シローがやってきた。

「呼ばれましたか?入院で?」
「あのなあ。再々すまんが。昨日の電話の続き・・」
周囲のナースが耳をそばだてる。

「こっち行こう」
家族控え室へ。

「この患者、知ってるか?」
僕は外来カルテの表紙を見せた。
「今日、うちに来たんだ。松田クリニック受診して」
「ええ知ってます。そこは近いうち、なんとかしますから」
「いやいや。そこでやってた治療が納得いかず、うちに来たんだよ」
「納得?この人は何も僕には」
「松田先生から引き継いだ患者?」
「ええ。松田先生が、内服は変えるなと」
「でもおい。この内容はどう考えたっておかしいよ」

僕は患者の持ってきた薬を見せた。

「・・・そうですね」
「なんだよ。知らなかった?」
「さきほど言いましたように、院長は薬を勝手にいじるなと」
「そんな奴に、従わなくてもいいだろ?」
「・・・・・・」
「ま、近いうち辞めるならいいが・・・事務長にはたぶんばれるぞ」
「そのときは、そのときです。もういいでしょうか」
「うんいいけど。でも気をつけ・・」

彼は立ち上がった。

僕は一息ついて、外来へ。

「さ!次!」

77歳女性、車椅子。若いヘルパーさんが連れてきた。
田中事務員まで入ってきた。

「なんで田中くんまで?」
「えっ、あっ、はい。手伝おうと思って」

分かってる。この若いヘルパーは彼のお気に入りなのだ。
長い黒髪に、濃いマツ毛。うすい唇。きゃしゃな体。
白い青い線のジャージ姿が、彼女をいっそう引き立てる。

「田中くん。もういいから!」
僕は事務員を退却させた。

ヘルパーさんは日記帳らしきノートを渡してくれた。
「食事が進まなくて。寝たきりに近いんです」
「これによると、ここ3日は飲まず食わずだな・・」
「原因はなんでしょうか?」
「うん、まあ検査してからだね」
「入院という形でできれば」

「はいはい」また田中くんがやってきた。
「なんだよ。呼んでないよ?」
僕のタイミングが面白かったのか、ヘルパーさんはクスッと笑った。

「部屋はね、まあ何とかします」
田中君は台帳をパラパラめくっていた。僕は手で閉じた。
「まだ検査してないってのに!」
「歩ける状態じゃないし・・・」
うなずくヘルパーさんを見て、彼は興奮ぎみだった。

とりあえず、検査へ。

事務長がやってきた。
「うん、まあ1床なんとかなりますから」
「そっか。田中くん。どしたんだよ〜?」
彼はニヤニヤしている。

事務長は彼の肩を叩いた。
「♪タタタタタタタタ・タタタタタ!プリリ〜オ〜メン〜!」
「えっ?それって」
僕は思わず反応した。
「プリティウーマンだろ?」
「♪アララララ〜フフフフ〜ン」
「なんだよ。歌詞知らないのか?」
「先生は?」
「知らん」

事務長は歌いながら遠ざかっていった。
そしてまたやってくる。鼻歌が聞こえてくる。

気になってしようがない。

「次は、ワンワンの結果説明か!」
50代の方に、検査結果を説明。人間ドックのだ。
人間ドックの患者さんは当院の大事なお客様だ。

さきほどの車椅子女性の結果が返ってきた。
「BUNが高いし、カリウムも少ない。アルブミンも低いし・・・1人暮らしですよね?」
「はい」
難聴の患者に代わりヘルパーさんが答えた。

「じゃ、入院で。田中くん!」
事務員は走ってきた。
「はい!」
「患者さんとヘルパーさんを詰所へお連れして」
「はあいっ!」

張り切って出て行った彼を尻目に、中年ベテランナースは振り向いた。

「ほっほ。お若いこと」
「♪ダダダダダダダダダ〜プリリ〜オ〜メ〜ン」
「若い子はいいわねえ」
「そりゃそうだろ。」
「田中君も、落ち込まなきゃいいけど」
「はあ?なして?」
「ユウキ先生も狙ってるんでしょうけど、彼女はダメよ」
「はあ?なぜに?ジェラシー?♪ダダダダダダダダダ〜」

「だって彼女、結婚してるもん」

ダルルルルルルルルルルルルルルル!

プリリーオーマイ(メルギブ泣き)!

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