の患者も人工呼吸器がついてる。しかし気管切開していない。呼吸管理が長期になるなら気管切開するのが基本だが、家族の希望でできなかった。挿管チューブを2週間ごとに交換している。栄養はIVH管理。
「先輩。ここの患者の家族は・・」
「先週と同じ。来てない。遠方だからな」
「こっちの方針に従ってもらいましょうよ」
「うーん。それがな・・・」
気管切開だけでなく、お金がかかる処置・手技に関しては逐一連絡を入れる必要があった。そういった問題で以前に事務ともめたことがあるからだ。
「先輩。強く言わないと!」
医長は聴診を終えて、重症板を確認。
「病院の立場としても・・・」
「わかったわかったよ。そればっかだなお前は!」
ムッとした表情を見てみぬふりをして、みな廊下へ。
「人工呼吸器ついてて、お金お金なんて・・」
北野は落ち込んだ表情だ。
「肺炎で入院して、即日悪化で人工呼吸器の管理を開始。家族がここに来る前の出来事だったんだ」
「来たときから悪かったんですね」
「ああ。インフォームドコンセントどころじゃない」
そういうケースは多い。
「肺炎はかなり治ったんですよね」
「レントゲンはクリアーだよ。でも呼吸器に完全に依存している状態にある」
ウイニング(離脱)は何度も試みたが失敗。喀痰の貯留が邪魔をする。長期管理が続いて緑膿菌などが定着してしまったのだ。クラリスの内服は入ってはいるものの・・・。これで気管切開してたら離脱もしやすいかもしれないが、家族の同意がない。田舎の人間で『首に穴を開けるなどもってのほか』というのが長老の理由らしい。
それにしても、高齢者でいったんついた呼吸器は外れにくい。
その点、波多野じいはニップネーザルでなんとか助けられた。寸前のところで救うことの重要性を思い知らされる。
廊下の外側、大きな窓に映るのは病院正面の大通り。みんな廊下で足を止めた。
正面に巨大な建築物がある。以前ここに建っていた巨大なレンタルビデオ屋・ネットカフェは、景気のあおりで潰れた。
「あそこ、スーパーになるらしいですね。事務長が言ってました」
シローが指差した。建物はいくつもの布で覆われている。
「スーパーが完成したら、客がずっと押し寄せて、病院の患者も増えるらしいですよ」
「そういう効果があるのか?アンダーソン君」
「経済効果ですよ。少し暇になったこの病院にも、春が来るって言ってました」
「これ以上忙しくなるのかよ?だるう。でもシロー、待て待て。春の前に・・」
「え?」
冬の時代がやって来る・・・!
それはまだ数ヶ月先のことだった。
1人は2度の脳出血による蘇生後脳症。もう1人は肺炎を契機に人工呼吸管理中。
2人とも自発呼吸がほとんどなく、常に呼吸器のサポートが必要だ。
医長がまず蘇生後脳症の方を聴診。気管切開している。
人工呼吸器のパネルを確認する。僕はその間に説明。
「抗生剤が2種類・・・今月の喀痰培養でも緑膿菌・MRSAが検出。耐性化が少しずつ進んでいる」
伝票をみんなに見せる。シローはレントゲンを天井にかざした。
「透過性が低下してますね。全体的に若干」
シローは僕の頻出用語を用いて話す。真似たのか、似ているのか。
「とうかせいがていか・・?」
北野はレントゲンを見ているがよく分からない。
「白っぽいってことだ」
「ふつうは黒くみえる?」
「真ん中の心臓は白で、両側の肺は黒!にみえる」
「肺はふつう黒で、悪くなると白?え?ん?あ?」
「水や肺炎のせいでレントゲンの光線が通りにくくなるんだ。透過性が低い、と表現する」
「水か、肺炎・・」
他にもいろいろあるが、主には胸水と肺炎だ。
「先輩。画像検査は?」
トシキは不服そうだった。
「なんせ人工呼吸器がついてるからな。病室からは出してない」
「検査に降ろせないことはないでしょう」
「うん。まあな・・どうしても必要ならするが」
「するとここ4ヶ月、レントゲンだけの評価ですか・・」
