クラシックが流れる血管造影室で、ザッキーとシローが準備中。カテーテルやワイヤーの中に、注射器によって生食を通していく。

「フラッシュ完了、と!」
 ザッキーはご機嫌だった。一時ペースメーカーはスムーズに挿入された。完全房室ブロックの患者は特に基礎疾患はなく、スリーエス=SSS(洞機能不全症候群)の進行という印象だった。あさって金曜日の午後に、永久ペースメーカーを植え込む。

 僕はすでに術衣・防護服をまとっている。後ろで学生も同様の格好だ。

「ご苦労さん。では・・・ザッキーが今回、穿刺か?」
「ええ!」
 ザッキーが術者、つまりカテーテル挿入という予定だった。彼はカテーテル類をかかえ、上下半身に布をかぶせた患者の体へ向かった。

「・・・と!」
肘にキシロカインテープ、はすでに貼ってある。
「では・・いきます」
プスッ・・・と穿刺。ためらわずの穿刺でもあり、患者は全く動じてなかった。

肘から少量出血。ワイヤーが通され、すかさずカテーテルが入っていく。ワイヤーは抜かれた。僕は透視画面を出し、カテーテルの先端を常に追い続けた。

 大学での噂も聞いたが、この男はナマイキな割に、非常に手際がいい。だがそういう医者の予後は芳しいとはいえない。今まで出会ったメンツの思い出たちが、そう思わせる。

 彼にはもう少し、学んでほしいことがあった。

「ゆっくり入れろよ。ザッキー」
「はい」
 右・左冠動脈兼用のカテーテルは、すぐさま左冠動脈の入り口にストン、と入った。少し引き抜き、軽く造影剤を流す。

「入口部に狭窄はない。角度、変える」
 僕は手元のボタンを押し、患者を囲む4つの透視カメラを調整した。巨大なカメラはグルングルン、またグルングルンと回る。

「造影します!」
ザッキーの声とともに僕はペダルを踏んだ。
「角度変更!LAO尾部方向へ角度を!」
ザッキーはいきなり指示してきた。

「ザッキー。悪いけど、角度を決めるのはサポート側の・・」
「もっと、もっと尾部側へ!ユウキ先生!」
ザッキーは画面を見ながら右手をせわしく震わせる。

「はいはい。わかったよ。<スパイダー>だな」

 左冠動脈は途中で2本に分かれるが、この2本の角度が一番大きくなる、つまり一番よく<分離>して見える画面がこの<スパイダー>だ。クモを水平に前(または後ろ)から見るような形だ。

「よし、これでOK。造影します」
「待てよ!脊椎が重なってる」
ちょうど分岐部の背後に脊椎があり、多少見えにくくなりそうだ。僕はわずかにずらした。

「よし。いけ」
「造影!」
グイ−ン、と血管が造影された。2本のうち1本から出る小さい枝、対角枝の根元に狭窄あり。
「対角枝をもう少し具体的に撮影します」
「ああ。でもまずはルーチンの画面を・・」
「LAO頭部方向!」
ザッキーはあくまでも、第一印象の病変部位にこだわった。

 そのあとはルーチンの造影が行われ、一通りの撮影が終わった。第1対角枝という、太い血管の分岐の狭窄のみという結果だった。

「あの対角枝の根元ってとこは、インターベンション泣かせだな・・」

 患者は労作時に胸痛があり、血流シンチという検査でもその部位の虚血が指摘されている。当然、無視するわけにはいかない。

「今回は検査が名目だ。終了する」
僕は角度を元に戻していった。
「インターベンションで、今拡げましょうよ!」
ザッキーは興奮していた。

「インターベンションは、関連病院の窪田大先生が来れる日だけだ!」
「血管は、すぐそこですよ!」
「やめとこう。後日改めて、バルーンで拡げる」

 これには、ギュウギュウ詰めのスケジュールへの配慮もあった。僕とトシキに関してはインターベンションの許可は出ているが、当院で決めたガイドラインではそうなってる。でないと業務にも差し支える。

もうすでに、みんなで決めたことだ。

「ザッキー。怒るな。考え方は1つじゃない」
患者の乗る台がグ−ン、と下へ下がっていく。シローが止血へ回る。
「視野狭窄になるなよ!」

僕はマスクを外した。北野は防護服を外してくれた。

「次の患者は、先月ポバ(POBA)した人?」
僕は後ろのトシキに話しかけた。

「ええ。RCAとLADの2箇所。ポバ(風船)でなく、ステントです」
「胸痛はないってか?」
「ステーブル。安定してます。心筋シンチでも虚血のエビデンスはなし」
「予想は?」
「良好と考えます」

トシキ術者、シローのサポートで確認造影が始まった。

僕と北野はガラス越しの部屋で見守っている。
北野は手帳で情報を整理していた。

「薬剤の入ったステントが開発されているそうで・・」
「そういうのも出るらしいな。ステントから薬が出てくるんだぜ」

現在(2005年)さかんに使用されている、DESというステントだ。
この頃(2000年)はまだ使用されていない。

「ニューデバイス、ですね」
「そうそう。好きだろ?循環器の医者は・・とかくデバイス、デバイス。
トシキは<エビデンス>!」
「でもそれで患者さんがよくなるなら・・」
「そりゃ、今のステントよりいいだろな」
「もっと長生きできるんですか?」
「さあ。それはまだ分からないようだよ・・」

 循環器の薬剤も、そのときの著効率がよくても予後で追跡したら逆に悪くする可能性のあるものが増えてきた。

 その場の効果だけで両手万歳ではいけないってことだ。

 DESという新しいステントは期待できるとして、僕らが心配だったのは、いっこうに進展しない抗血小板剤の新規登場だった。ステント挿入後での薬剤は、当時(2005年現在でも)パナルジン・アスピリンくらい。よその国ではとっくに上のレベルのもの(?B/?A薬など)が使用されているというのに。

 学会も、これらが遅れている本当の理由を言えよ!

 なので海外の良好なデータだけを見て、こちらもと新しいデバイス(道具)に鞍替えするのは危険だ。予後追跡まで中途半端ならなおさらだ。

「こういう<エビデンス>は大事だな・・うんうん」

さて、血管造影のほうはトシキの予想通り、再狭窄はみられなかった。

「終わろう!」
僕は急いで部屋を出た。夜診外来の開始時間を過ぎていたからだ。

 もう4時半。

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