「はああ!めしめし!」
僕は北野と職員食堂へ向かった。

ガラッと開けると人が少ない。医長が混じっていた。

「よう!しょくどうヘルニア君!」
「・・・?」
「字、間違えてたぞ!」
「先輩。胃カメラオーダー、多すぎます」
「すんません」

僕は今日の昼食をウインドウごしに覗いた。

とても人間の食べれるものではない・・・。

「北野。近くのうどん屋、行こう!」
「えっ?いいんですか?」
「いいって!いくぞ!いいよな?医長」
「いいでしょう」

なんでいちいちこの男の許可をもらわなくてはいかんのだ・・・!

外へ出て、8車線分の横断歩道を渡る。右へ曲がり、うどん店へ。気がつくともう昼の1時半。

食券を買い、カウンターで渡す。

「さ、5分で食うぞ!」
「そんなに速くですか?」
「2時からペースメーカーの植え込みがあるんだよ。ほら、この前夕方入院になった」
「水曜日の・・・テンポラリー(一時的ペースメーカー)入れた人ですね」
「遅れたら、総統にビンタされるぞ!」

うどんが来た。ヤケド覚悟で食べ始める。カウンターは隣の客どうしでキツキツだ。

「ユウキ先生。総統・・・窪田先生って人は、大学講師だったんですよね?」
「うん。ま、いろいろあって・・・今は民間病院の副院長だ。ずずう」
「講師になったら、次は助教授では?」
「そりゃ、狙ってたに決まってるだろ。ま、そこは大人の事情があったりで。ずずう」
「問題があったんですね・・・」
「俺らもいつどうなるか、分からんからね。ずずう」

僕はもう食べ終わり、北野を待つだけだった。

「できれば俺は、あの人にここの院長になってもらいたいんだけど」
「できる先生ですもんね」
「医長以外は賛成なんだが、事務長が難色を示してる。年齢がわりと高い(推定44歳)のと、オカマっぽいのと。何よりも医長と仲が良くないのが問題だ」
「年齢って関係あるんですか?」
「そりゃそうだ。心カテは50代になるとキツい。目がついていけない。僕はカテ年齢は40代半ば過ぎまでとみている。なので民間病院としては、まだまだ若いほうが」

 事務長から聞いていた話だ。外科医にしても、雇う立場としては年齢的因子も重要だ。すぐにオペ引退されて内科のパシリに成り下がっては困るからだ。

「医長もなあ。過去のことは忘れちまえよな・・・」
「何かあったんですか?」
「トシキら研修医が一生懸命やってたのを、上の奴らがなんか放ってたらしいんだよな」
「それはひどい・・・」

 有名な話だ。研修医数名が大学病院の病棟で取り残され、患者の急変など対処
させられた。たしか年末だ。ただでさえ人手不足のスタッフは旅行などを口実にほとんど
大学に姿をみせず、スタンドプレーの電話対応が中心だった。

 ひどい話だ。

 そこで医長はスカウトされ、いま僕らのいる病院へやってきた。大胆な奴だが、よほど追い込まれていたんだろうな・・・。それ以後この病院はただの消化器病院から、胸部内科中心の
メガヒット病院に成長した。

「大学の上の奴らは、自分の出世しか頭にないよ」
「はあ・・・」
「でも総統は反省してるよ。今はいい人。きっと民間病院で覚醒したんだ。貴重な症例だ」
「悪い人から、いい人にですか・・・」
「世の中、逆が多いのにな」

と僕は勝手に喋っていたが真偽のほどは分からず。人の真意は最後までわからない。

北野は箸をチンと置いた。

「よし、行くぞ!」
僕は振り返りダッシュした。北野も続く。

ちょうど歩行者信号は・・・青信号だ。
ポッポー、ポッポー、ポッポーの音に引き込まれながら、全力疾走。

なんとか渡りきり、すぐ後ろをバイクが通り過ぎた。たったいま赤になったようだ。
「あれ?」
振り向くと、北野は・・・。

横断歩道の向こうで立っている。
「どあるう!なにやってんだ!」
「すみませーん!お先にどうぞー!」
なにやら電話している。忙しい男だな。彼女がいるようには見えないんだが・・・。

時計を見るともう1時48分だ!急げ!
ドゥイット!ドゥイット、ババン!バン!

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