ダル4 ? つかの間の休日
2005年11月1日2000年。
無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。
大学でふんぞり返る者、片手間でバイトだけする者、開業して数年で店をたたむ者・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
木曜日。
「グウ・・・・ん?おお・・!」
天井を見つめ、思わず安堵した。今日は休日だ。
しかしいつもの習慣で、6時過ぎには目を覚ましてしまう。
昨日はなにかと大変だった。息もつかせぬ半日業務。
「どあるう・・・たた」
もう一睡しようとしたが、眠れず起床。なんせ外が騒がしいのだ。
引越し先を間違った。病院が街中で、自分も同じく繁華街にアパートを借りたまではよかったが、深夜は酒飲みの声でうるさいし、朝は出勤や工事の音で騒がしい。
もっと静かなところに引っ越すべきだった。
服を着て、ベランダへ出る。洗濯機を稼動。深夜に洗濯したいところだが、先日大家に注意された。
7階のアパートの真下では、サラリーマン達が足早に出勤している。トラックを誘導する笛も聞こえてきた。
ピー!ピー!ピー!
『バックします、バックします・・・・ガッツします・・・ガッツ石松』
そう聞こえてくるのを確認して、また部屋へ。しかしピーピーは鳴り止まない。
ポケベルだ。やっぱり病院。
「どある・・・!」
待っても埒が明かないので、さっそく病棟へ電話。
「もしもし?」
『あ』
若いナースはそう言っただけで、どこかへ走っていった。
「おい・・・?」
しばらくして足音が帰ってきた。
『え〜と!』
おばさんナースに代わった。この2人が深夜業務なわけだ。
『え〜と!え〜と!なんだったかな・・・』
「おいおい・・・」
『う〜ん・・・』
どうやら本気で悩んでいる。あまり大事でない用事とみた。
はたまたこのおばさんナースが痴呆なだけか・・。
『う〜・・・』
「誰か急変?」
『そうじゃなくて』
「血圧?」
『けつあつ・・』
「熱?」
『ねつ・・』
「尿?」
『にょう・・』
「無断外出?」
『・・・・・・』
「切るぞ!」
うっとうしいので切った。
笑えないが、民間病院ドクターならけっこう経験ある場面だ。
「さて。朝マックでも買いに行くか!」
トイレを済まし、ジーンズを履く。携帯電話、ポケベル、鍵、財布。
それと・・・
「なんだったけな・・」
思い出せず、アパートのエレベーターを降りた。ロック式のドアが開く。
駐車場はほぼ真下のところを借りた。ひと月4万円。なんせ大阪の街中だ。
アパートの家賃は2LDKで9万円。うち半分は病院から出ている。
駐車場は交渉したがダメだった。しかし押しの強い医者によっては、勤務の前にこれらの交渉を実に有利にやってのける。
大学医局の派遣では<交渉>などほぼ不可能だ。医局の目が光っている。
僕は車に乗り込んで、エンジンをかけた。音楽が・・始まらない。
ここんところカーステがおかしい。今日こそ修理に出向くつもりだ。そうやってもう1年が過ぎようとしていた。
なので歌はもっぱら自分で歌うしかなかった。
「♪あ〜の〜、ひ〜と〜は、あのひと〜は〜・・」
繁華街を抜けて、バイパス通りへ。マックは近所にもあるが、あくまで目当てはドライブスルーだ。
『ガガ・・・・!ご注文をマイクにどうぞ!』
「エッグマフィンのセット!」
『ガガ・・・・!もう一度お願いいたします』
「だから!エッググ!マヒン!」
『・・・お客様、もう一度お願いいたします・・ガガ・・・』
僕は上半身を乗り出した。
「エ!グ!マ!ヒ!ン!の!セット!」
『ガガ・・・ソーセージマフィンのセット・・でしょうか?』
「も、もうええ。それで。だる。お飲み物はホットコーヒーで!」
ホットコーヒーを受け取ったはいいが、カップホルダーは壊れて今は
ないんだった。
「片手運転かよ。だるう・・」
ピーピーピー、とまたポケベル。
「とと・・またかよ?」
車は大通りを走っているが、止めるところがない。
路側帯は違法駐車だらけだ。
ピーピーピー・・という音にはかなり焦らされる。
「待て!待て!待てって!」
片手でブンブンとハンドルを振り回す。しかしどこも止めようがない。
仕方なく、次の角を左折した。と思ったら、自転車のおばさんが突っ込んできた。
「危ねえ!」
キキーッとブレーキを踏み、僕はかなり前にのめりこんだ。反動で後ろへ反った。
思わず力の入った握力のせいで、コーヒーカップが潰れた。
「あつつつつ!」
予想通りアツアツのコーヒーは、前胸部にぶつかり、そのまま股間へと流れた。
「うわあああ!オーマイ!ジーザス!オガッオガッ!」
鳴り止んだポケベルがまた鳴ってきた。
「くく・・・股かよ?いや、またかよ?」
携帯で連絡。
おばさんナースが出た。
『ユウキ先生。てんかん発作が深夜にありまして』
「やっと思い出したのかよ・・」
『脳梗塞後遺症の方』
「しばらく落ち着いていた人だな。左大脳動脈広範囲の閉塞・・
心房細動による塞栓だ」
側頭葉は全滅。以後、痙攣を繰り返し数種類の抗てんかん薬を内服。血中濃度はモニタリングしていたのだが・・。
「で?」
『当直医に連絡したんですが、様子みてくれと』
「なんだよそれ・・」
『ザッキー先生に、直接おっしゃってください』
「あいつ・・!」
確かに研修2年目で当直は重荷だろうが。スタンドプレーとは何事だ!
