ダル3 ? 夜診外来 ?<わたしはどうして治療している?>
2005年10月18日「ちょっと途切れたかな・・・」
夜の6時半。あと30分で業務終了だ。今は夏の終わりの時期で、全国的に患者数そのものが減り始めるときだ。
「先生。病棟は行かなくていいんですか」
美少女ミイラが腕組みしてつぶやいた。
「え?ああ・・そうだな」
こいつに言われたくないなと思いながら、ゆっくり立ち上がった。
「私ですが、今日は早めに外しますので」
「早目って?」
「終了の5分前です」
「なんだよ。終業時間と変わらないじゃないか・・・」
「事情があるので」
僕は廊下へ出て、病棟へと上がっていった。重症部屋のある病棟のほうだ。
「・・・・・」
無言で入るとやはり誰もいない。準夜帯の人間たちは部屋廻り中だ。掲示板を見ると、いろいろ書いてある。
1つずつ、消化していく。
終わりかけのとき、詰所の外から誰かが呼んでいる。
「すみません・・・・すみません!」
「え?」
患者の家族のようだ。
「波多野の家族です・・・」
「じいさんの?」
家族歴では身寄りがないとのことだったが、過去のカルテから宮城県の実の娘がいることが分かり、ナースが問い合わせていたのだった。
だがじいさんは退院したばっかりだ。すれ違いでの説明となる。
とりあえず詰所に入ってもらい、写真などを説明。
北野が廊下から現れ、フィルムを1枚ずつしまったりして手伝う。あとで聞いたが、この男はこの家族と廊下でずっと喋っていたそうだ。
「・・・・・・素人だから、よく分かりませんけど」
疲れきった表情の中年女性は、常に僕から目を逸らし続けた。
「父はね、まあ久しぶりに・・それこそ20年も会ってませんけど」
「これまで何度か入院してますが」
「電話対応だけでいけてたんですね。でも今回婦長さんから、どうしてもと」
「わざわざすみません・・・」
だが、実の娘のすることではない。父親はこれまで肺炎で何度も死にかけた。
それでも僕に怒りが沸かなかったのは・・・。これまでの経験からだ。美少女ミイラの言うような、<事情>があるのだろう。話せば長いような。
「夜行でこのあと帰りますので・・・」
「き、今日着いて・・もう帰るの?」
「ええ。主人や子供の明日の弁当のこととかあるんで」
「じいさんは、寂しいんじゃないかなあ・・・」
「うん。でも、あの人が私たちにしたことに比べれば・・・」
そのときだけ、彼女の表情が険しくなった。一瞬だったが。
「先生ありがとうございました。今後のことですが・・」
「?」
「こういった件ではもう私たち、そのつど対応というわけにはいきませんので」
「連絡するなってこと?」
「亡くなったとか、そういうときは連絡ください」
「・・・・・・・」
「それどころではないんです。今は。私がいないと、家族はやってけません」
「・・・・・・・」
「たとえ1時間でもです」
僕は圧倒され、言葉が出なかった。じいさんへの薄情とかそういう低次元な
ことでなく、一人の女性が自分の家族を第一に守ろうとする、大人の強さだ。
北野は口を開けかけたが、僕は人差し指で制した。
でも僕は、彼女に大事なこと言うの忘れたな。
「帰る前に1度、会われたらどうですか」、と・・・。
まいいか。よくないが。いいか。しかし。まあまあ。
階段1段ごとにいろんな言葉がよぎり、外来に着くときは平常心に戻った。終業10分前。
「患者さん、1人来てます」
ベテランナースに代わっていた。
「あの看護師さんは、ちょっと早めに出ると。雨降ってますよ、外」
「あそ・・・呼んで!」
「62歳女性、先日肺血栓塞栓症で入院した人」
「ああ。僕が主治医で下大静脈フィルター入れた人だ」
教科書的だが、大腿骨のオペ既往がある。
よちよち歩行で、女性は入ってきた。家に帰った反動で太ってきたようだ。
「赤い薬は飲んでる?」
「ワーファリンだろ?」
「ええ。今日も採血しましょう」
プロトロンビン時間だ。今日は終業が近いので結果はまた今度。
血圧測定し、診察。
「時間が少しはあるな・・・採血の前に、腹部のレントゲンを」
指示して、放射線部へ。写真が出来上がる前にそこで早々に確認したい。
「おっす」
入ると、みな帰り支度に近かった。荷物がテーブルの上にたくさん置いてある。
「技師長。病棟は満床だろ?」
「うん」
老練の技師長はタバコをふかしている。
「夜中、呼ばないでよ。私のかわいいシモベたちを・・ははは」
「雨降ってるらしいぜ」
「うん。ユウキ先生。さっき学生がね・・」
「あいつあちこちチョロチョロして・・」
「あそこの奥のパソコンをさ・・たぶんインターネットだろうけど」
「勝手に触ってた?」
「変にいじられて、クラッシュされたらたまらんよ。データがいっぱいあるからね」
「すまん。注意しとくよ」
レントゲンがゆっくり機械から出てきた。
「フィルターの位置は問題なし・・か!おつかれ!」
「(一同)おつかれ!」
僕は外来にもどり、もう1度患者に説明した。
