60歳前の男性は、すでにカテ室で寝かされている。ガラス窓ごしに見届け、また控え室に戻る。

総統は術衣に着替えていた。
「今日の患者さんは、前々からSSSって診断されてた人ね?」
「はい」
僕も着替えながら答えた。

「ええ尻してるわね。プリンプリン物語。ボンボン火星人」
「え?」
「いやいや・・・冗談冗談」

この先生の場合、冗談では済まされなかった。
しかし僕はギャグの受け答えは逃さなかった。

「予感がします予感がします!」
僕は顔をキョロキョロ左右に回した。

「じゃ、まずは冠動脈の造影をしましょか」
「はい」
「ま、純粋なスリーエスでしょうけどね。VVIでいいの?」
「主治医のシローたちと検討しましたが・・・若いですけどもともとADLが低いので」
「SSSがあったからADLが悪かったのじゃなくて?」
「ではないようです」
「そういう印象・・・予感?」
「予感?そうかな・・」
「予感がします予感がします」
そう言いながら彼は手洗いに向かった。

ザッキーは本を読んでいる。
「お疲れです!先生!」
「おう」
「頸部の膿瘍の人は・・・CRP下がってました!」
「ああ。さっきオレも知ったよ。よくなりそうだな」
「どうも・・・推測なのですが。僕が胃カメラをした際に・・・」
「ふーん。そうなのか?」
「いや、まだ話の途中ですが」
「それから?」
「僕が無理に胃カメラを強要したのがどうも、きっかけみたいで・・」

「きっかけ、というか原因原因!」
パソコンに向かってるシローが振り向いた。
「ユウキ先生。彼には厳しく言っときましたから」
「そっか。ザッキー。教訓にしとけよ!」
「はい!」

素直なザッキーに満足し、僕も手洗いへ。
外来ナースの目安箱の内容の件が気になったが・・・まあいい。
自分のためだけに怒ったりいつまでも根に持つのは、予後によろしくない。

僕に引き続き、医長もやってきた。僕は手をかざして水を受けた。
手洗いの場面はERの描写そのものだ。

「機嫌直ったか?医長」
「ミチル婦長がカンカンですね」
「今日からまた数日、大変だぞ・・・なんか言ってた?」
「ユウキ先生のことだけです」
「どあるう・・・どんな?」
「あとで山ほど申し送りがあると」
「モアだるう・・・」

僕らは自動ドアに入り、ガウンを着せてもらった。

医長が穿刺。透視画面にワイヤーが、上腕動脈→大動脈へとはっていく。
カテーテルがその道にそって入る。ワイヤーを抜いてカテーテルのみに。

カテーテルが左冠動脈の入口部にカクン、と入る。造影剤を入れながら引き抜き。
「はい。では・・・」
僕は角度調整。
「どうぞ!」

医長はペダルを踏み、と同時に造影剤を流す。繰り返し。

「医長先生。狭窄はない。な」
「はい。では右」

カテーテルを軽く抜き。今度は大動脈の右壁にぺタッと密着。上に上げながら・・回して
ストン、と入る。

僕は入った瞬間のモニターを横目で確認。
「よし。角度これで。いけ」
「はい」
医長はたんたんと確実にこなしていく。右冠動脈も狭窄はない。

「はい。じゃ、カテーテルはこれで終わろう。ペースメーカーいきましょう!」
http://www.medtronic.co.jp/crm/arryhthmia_device-implant.html
総統が僕らの間に入り、患者に説明している。

一時ペースメーカーは抜去された。

総統は患者の左に回りこむ。ザッキー、シローが消毒に徹する。
「窪田先生。切開線はここでいいでしょうか?」
あらかじめマジックで書いた胸の切開線。シローが書いておいたものだ。五百円玉くらいの大きさのペースメーカー本体が入るポケットの入り口だ。

「うん。きちんと鎖骨に沿ってるね。これでいい・・・予感がします予感がします」

誰も笑えなかった。

「じゃ、リード線は橈側皮静脈からね」
総統は麻酔を線に沿ってほどこし、サッとメスで切開。さらに麻酔を加えていく。
皮下脂肪のと筋肉の間をハサミで剥離していく。

ポケットが出来上がっていき。総統は指を3本入れる。
「大きさはこれでよし、と」

僕は交代し、三角筋と大胸筋との境界をモスキートで探りながら、橈側皮静脈の位置を見極めていく。脂肪組織の豊富なところがまさしくその場所だ。
「見えました」
「うん。じゃ、少しずつ脂肪取っていって」
「はい」
脂肪組織を少しずつ除去、剥離していくと・・・やがて奥にうっすらと青い紫の細い静脈
が見える。
「拍動なし。静脈。これですね」
「そ!しばって!」

総統の言い方はどこか変だった。

「2糸、かけます」
静脈の前後に1-0という太目の糸を軽く2箇所かける。
縛った2点間が切開点で、そこがリード(電極)の入る位置だ。

細い血管のその位置を、眼科用バサミで細かく切開する。最も気を遣うところだ。
で、すかさずそこに手話の「ぬ」型の器具、イントロデューサーを入れてそれでやっと
開いた穴めがけ、リードを挿入していく。

ナースが僕のフワフワ帽子の根元の汗をガーゼでぬぐう。

「不整脈、みといて」
僕は透視を見ながら、リードを進めていった。右心房と右心室の間、つまり三尖弁を・・・
通過した。右心室に入ったリードはそのまま・・・右心室の尖端へ。気持ち押して、リードが
少し曲がって止まる。
「窪田先生。ここでいいでしょうか・・?」
「そうだね・・はい!」

リードの根元を電極に接続し、設定を決定するためのペーシングを開始。
植え込み後の作動条件が決められていく。

「リードの固定は、自分が」
医長が代わる。彼はすでに大汗だった。

「ペースメーカーでございます」
総統が両手で大事そうに持ってきた。

医長は言葉を無視し受け取り、引き続きリード根元に接続していく。
ペースメーカーはポケットにヌルッと入っていく。
「トブラシン洗浄する」
シローが渡した抗生剤入りの注射器で、ポケット内を洗浄。
「シロー。縫合しろ」
「はい」

総統が見守る中、手技は順調に進んでいった。
「じゃ、そろそろ帰るから・・・」
「(医長以外)ありがとうございました!」
「今日はVVIだったから、比較的早かったね」

医長は縫合を見守り、僕は総統のあとに続いた。

「先生。ありがとうございました」
「寒いね。カテ室って冷房ききすぎじゃない?」
「そうですか」
「でもこの温度差がいいのよね。グスン」
「風邪・・大丈夫ですか?」

彼は手をさっと差し出し、顔を左右に振り続けた。

「オカンがしますオカンがします!」
「はあ?」
「悪寒がします悪寒がします」
「ああ。そういう意味!」

総統が着替え終わったところ、ナースらが迎えに現れた。
またミチル婦長が混じっている。

僕は反射的に隠れた。

総統は荷物を持って立ち上がった。
「婦長。詰所にお菓子ある?」
「ないです!」
「怒らないでよん。機嫌悪いわね。あ!さては・・・!」
「な、なによ?」
婦長の顔がだんだん恐ろしげになってきた。

総統はす〜っと息を吸い・・・

「ヨカンがしますヨカンがします!」
「はあ?このやらしい!」
総統は婦長のキックをよけ、笑いながら帰っていった。

頼むから、触らぬ神でおいといてくれよ・・・!

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