ダル5 ? 地震
2005年11月19日夕方4時。詰所では申し送りが行われている。
僕らはいつものように、戻ってきた検査伝票を確認していく。
同時に掲示板を参照。耳で申し送りを聞く。
医長はマイペースで指示を書き込む。
「婦長。申し送りが終わったら、IVHの介助を誰かに頼む」
「無理です」
婦長は強気で流した。
「家族には、今日やるって言ってあるからな」
「延期してください」
不機嫌な婦長も負けてない。僕らの手は止まっていた。
「IVHがすぐに済んだら、PTGBDドレナージチューブの造影確認・・」
「明日でお願いします」
「家族には今日するってもう説明を」
柔軟にやれ!医長!
かまってられず、僕は着々と1冊ずつ片付けていった。
「申し送り中すまんが・・・」
僕はナースの輪の中に入った。
「これだけ、ホントこれだけ。頼む」
「夜勤帯の指示ですか?」
準夜担当のおばさんナースが睨む。
「血圧下降時の指示だ。パッと今、目を通してくれ」
「フンフン・・はいはい」
「わかったの?いいか?」
「また後で見ます」
「見たフリすんなよな・・」
医長以外の3人は、医局へと戻った。
「北野が来ないな・・・」
パソコンのとこを見ても、いない。
「ま、どっかで見学でもしてるんだろ」
医局のテレビをつけた。
病棟の気になる患者の回診は、患者の食事時間帯以後。
なので今はそれまでの休憩時間だ。
「たこつぼ型疑いはどうなった?シロー」
僕はドカッとソファに腰掛けた。シローはキッチンでコーヒーメーカーと向かい合っている。
「カテ後はガンツでモニタリングしてますが、心不全は軽度です」
「酵素も上がらず?」
「アーハン!」
「壁運動も同様?」
「アーハン!」
「不整脈もなし?」
「アーハン!ユウキ先生のブラだらけの患者さんは・・・?」
「十分ではないが、まあ今回の部分は拡がったかな」
「反対側にも巨大なブラがあるだけに、怖いですね」
「循環器では心破裂が怖いけど、呼吸器でもブラのラプチャーが怖いよな!」
「もっともです」
整形の頑固じじいがキッチンに現れ、ビシャッと投げたお茶がシローにかかった。
「わっ!」
「フン」
「気をつけてくださいよ。先生・・・」
「なにがじゃボケ」
オペに出て行こうとしたジイを、僕は呼び止めた。
「今から、するので?」
「待機しとけよ!」
「それは時間によりけり」
「なんかあったら、どうすんねや?」
「それは先生の責任でしょうが!」
とは言えなかった。
「近くにはいますんで・・・」
結局、頭を下げてしまった。
ジイは勝ち誇って出て行く。
「あんな奴!怒鳴っちゃってくださいよ!」
ザッキーが構えのポーズをとる。シローも興奮している。
「こっちの責任にされたら大変ですよ?協力なんか必要・・」
「まあまあ。2人とも。おやめなさい」
とは言うものの、彼らの怒りで僕の不満がかき消されたようなものだった。
「怒りと怒りがぶつかっても、何も解決せんのです」
「ですけど・・・」
ザッキーは怒りがあらわだ。
「ありがとザッキー。ま、予後を常に考えよう」
一方的に意見を通されるのは嫌いだが、まだ許容範囲だと自分に言い聞かせる。
しかしこうして部下に同情してもらってるのはありがたい。
シローがコーヒーをカチャンと置いてくれた。
「ああどうも。休まる」
「さっきバイト先に電話しました・・・・年内には辞職の方向で」
「ああ、それ。すまんな・・・」
「事務長に知れたら、ヤバイですもんね」
ザッキーもすでに知っているらしく、小さくうなずいていた。
「シロー先生。ちょっと気になるんだが・・」
「はい?」
「変な宗教、勧められなかったか?」
「だ、だれに?」
「だれにって・・・・松田だよ。松田。バイト先の院長」
シローの動揺ぶりではどうやら図星だ。
「しゅ、宗教・・・いえ。知りません」
「天変地異とかなんとか言ってただろ?」
「なんか地震が近いうち、起こるとか・・・」
「楽しそうな表情なんだよ。これがまた・・・」
すると僕の前のテーブルが、ガタガタ揺れてきた。
「おいっ!みんな!伏せろ!」
僕は大声で叫んだ。シローはかなり驚いて壁まで走った。
「シロー!そこは本棚!危ない!・・・・はっはは!」
実は僕が勝手に揺らしただけだった。
「いやいや、なんか地震が起きそうな予感がして・・ヨカンがしますヨカンがします!」
「(一同)あっははははははは!」
「なんか。楽しげだなあ・・もっと働かしたろか!」