と、僕も以前は言われたことがあった。
『発作そのものは5分くらいで軽快しました』
「それ1回だけ?」
『今から来られますか?』
「今日は休みなんだよ」
『家の人、呼んだんだけどな・・』
「そういうのは早いんだよな・・」
『家の人が来られたら、どうしましょうか?』
「ど、どうしようかって・・?」
僕は運転席で下半身を浮かせた。
股からコーヒーが滴り落ちている。
「くそ・・!」
『え?なんですって?』
「いやいや、こっちの話。そうだな。医長からムンテラしてもらってよ」
『医長から説明?』
「家族、勝手に呼んだのはそっちだろ?そっちから医長に伝えてくれよ!」
『やだ。医長、怖いし・・』
勉強会で機嫌悪くしてから、医長→詰所への風当たりは冷たい。
『ユウキ先生から直接、医長にご連絡お願いします』
「だる・・」
『ああそうそう。もう1点』
「なんだよ?まだあるのかよ」
『深夜に1人、入院しました。波多野じいさん』
「またかよ?退院したばっかり・・」
『呼吸困難。熱はなし。過労ですかね』
「あのな・・・ナースだろ?」
情けなくなり、ティッシュを尻の下に敷いた。
一方、車はちょうど病院の近くを通りかかった。
『本人さんの話では、ユウキ先生がすぐに働いてもいいと』
「言ってない言ってない!」
『でも本人が言うのだから、間違いない・・』
「怪しいだろが、ふつう」
『どうしましょうか・・・』
なにがなんでも、このナースは僕を来させるつもりだ。
時計を見ることの・・・8時。
これじゃ、いつもの平日と同じだな。
「わかった。ま、ちょっとしてから行くわ」
と言いかけたところ、近くを放射線技師が徒歩で通りかかった。
「ういいぅっす!」
「やべ!見つかった!」
「?」
今後の予後のことを考え、僕は素直に病院へ向かった。
無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。
大学でふんぞり返る者、片手間でバイトだけする者、開業して数年で店をたたむ者・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
木曜日。
「グウ・・・・ん?おお・・!」
天井を見つめ、思わず安堵した。今日は休日だ。
しかしいつもの習慣で、6時過ぎには目を覚ましてしまう。
昨日はなにかと大変だった。息もつかせぬ半日業務。
「どあるう・・・たた」
もう一睡しようとしたが、眠れず起床。なんせ外が騒がしいのだ。
引越し先を間違った。病院が街中で、自分も同じく繁華街にアパートを借りたまではよかったが、深夜は酒飲みの声でうるさいし、朝は出勤や工事の音で騒がしい。
もっと静かなところに引っ越すべきだった。
服を着て、ベランダへ出る。洗濯機を稼動。深夜に洗濯したいところだが、先日大家に注意された。
7階のアパートの真下では、サラリーマン達が足早に出勤している。トラックを誘導する笛も聞こえてきた。
ピー!ピー!ピー!
