大部屋女性。6人枠、6人。

 45歳女性。原発性アルドステロン症で主治医は僕。

 先日、副腎静脈とその周辺の静脈血のサンプリングを行った。そけい部から入れたカテーテルで腹部の血管をあちこち行き来し、各血管中の採血を行ってホルモン値を調べる、というものだ。これはどちらかというと大学向けの検査だ。

 RI(核医学)検査・・・注射して写真撮影・・・で終わり・・・で確定しようと僕は言いはったが、症例報告のためと医長から何度もせがまれて大変だった。

 だがサンプリングの結果はあいまいで、結局RI検査で確定診断となった。お前こそ患者に謝れ、医長。

「外科紹介で、転科する。以上」

 次、高血圧性心臓病66歳。心不全となりスワンガンツカテーテル留置下で治療。利尿剤中心で軽快。拡張障害の治療の基本だ。

 最近大部屋に移ったばかり。

「おかげさまで・・」
医長は微笑んで聴診に移る。

「パルスドプラの拡張パターンは正常化してきてる」
「今までの血圧のコントロールが問題だったのか?」
僕は問うた。

「が、外来での血圧は抜かりなく・・」

シローが外来カルテをパラパラめくった。僕も覗く。
「190/100mmHg、198/112mmHg・・・・うへえ」
「内服は増やしてるようだけどな」
僕もパラパラとめくった。
「コンプライアンスは悪くなかったのかな・・」

つまり患者は内服をきちんと守ってなかったのかな、という意味。

「そんなことはない。間違いない。と思う」
「2次性のものは・・血圧をしつこく上げるもの」
「ない。はずだ」

「血圧による影響としては、心臓のほかには・・」
シローが鋭く聞いた。
「腎機能とか」
「そこも抜かりないよ。ほら」
医長はデータを回した。
「眼底検査の変化は軽度だし」

「頭部は・・」
シローは頭部CTを取り出した。
「頭部CTではラクナ梗塞だけだ。シロー」
「MRAは?」

MRIによる脳血管撮影だ。

「そういや、してなかったな・・」
医長はフィルム袋をごそごそしていた。

「頸動脈エコーもしないと。なあ、シロー。エビデンスが大事だ。エビデンス!」
僕はシローの肩を叩いた。
「ABI・・・点数は低いですがね」
シローは無邪気に面白がった。しかしちょっと言いすぎだ。

医長の眉間にシワが寄った。

「MRAって、血管を見るんですね?」
北野が聞いてきた。
「細さまでは分からないけど、左右差をみたり・・・しかも高血圧の患者は特にアレが大事だ。アレ!」
「?」
「動脈瘤が重要で」
「どうみゃくりゅう?」

ハッと北野は押し黙ったが、患者は驚いていた。
「ああ・・・ありまんの?」
「いえ。あると言ったわけでは」
医長は取り乱した。

ザッキーは腹部CTをかざしていた。
「たしかに副腎の腫大とかはなさそうですが・・」
「なんだ?」
医長は小走りに近づいた。
「ここ・・・」
ザッキーは指摘して、次の患者に向かった。

僕らは集まって写真を凝視した。

「ザッキー。よく見たな」
僕は感心した。

 上腹部CTで、一番下部の写真をみると・・・。
腹部大動脈の、動脈壁の石灰化が。そして・・・
壁在血栓だ。血管の内側にへばりつく。ここから下(足側)の部分を骨盤部CTで追跡確認する必要がある。

 骨盤部CTも重要だな。なにも膀胱・子宮・前立腺だけではない。

「あとはするから。貸せ!」
医長は写真を奪い、しまった。両目の結膜が真っ赤だ。

また泣きかけなのか?というかこれは睡眠不足だろう。

 この男は働きすぎていた。周囲のみんなは心配しているが、
医長からすると「大学時代はこんなものではなかった」という
話ばかり。

 だがどうしても、睡眠不足は注意散漫になる。反応速度も
鈍くなり、衝動的になりやすい。特に感情的な面でだ。これらが
診断や処置のほうに影響してないか、客観的に自分をみつめる
習慣が大事なのだ。

 とは言うものの・・・誰も代わりはしてくれない。なので先輩達はこう言い続けてきた。<寝れるときに、寝ておけ>と・・。

 シローのPHSが鳴った。
「もしもし?ピート先生?はい。ええ・・・」
 医長は回診を続けている。
「ハートレート30・・・ブロックですか?わからない?はいはい・・」
 シローは電話を切った。
「救急外来に60前の男性。房室ブロックのようで心拍数30。行ってきます」
 彼はさっそうと廊下へ走った。
「ザッキーもあとで来い!」

 医長は32歳の心膜炎を診察中。主治医は僕。
「熱も下がってよかったね」
「ええ」
彼は一応気を使い、半裸の状態で聴診した。
 心不全にはならず安静を守り、1週間で解熱。ウイルス感染の疑いが強い。
白血球・CRPの軽度上昇があり結局抗生剤も使用はしたが。

 膠原病関係、乳癌など癌関係の検索もしたが、特に異常なし。

「あのですね。少しずつ、動いていきましょうか」
僕は安静度アップの指示を出して、次の患者へ。

ザッキーが電話を受け、走っていった。

 婦長は医長に何か囁いている。たぶん救急外来の患者が入院したときのベッドのことだろう。

「ふんふん・・・わかった。ユウキ先生!」
「あん?」
「ニップネーザルで軽快した、波多野さん」
「ああ。どうした?」
「週明け退院でしたが、今日退院させてください」
「なんだと?」
「救急外来から電話があったんですが、一時ペースメーカー挿入になりそうなんです」
「退院できそうな患者はほかにも・・」
「重症部屋じゃないと」
「じいはまだ十分なリハビリが進んでない」

 事務長がやってきて、作戦会議みたいになってきた。医長が何度も首を横に振る。事務長は僕のほうに歩いてきた。

「ふう・・・」
「ため息は余計だろ!」
「波多野さんには、私が今から話してきます」
「じいはまだ入院して3日しか経ってないぞ」
「婦長の話では、もう帰りたくて仕方がないと」
「だ、だけど・・」

どうやら本当の話のようだ。

「リハビリは通院でもできますし」
事務長は去ろうとした。

「ホントはおい。コストだろ?コスト」
「・・・それもあります。大いにね。<経営者>の意向で」
「またそれかよ・・・!」
「アーハン!」
事務長は出て行った。

 確かにじいは点滴治療が終了して、新しく予定している検査もない。

 外では、大型スーパー建設に伴う工事の音がやかましくなってきた。

 事務長はすぐに戻ってきた。
「1時間後に退院されます。すみません。ユウキ先生」
「お、オレに謝るなよ。患者に・・!」

医長を追い、次の部屋の回診へ。
「レイア、待って!」
スピーダーバイクで追いかけなければ。

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