「CTまで必要か?」
「白っぽいレントゲンじゃあ、どれが肺炎か胸水か分かりませんからね」
「まあな。採血のCRPで評価してんだけど。胸水は超音波で見てるよ」
「病院にとってのコスト面の問題もあるんで。撮ってください」
ミチル婦長が伝票を出し、医長が記入した。婦長はあまり乗り気でない。ただでさえ大変な仕事が増えるからだ。患者のためなら、という思いやりがあってもそれとはまた別の・・彼らなりの独立した事象なのだ。
医長は人工呼吸器がついてる患者でも毎月CTの指示を出していた。だが運ぶ職員が大変だ。どうしても必要なら仕方ないが・・。
「するとしたら、冬の時代が来る前に、ですね」
シローはカルテを読みながらつぶやいた。
僕らは11もしくは12月より本格的にやってくる忙しい時期を、<冬の時代>と呼んでいた。
そこから2月くらいにかけては、どこの病院も重症患者であふれる。気候の影響が大きいことは言うまでもない。特に脳卒中、心筋梗塞が多発する。病棟患者は悪化することが多くなり、この時期を乗り越えられるかどうかで春以降の予後まで決まる・・と言ったら言い過ぎだろうか。
もう1人の患者も人工呼吸器がついてる。しかし気管切開していない。呼吸管理が長期になるなら気管切開するのが基本だが、家族の希望でできなかった。挿管チューブを2週間ごとに交換している。栄養はIVH管理。
「先輩。ここの患者の家族は・・」
「先週と同じ。来てない。遠方だからな」
「こっちの方針に従ってもらいましょうよ」
「うーん。それがな・・・」
気管切開だけでなく、お金がかかる処置・手技に関しては逐一連絡を入れる必要があった。そういった問題で以前に事務ともめたことがあるからだ。
「先輩。強く言わないと!」
医長は聴診を終えて、重症板を確認。
「病院の立場としても・・・」
「わかったわかったよ。そればっかだなお前は!」
ムッとした表情を見てみぬふりをして、みな廊下へ。
「人工呼吸器ついてて、お金お金なんて・・」
北野は落ち込んだ表情だ。
「肺炎で入院して、即日悪化で人工呼吸器の管理を開始。家族がここに来る前の出来事だったんだ」
「来たときから悪かったんですね」
「ああ。インフォームドコンセントどころじゃない」
そういうケースは多い。
「肺炎はかなり治ったんですよね」
「レントゲンはクリアーだよ。でも呼吸器に完全に依存している状態にある」
ウイニング(離脱)は何度も試みたが失敗。喀痰の貯留が邪魔をする。長期管理が続いて緑膿菌などが定着してしまったのだ。クラリスの内服は入ってはいるものの・・・。これで気管切開してたら離脱もしやすいかもしれないが、家族の同意がない。田舎の人間で『首に穴を開けるなどもってのほか』というのが長老の理由らしい。
それにしても、高齢者でいったんついた呼吸器は外れにくい。
その点、波多野じいはニップネーザルでなんとか助けられた。寸前のところで救うことの重要性を思い知らされる。
廊下の外側、大きな窓に映るのは病院正面の大通り。みんな廊下で足を止めた。
正面に巨大な建築物がある。以前ここに建っていた巨大なレンタルビデオ屋・ネットカフェは、景気のあおりで潰れた。
「あそこ、スーパーになるらしいですね。事務長が言ってました」
シローが指差した。建物はいくつもの布で覆われている。
「スーパーが完成したら、客がずっと押し寄せて、病院の患者も増えるらしいですよ」
「そういう効果があるのか?アンダーソン君」
「経済効果ですよ。少し暇になったこの病院にも、春が来るって言ってました」
「これ以上忙しくなるのかよ?だるう。でもシロー、待て待て。春の前に・・」
「え?」
冬の時代がやって来る・・・!
それはまだ数ヶ月先のことだった。
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