『バックします、バックします・・・・ガッツします・・・ガッツ石松』
そう聞こえてくるのを確認して、また部屋へ。しかしピーピーは鳴り止まない。
ポケベルだ。やっぱり病院。
「どある・・・!」
待っても埒が明かないので、さっそく病棟へ電話。
「もしもし?」
『あ』
若いナースはそう言っただけで、どこかへ走っていった。
「おい・・・?」
しばらくして足音が帰ってきた。
『え〜と!』
おばさんナースに代わった。この2人が深夜業務なわけだ。
『え〜と!え〜と!なんだったかな・・・』
「おいおい・・・」
『う〜ん・・・』
どうやら本気で悩んでいる。あまり大事でない用事とみた。
はたまたこのおばさんナースが痴呆なだけか・・。
『う〜・・・』
「誰か急変?」
『そうじゃなくて』
「血圧?」
『けつあつ・・』
「熱?」
『ねつ・・』
「尿?」
『にょう・・』
「無断外出?」
『・・・・・・』
「切るぞ!」
うっとうしいので切った。
笑えないが、民間病院ドクターならけっこう経験ある場面だ。
「さて。朝マックでも買いに行くか!」
トイレを済まし、ジーンズを履く。携帯電話、ポケベル、鍵、財布。
それと・・・
「なんだったけな・・」
思い出せず、アパートのエレベーターを降りた。ロック式のドアが開く。
駐車場はほぼ真下のところを借りた。ひと月4万円。なんせ大阪の街中だ。
アパートの家賃は2LDKで9万円。うち半分は病院から出ている。
駐車場は交渉したがダメだった。しかし押しの強い医者によっては、勤務の前にこれらの交渉を実に有利にやってのける。
大学医局の派遣では<交渉>などほぼ不可能だ。医局の目が光っている。
僕は車に乗り込んで、エンジンをかけた。音楽が・・始まらない。
ここんところカーステがおかしい。今日こそ修理に出向くつもりだ。そうやってもう1年が過ぎようとしていた。
なので歌はもっぱら自分で歌うしかなかった。
「♪あ〜の〜、ひ〜と〜は、あのひと〜は〜・・」
繁華街を抜けて、バイパス通りへ。マックは近所にもあるが、あくまで目当てはドライブスルーだ。
『ガガ・・・・!ご注文をマイクにどうぞ!』
「エッグマフィンのセット!」
『ガガ・・・・!もう一度お願いいたします』
「だから!エッググ!マヒン!」
『・・・お客様、もう一度お願いいたします・・ガガ・・・』
僕は上半身を乗り出した。
「エ!グ!マ!ヒ!ン!の!セット!」
『ガガ・・・ソーセージマフィンのセット・・でしょうか?』
「も、もうええ。それで。だる。お飲み物はホットコーヒーで!」
ホットコーヒーを受け取ったはいいが、カップホルダーは壊れて今は
ないんだった。
「片手運転かよ。だるう・・」
ピーピーピー、とまたポケベル。
「とと・・またかよ?」
車は大通りを走っているが、止めるところがない。
路側帯は違法駐車だらけだ。
ピーピーピー・・という音にはかなり焦らされる。
「待て!待て!待てって!」
片手でブンブンとハンドルを振り回す。しかしどこも止めようがない。
仕方なく、次の角を左折した。と思ったら、自転車のおばさんが突っ込んできた。
「危ねえ!」
キキーッとブレーキを踏み、僕はかなり前にのめりこんだ。反動で後ろへ反った。
思わず力の入った握力のせいで、コーヒーカップが潰れた。
「あつつつつ!」
予想通りアツアツのコーヒーは、前胸部にぶつかり、そのまま股間へと流れた。
「うわあああ!オーマイ!ジーザス!オガッオガッ!」
鳴り止んだポケベルがまた鳴ってきた。
「くく・・・股かよ?いや、またかよ?」
携帯で連絡。
おばさんナースが出た。
『ユウキ先生。てんかん発作が深夜にありまして』
「やっと思い出したのかよ・・」
『脳梗塞後遺症の方』
「しばらく落ち着いていた人だな。左大脳動脈広範囲の閉塞・・
心房細動による塞栓だ」
側頭葉は全滅。以後、痙攣を繰り返し数種類の抗てんかん薬を内服。血中濃度はモニタリングしていたのだが・・。
「で?」
『当直医に連絡したんですが、様子みてくれと』
「なんだよそれ・・」
『ザッキー先生に、直接おっしゃってください』
「あいつ・・!」
確かに研修2年目で当直は重荷だろうが。スタンドプレーとは何事だ!
と、僕も以前は言われたことがあった。
『発作そのものは5分くらいで軽快しました』
「それ1回だけ?」
『今から来られますか?』
「今日は休みなんだよ」
『家の人、呼んだんだけどな・・』
「そういうのは早いんだよな・・」
『家の人が来られたら、どうしましょうか?』
「ど、どうしようかって・・?」
僕は運転席で下半身を浮かせた。
股からコーヒーが滴り落ちている。
「くそ・・!」
『え?なんですって?』
「いやいや、こっちの話。そうだな。医長からムンテラしてもらってよ」
『医長から説明?』
「家族、勝手に呼んだのはそっちだろ?そっちから医長に伝えてくれよ!」
『やだ。医長、怖いし・・』
勉強会で機嫌悪くしてから、医長→詰所への風当たりは冷たい。
『ユウキ先生から直接、医長にご連絡お願いします』
「だる・・」
『ああそうそう。もう1点』
「なんだよ?まだあるのかよ」
『深夜に1人、入院しました。波多野じいさん』
「またかよ?退院したばっかり・・」
『呼吸困難。熱はなし。過労ですかね』
「あのな・・・ナースだろ?」
情けなくなり、ティッシュを尻の下に敷いた。
一方、車はちょうど病院の近くを通りかかった。
『本人さんの話では、ユウキ先生がすぐに働いてもいいと』
「言ってない言ってない!」
『でも本人が言うのだから、間違いない・・』
「怪しいだろが、ふつう」
『どうしましょうか・・・』
なにがなんでも、このナースは僕を来させるつもりだ。
時計を見ることの・・・8時。
これじゃ、いつもの平日と同じだな。
「わかった。ま、ちょっとしてから行くわ」
と言いかけたところ、近くを放射線技師が徒歩で通りかかった。
「ういいぅっす!」
「やべ!見つかった!」
「?」
今後の予後のことを考え、僕は素直に病院へ向かった。
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