こんな日は、触らぬ神に祟りなし、で。

「じゃ、オレ外来へ」
「これからは、人に頼まず自分で伝える!分かった?」
「すまんが外来へ・・」
僕は両手をブランブランさせた。

「あんたと医長の仲、どうにかならんの!」
「オレらは、仲はいいんだよホントは。ホモじゃないぞ」
「つまらん!」
「・・・・・・」
「まったく!こっちはアンタらのせいでどんだけ苦労しているか!く・・・!」

詰所の中では、あまりの恐ろしさに泣き出している若いナースがいる。

月に1回爆発するこの婦長は、たまりにたまった怒りをぶつけることがあった。
先月はザッキーがかぶった。今月は僕のようだ。

「じゃ、オレ。ほんとに外来があるから」
「・・・・ったく・・・・なのに・・・・ぶつぶつ!」
「じゃ!」
「待て!」

僕は振り切り、前腕を手すりに乗せてスーッと降りた。
階段を1段ずつ降りる北野を、少しずつ引き離す。

「あああ。詰所へ行くのがだるう!」

スタン、と降りてそのまま外来へ向かう。

「戦況は?」
机の上はカルテがもう10冊余りもある。
「悪いですよ」
ベテランナースがもう5冊ほど積み上げた。

「緊急っぽい人はこの中に?」
「さあ。どれでしょう?」
「宝探しかよ?」
「ウフフ。冗談。みんな軽症ですよ」
「だる・・!」
「アハハ。先生は単純だから、面白い」
「モアだる!」
「婦長さんがキレまくってるらしいですね」
「もう噂が来たのか?」

「はい!」
後ろから北野が走ってきた。
「呼びましたか?」
「はあ。呼んでないよ」

ベテランナースが患者を1人、連れてくる。

「昨日も来た方です。日本橋さん。55歳の男性」
「昨日、医長の外来に来たのか。ふだんは喘息で受診。今回の主訴は食欲不振」

 受診時に採血、レントゲン、心電図、胸部CTに心臓超音波・・・かなり検査をやっている。公立病院では検査が1つずつ予約になってしまうことが多いが、民間病院はその点柔軟だ。コスト的な苦情さえなければ。

 ただ医長の場合、検査の優先順位に疑問があった。食欲不振があればふつう・・。

「胃カメラしましょうよ」
「は!そうですね!」
痩せ型の体育会系男性が答えた。

「今日は朝ごはんは・・」
「は!ちょうど食べてません!今日、検査できるのですか?」
「ええ。今から電話でね」
僕は内線を押した。担当ナースが出る。シューという音がいかにも内視鏡室らしい。

「内視鏡室?今日は何例?」
『今、2例目。あと8例あります』
「追加をお願い。飛び入り」
『うーん・・・医長に相談してみないと』
ナースは困っていた。6例の枠にすでに9例も入れられていたからだ。

僕の横に事務長が立っている。
「大丈夫大丈夫。説得しときます」
「ありがとう。コストマン!」
事務長は内視鏡室へ向かった。

「じゃ、さっそく・・」
僕は伝票を記入した。

「は!そういえば!」
「え?」
「朝、コーヒーを飲んだのですが!」
「どあるう・・・何杯?」
「3杯ほど・・・」
「・・・・・・・」
「別の日にしましょうか!」
「でも仕事は休んできたんでしょう?」
「ええ。でもまた別の日になんとか!」

僕は伝票に記入した。
『コーヒーを少量飲んでるそうですが、吸い出してください』

「うん。まあこれでいきましょう」
「?ありがとうございます!」

次。66歳女性。手押し車。糖尿病で腰も悪い。
インスリン自己管理中だが間食をやめない。

「自分で血糖、つけてる?」
僕は手帳を受け取った。
「300-400mg/dlが多いですね。相変わらず」
「口がいやしいて。へへ・・」
以前も、こういう患者を診た。

「入院して、管理をし直し・・」
「入院はイヤイヤ!ぜえったい!」
太った篠宮さんは大きく両手を振った。

「先月のエーワンシーは9.7%だよ」
「ほう。そうですかあ」
「感心している場合じゃない!」
「年のせいですかなあ」
「絶対ない絶対ない!」

結局、入院は受け入れられず、インスリンの増量となった。

48歳男性。発作性の頻拍を繰り返す。
今は落ち着いてはいる。

「今日は、心電図をとったんやが・・」
「この分では不整脈はないですね。しかしそろそろ・・」
「はい?」
「検討しましょうか。カテーテルアブレーション」

 興奮しやすい脈の伝導路を、電気的に焼灼して遮断し、
不整脈を根本的に治す治療だ。カテーテル検査のような
形式で行うので入院が数日必要になる。

 ただ、当院はまだ修行の数の問題で行っていない。窪田大先生も
まだ症例数的に行える状況ではないという。

 僕は事務長を呼んだ。

「紹介できるところ・・」
「ああはい!ありますあります!」
「大学病院は遠すぎるので・・」
「お任せを。あとは話しておきます」
事務長は患者を連れて出て行った。

 57歳の礼儀正しい男性。よその病院からドロップアウトでやってきた。
紹介状はなし。

「今後、ここでお願いしますわ」
「今まで診てもらってたとこって・・・」
「松田クリニックってとこです!知らんでしょ?」
「いや・・知ってる」

患者は怒りを抑えられない様子だ。

「いやね、あそこで血圧をずっと診てもらってたわけですよ」
「ええ」
「血圧はそりゃ下がったけど。体がだるいんですわ」

脈をとると、少なめ。

「薬はこれですわ」

ヘルベッサー、セロケン、サンリズム50X3・・・。
これじゃブロックになっても不思議じゃない。何をやってるんだ?

「そこの開業医でした検査のコピーとか・・」
「そんなん、いっちょもくれへん」
「マジですか・・」
経過が分からない。

世話になった先輩だが、直接電話をかけることに。

「松田先生を・・」
『松田先生は診療中です』
「今、用件がありまして」
『折り返し電話いたします。込み合ってまして』
「はあ・・・」

とりあえず、患者は入院となった。

「ああ、それから先生」
「はい?」
「院長に電話しとったんやろ?わし、院長ちゃうで」
「というと?」
「もう1人の・・」

「石丸シロー先生!」
北野がひらめいたように喋った。

「おう。そうそう。ここにいるらしいやんか」
「はい!おられます!」
北野は早速呼びに走った。

「でもわし、会いたくない。主治医は別の先生でお願いしますわ」
患者は出て行った。主治医は僕に。

シローはいったい、どんな外来やってんだ・・・?
ただ、内服内容は院長の分を、そのままひきずった形なんだろうな。

悩みがまた増えた。

 こういう黒い噂っていうのはあっという間に職員間に拡がる。おそらく事務長の耳にも届くだろう。それだけならいいが、今度は患者間にも拡がる。そうするとこの病院の威信にもかかわる。

「胃カメラ、終わりました」
ベテランナースが写真を持ってきた。

 食道カンジダか・・・!食道内が、ホント網目状に白いhttp://www.asahi-net.or.jp/~NJ5A-ISKW/esophdis-j/esocand.html
ファンギゾン内服2週間とし、再受診予定。所見用紙も渡す。

 吸入ステロイドには副作用が少ないとはいえ・・・気をつけないとな。

 もう一度、医長がワープロ打ちした所見用紙を見ると・・

  < 食堂カンジダ >

 どある・・・。患者にコピー、渡してもうたぜ!

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