「終わりましたね。お疲れ様」
ベテランナースはフィルムをしまい、片付けにかかった。
「ふう〜。だる」
僕もペンをしまい、イスを戻した。

周囲の外来もすでに終わっており、夜7時を5分越している。

事務長がやってきた。
「満員御礼、ありがとうございます」
「波多野じいさんは、無事送れた?」
「ええ。店は今日から営業するそうで」
「うそお?」
「私はウソは申しませんって!」
「そうだ。今日、家族が来て」
「ええ。じいさんにはどうやら・・・会わずじまいのようですね」
「じいさん、昔何かしたのかな・・」
「さあ、私にもそれは分かりませんが・・・つらいと思いますよ。娘さんは」
「でもじいさん1人だぞ・・・じいさんのほうがつらいよ」
「うーん・・・でもね。ユウキ先生」

久しぶりに事務長は反抗してきた。

「一番つらいのはね。人生で・・・苦渋の決断を強いられることなんです」
「身を切る思いか」
「そうそれ!言い当ててる!」

背を向けて歩き出すと、もう一声かけられた。
「ユウキ先生。明日はよく休んで」
「ああ」
「今日の午後は先生。ちょっとイライラしてませんでした?」
「誰のせいでもない。オレのせいだよ」
「そういうときはホラ、ちょっと自分に優しくなれば、なんとか」
「るさいな。じゃ!」

医局へ戻ると、北野が待っていた。

「お疲れ様でした!今日の夜診はヒマでしたね!」
「余計なお世話だ・・・あ、そうだ!おい!」
「はいっ?」
「放射線部の技師長が言ってたぞ!」
「?」
「パソコンのとこで、いかがわしい行為はするなって!」
「パソコン・・?ああ、あれ・・」
北野は珍しく慌てていた。

「あれは、宿題ですよ。宿題を」
「?」
「宿題のファイルを作成してて」
「ああ。以前にオレが出した宿題か。見てやらんとな・・」
「へへ・・!金曜日には必ず!」
「じゃ、これもお前のか?」

僕は医局のパソコンのデスクトップを指差した。

「このファイルだよ。パスワード式になってる」
「そ、そうです・・」
「ここを去る前には消しておけよ」
「せ、先生。また課題などあれば」
「宿題マゾだな、お前・・・そうだな。じゃ、これ!」
「?」
「医者の資質として、一番必要なもの!これだ!」
「コレステロー・・」
「脂質じゃない資質!<スタッフ>のほう!お前わざとだろ?」
「文章でなく、語句ですね?」
「ああ。でも正解がどうとか、そういう問題ではないがな」

僕は医局の隅をごそごそ探した。
「カサ、カサ・・・あった!」
透明のカサが出てきた。
「北野はカサあるか?」
「自分は今日もここで泊まりますんで」
「あ、そ・・・」

玄関に出た。

赤いカッパを来た、幼い子供がいる。
この子供・・そこらでよく遊んでいる、託児所の子供だ。
「かあちゃん!かあちゃん!」
数メートル先に、私服で現れたのは・・・あの美少女ミイラじゃないか。

この子の親か。そうか、このナース・・・。娘に会うために。
さきほどのじいの娘とどこか重なるところがあった。

「そおれ!」
彼女は子供に軽く体当たりした。子供はキャッキャッと笑っている。僕のほうは傘を拡げたが、骨組みが全部イカれてて、うまく拡がらない。

悪戦苦闘するうち、彼女に気づかれた。彼女はハッと気づいた。
「あ・・・お疲れ様です」
「ああ」

自分に優しくか・・・。事務長のやつ。

「あ、あう・・」
僕は一声かけた。
「はい?」
ナースは浮かない職場の顔で覗き込んだ。

「きき、今日はま、いろいろと・・・」
「?」
「いろいろと、ありがとう!じゃあね!」
子供と向かい合って手を振った。

彼女はたぶんこれまで見せたことのないような、まぶしい笑顔を見せた。一瞬だが、それは美しいものだった。

僕は傘を捨ててダッシュした。目から火が出そうだ。

結局ずぶぬれで運転席についた。

「はあ、はあ、はあ・・・そうか。事務長。お前のいうことが、
なんとなく分かったよ・・・はあ」
ゆっくりと徐行で車はすべり、国道へと向かう。

近くのバス停には・・・彼女がいた。じいさんの娘が。
うつむいた表情は、疲れているのか落ち込んでいるのか・・・。
僕は自分の都合のいいほうに解釈した。

あの歌が頭によぎる。

♪か〜ぜ〜が吹〜け〜ばみいな〜とに〜・・・ジャラララン

♪ふ〜ね〜はか〜えり来〜るけ〜ど・・・・・

♪若いあ〜いを交わ〜した〜 ・・・ジャラララン

♪え〜がお〜 二度と見〜えな〜い〜〜〜〜ああ〜〜〜〜
の、ひ〜〜〜と〜〜は〜〜〜、あのひとおは〜〜〜・・・・

♪お〜〜〜か〜〜〜の〜〜〜おおおおおおおおおおおおお
おおおおぉぉぉぉ白い〜十字架・・・・・

♪わあああ〜〜〜〜た〜〜〜〜しぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜だけのじゅうううじかああぁぁぁ

(夜景)

ポポン、ポポポポポン、ポポポ

星の揺れる港を
二人見てたあの日よ
肩に受けた口づけ
愛の形見消せない

あの人は あの人は
私だけの十字架

わあたあしいいいぃぃぃぃぃだけのじゅうじかあああぁ・・・

「私だけの十字架」
作詞:尾中美千絵 作曲:木下忠司 編曲:青木望

ロケ地  東京

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索