次の部屋。男性の大部屋。6人枠に8人。

 84歳、陳旧性肺結核(術後)+慢性気管支炎+高血圧+前立腺肥大。肺炎で入院して点滴中。セフェム4世代が効いて、CRP 7.2→4.5mg/dlへ。

「陰影は、もとが複雑な肺だからいまひとつ・・」
主治医のシローが説明。

 肺結核の術後で、以後も肺炎を繰り返してそうな肺だ。石灰化のような明瞭な白い陰影と、線で落書きしたような複雑な陰影が混じっている。以前のと今回のを比較しても違いがあまり分からない。

 今回は呼吸状態の悪化と炎症所見の増悪ということで、肺炎が真っ先に考えられ治療が始まった。とりあえず効いているようだ。あまりダラダラ治療していると耐性菌が発生したりMRSAが出たり、他から菌をもらったりする。なので短期で治したいところだ。

「血糖が320mg/dl?」
医長はカルテを入念に確認している。
「これはきちんと下げているのか?シロー」
「ええ。糖尿病はもともとありませんが・・・インスリンでそのつど」
「炎症による、耐糖能障害か・・・でも、炎症所見が下がってきてるわりに血糖の程度は同じだぞ」
「そ、そうですね・・」

入院時も現在も300-400mg/dl台が続いている。

「婦長。外来カルテ貸せ」
医長はフムフムと確認。
「年に2回くらいしか測定してない・・・!」
「安定していたので・・」
「それはシローの思い込み、というやつだ。単に」

北野もしげしげとカルテを読んだ。
「ユウキ先生。たいとうのう・・?」
「耐糖能異常のこと?炎症とかまあ、いろんな原因で糖の処理がしにくくなって・・・結果的に血糖が上がること・・
だよな」
「処理?インスリンが出ない?」
「いやいや、インスリンは出るんだけど、それによる処理がスムーズにいかない」
「ジャマを?」
「するんだろうな。たぶん」
「なんか・・・めんどくさい日本語ですね。たい、とう、のう・・・と!」

医長はカルテに記入した。
「膵臓を調べとけ。PKを除外」

 先日、整形に定期的に来ていた患者が、背部痛を訴えた。
腰部の胃椎間板ヘルニアがあるが、いつもの痛みと違うという。するとあの頑固な医者が、「年のせい」と言っていつものブロックを施行。しかし痛みが変わらず、ベテランナースが医長にカルテを回した。

 そこで腹部の造影CTを撮ると・・・膵管の拡大がみられた。僕らは話し合い、MRCPを施行。膵管の途絶がみられ、膵臓癌と診断。手術となった。

 こういう経験が最近あったこともあり、医長や僕らは敏感だった。常にアンテナは張り巡らせておくべきだが、あるシビアな症例をみたとき、そういやあの人はどうかな、今度調べてみようかなと思うときが多々ある。

 66歳。弁膜症なしの心房細動つまりNVAF。TIA(一過性脳虚血発作)で入院。幸い麻痺は一時的だった。通常の心臓超音波では血栓像は見当たらない。僕が担当。

「食道エコーする前に、胃透視を行った。そしたら・・」
僕はみんなにこっそり無言で写真を回した。
「・・・なので、ワーファリンは今はいってない。近いうち改めて、GF(胃カメラ)で生検を」

写真は、有茎の悪性腫瘍だった。表面がわずかに出血。これが認められた時点で、抗血栓剤の点滴はやむを得ず中止となった。

「マーカーとかは出してますね?」
「ああ。ちなみにヘビースモーカーだ」
「メタの検索は?」
「してるところ」
「早くしてくださいよ!」

医長はカルテを婦長に押し付け、またおしぼりで拭き拭きした。

大部屋では大柄の巣鴨さんがベッドに座っている。

「さあ!どうぞ見ておくんなせえ!さあ!」

アルコール性肝障害。上半身裸で準備OKだ。

「黄疸もマシのようだ。あさって金曜日に採血して比較する」
僕はデータをみんなに回した。

「なあ医長先生!良くなったら・・・また飲めますかいな?うわっはは!」

部屋中が沸いた。

「自分で自分の首を絞めるつもりですか・・」
医長は容赦なかった。
「今度こそ、危ないですよ」
「もうええがなええがな!今まで好き勝手やってるんやさかい!」
「主治医の先生も怒ってますよ!」
医長は僕を少し睨んだ。

「トシ・・医長。怒ってるっておい、ウソ言うなよ・・」
「主治医が甘やかすから・・はいはい、次!」

 医長は、酒によるアルコール障害、不摂生による高血糖、高脂血症は「自業自得」だと考え、容赦なかった。だが、相手は人間だ。付き合いや弱さ、ストレスもある。ただし主治医の甘やかしで患者の予後を台なしにしては病院で診ることの意味がない。僕らはその間でも悩んだ。

64歳男性。帯状ヘルペスで点滴中。その後はカテーテル検査が控える。
「うわっははは!」
「何がおかしいんですか?」
辺りが静まった。患者はただ巣鴨さんの言い方がおかしくて笑っていただけだった。

主治医の医長は写真を取り出した。
「ヘルペスがあるが、稼働率のこともあるので一足先に心筋シンチを施行した」

みな目を丸くした。

「心尖部の血流が低下しているように思う」
「そこは、もともとそう見えることあるよな」
僕はつい突っ込んだ。医長の頭がピクと動いた。

「き、危険因子は持ってる。タバコも吸うし、血圧も・・ですよね。日下部さん」
「ついでに<女>もやりまーっす!わっははは!」

婦長が眉をしかめた。巣鴨さんらも大声で笑いたてた。

シローが胸部CTを見ている。
「肺になにか?」
「ヘルペスがあれば、背景の悪性腫瘍のスクリーニングが鉄則だ」

濃い検査計画だ。几帳面だな・・。

「肺は異常ないですね・・」
シローが写真を戻した。
「ヘルペスは軽快傾向。以上だ!」
医長は次のベッドへ。

不在。

「外出して、回診までには帰るって・・」
婦長はオドオドしている。

「きちんと言っといてくださいよ。婦長さん!」
医長は首をコキコキさせた。
「週間サマリー、みんな書いてないですね」

「おいおい・・・」
僕らはそういうのをイチイチ書く暇はなかった。
「医長先生。大学じゃあるまいし」
「ナース側からの要望ですよ」
「お前の意見だろ?」

僕は知っていた。

医長は標的を変えた。
「特にザッキー。お前のためなんだ」
「ええっ?」
ザッキーは不快な顔をした。
「どういう意味ですか?」
「お前のためにやろうとしてるんだ!」
「僕のため?どうしてですか?」

僕らはなだれ込むように廊下へ出た。

「トシキ。ここで言うな」
僕が言っても彼は応じない。

「ユウキ先生の代わりに言わせてもらうがな」(←どあるう!)
医長は我慢できない表情だった。
「君のカルテでは、一体何をしてるのか分からん。
シローもそうだろう?」

シローはギクッとした。
「わ、分からないわけでは・・」
「ほら、オーベンもこうして困ってる。ちゃんとしろ!」

ザッキーはかなりふくれていた。
「う〜・・・・」

 今にもワンワン!とつかみかかってきそうな表情だ。
だが彼は・・・抑えたようだ。賢明だ。でも顔が赤い。

でもザッキー。これも思いやりだと思ってくれ。

若い頃の苦労は・・・「水の泡」って誰かが言ってたな。
けしからん!そんな奴は前へ出ろ!

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