夜の6時半。あと30分で業務終了だ。今は夏の終わりの時期で、全国的に患者数そのものが減り始めるときだ。
「先生。病棟は行かなくていいんですか」
美少女ミイラが腕組みしてつぶやいた。
「え?ああ・・そうだな」
こいつに言われたくないなと思いながら、ゆっくり立ち上がった。
「私ですが、今日は早めに外しますので」
「早目って?」
「終了の5分前です」
「なんだよ。終業時間と変わらないじゃないか・・・」
「事情があるので」
僕は廊下へ出て、病棟へと上がっていった。重症部屋のある病棟のほうだ。
「・・・・・」
無言で入るとやはり誰もいない。準夜帯の人間たちは部屋廻り中だ。掲示板を見ると、いろいろ書いてある。
1つずつ、消化していく。
終わりかけのとき、詰所の外から誰かが呼んでいる。
「すみません・・・・すみません!」
「え?」
患者の家族のようだ。
「波多野の家族です・・・」
「じいさんの?」
家族歴では身寄りがないとのことだったが、過去のカルテから宮城県の実の娘がいることが分かり、ナースが問い合わせていたのだった。
だがじいさんは退院したばっかりだ。すれ違いでの説明となる。
とりあえず詰所に入ってもらい、写真などを説明。
北野が廊下から現れ、フィルムを1枚ずつしまったりして手伝う。あとで聞いたが、この男はこの家族と廊下でずっと喋っていたそうだ。
「・・・・・・素人だから、よく分かりませんけど」
疲れきった表情の中年女性は、常に僕から目を逸らし続けた。
「父はね、まあ久しぶりに・・それこそ20年も会ってませんけど」
「これまで何度か入院してますが」
「電話対応だけでいけてたんですね。でも今回婦長さんから、どうしてもと」
「わざわざすみません・・・」
だが、実の娘のすることではない。父親はこれまで肺炎で何度も死にかけた。
それでも僕に怒りが沸かなかったのは・・・。これまでの経験からだ。美少女ミイラの言うような、<事情>があるのだろう。話せば長いような。
「夜行でこのあと帰りますので・・・」
「き、今日着いて・・もう帰るの?」
「ええ。主人や子供の明日の弁当のこととかあるんで」
「じいさんは、寂しいんじゃないかなあ・・・」
「うん。でも、あの人が私たちにしたことに比べれば・・・」
そのときだけ、彼女の表情が険しくなった。一瞬だったが。
「先生ありがとうございました。今後のことですが・・」
「?」
「こういった件ではもう私たち、そのつど対応というわけにはいきませんので」
「連絡するなってこと?」
「亡くなったとか、そういうときは連絡ください」
「・・・・・・・」
「それどころではないんです。今は。私がいないと、家族はやってけません」
「・・・・・・・」
「たとえ1時間でもです」
僕は圧倒され、言葉が出なかった。じいさんへの薄情とかそういう低次元な
ことでなく、一人の女性が自分の家族を第一に守ろうとする、大人の強さだ。
北野は口を開けかけたが、僕は人差し指で制した。
でも僕は、彼女に大事なこと言うの忘れたな。
「帰る前に1度、会われたらどうですか」、と・・・。
まいいか。よくないが。いいか。しかし。まあまあ。
階段1段ごとにいろんな言葉がよぎり、外来に着くときは平常心に戻った。終業10分前。
「患者さん、1人来てます」
ベテランナースに代わっていた。
「あの看護師さんは、ちょっと早めに出ると。雨降ってますよ、外」
「あそ・・・呼んで!」
「62歳女性、先日肺血栓塞栓症で入院した人」
「ああ。僕が主治医で下大静脈フィルター入れた人だ」
教科書的だが、大腿骨のオペ既往がある。
よちよち歩行で、女性は入ってきた。家に帰った反動で太ってきたようだ。
「赤い薬は飲んでる?」
「ワーファリンだろ?」
「ええ。今日も採血しましょう」
プロトロンビン時間だ。今日は終業が近いので結果はまた今度。
血圧測定し、診察。
「時間が少しはあるな・・・採血の前に、腹部のレントゲンを」
指示して、放射線部へ。写真が出来上がる前にそこで早々に確認したい。
「おっす」
入ると、みな帰り支度に近かった。荷物がテーブルの上にたくさん置いてある。
「技師長。病棟は満床だろ?」
「うん」
老練の技師長はタバコをふかしている。
「夜中、呼ばないでよ。私のかわいいシモベたちを・・ははは」
「雨降ってるらしいぜ」
「うん。ユウキ先生。さっき学生がね・・」
「あいつあちこちチョロチョロして・・」
「あそこの奥のパソコンをさ・・たぶんインターネットだろうけど」
「勝手に触ってた?」
「変にいじられて、クラッシュされたらたまらんよ。データがいっぱいあるからね」
「すまん。注意しとくよ」
レントゲンがゆっくり機械から出てきた。
「フィルターの位置は問題なし・・か!おつかれ!」
「(一同)おつかれ!」
僕は外来にもどり、もう1度患者に説明した。
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