事務長が書類を持ってきた。
「でも私は宗教は、入りませんので」
「いやいや。違うよ」
僕は起き上がった。
「松田クリニックの院長だよ」
「先生のマブダチじゃないですか」
「誰がそう言ったよ!誰が?」
「最近、そこの患者さんがうちに来はじめましたね」
「診断や治療に疑問を感じて、ここに意見を求める人が増えたんだ」
「セカンドオピニオン?」
「いい線いってる!」
事務長は向かいに座った。
「そこでね。いや私も問い合わせたんですよ」
「クリニックに?お前また勝手な・・・」
「いえいえ。うちの病院って、病診連携ってあまりないでしょう?」
「ないね。一匹狼病院で、周囲は敵だらけだ」
「開業医との結びつきを・・」
「やめとけって!あんなレベルの低い・・・!」
「でもホラ、被害者である患者さんを、ユウキ先生らが助けることが
できるわけですよ?」
「うまいな。お前・・・これからは<孔明>って呼ばしてもらおう」
「そうすりゃ、患者さんの診断・治療を正してあげてまたクリニックに戻して
あげれば、両方とも万々歳じゃないですか!」
「オレはそこで、いったんクビにされたんだよ!それだけじゃないが・・・」
事務長はしかし、しつこかった。
「経営者も興味を示しておりまして・・・」
「またそれかよ」
「そこの院長と、わたし話し合ってみます」
「経営者の意見なら、俺たちの意見を出す余地がないじゃないか!」
「へへへ・・・」
「利口な奴だな!」
病診連携・・・つまり病院と診療所の連携。診療所で抱えた莫大な患者数。中には入院精査が必要な者もいるし、治療が必要な者もいる。しかしどこにでも紹介してしまえば、同じ診療所に患者が戻ってくる保証はない。
そこで、特定の病院と条約を結んでおけば、精査・治療目的で患者をその病院に送り、それが終わったらまたその診療所へ戻してもらう。病院にとっては空きがちなベッド数を常に充実させることができる。診療所のほうも患者のフォローがしやすくなる。
いや、それだけではない。実は・・・。
診療所から病院に(紹介した患者が入院中の場合)出向けば、手数料がもらえる。
病診連携における診療所の狙いはそこにもある。診察するかどうかは医者によるが、とりあえず病院に出向いて入院カルテに記入すれば、バイト料がもらえるのだ。
正直、開業医にはおいしい。休診日になると、彼らはこぞって出かけていくのだ。
ま、一部の開業医・・ということにしておくが。
「はあ。だる・・・あいつとまた組むのかよ」
「お世話になった先輩でしょうが」
事務長は廊下へ出かかった。
「世話したら、何してもいいのかよ!へナチン!」
「ボケチン!」
僕は事務長を押しのけ、回診へと向かった。
僕らはいつものように、戻ってきた検査伝票を確認していく。
同時に掲示板を参照。耳で申し送りを聞く。
医長はマイペースで指示を書き込む。
「婦長。申し送りが終わったら、IVHの介助を誰かに頼む」
「無理です」
婦長は強気で流した。
「家族には、今日やるって言ってあるからな」
「延期してください」
不機嫌な婦長も負けてない。僕らの手は止まっていた。
「IVHがすぐに済んだら、PTGBDドレナージチューブの造影確認・・」
「明日でお願いします」
「家族には今日するってもう説明を」
柔軟にやれ!医長!
かまってられず、僕は着々と1冊ずつ片付けていった。
「申し送り中すまんが・・・」
僕はナースの輪の中に入った。
「これだけ、ホントこれだけ。頼む」
「夜勤帯の指示ですか?」
準夜担当のおばさんナースが睨む。
「血圧下降時の指示だ。パッと今、目を通してくれ」
「フンフン・・はいはい」
「わかったの?いいか?」
「また後で見ます」
「見たフリすんなよな・・」
医長以外の3人は、医局へと戻った。
「北野が来ないな・・・」
パソコンのとこを見ても、いない。
「ま、どっかで見学でもしてるんだろ」
医局のテレビをつけた。
病棟の気になる患者の回診は、患者の食事時間帯以後。
なので今はそれまでの休憩時間だ。
「たこつぼ型疑いはどうなった?シロー」
僕はドカッとソファに腰掛けた。シローはキッチンでコーヒーメーカーと向かい合っている。
「カテ後はガンツでモニタリングしてますが、心不全は軽度です」
「酵素も上がらず?」
「アーハン!」
「壁運動も同様?」
「アーハン!」
「不整脈もなし?」
「アーハン!ユウキ先生のブラだらけの患者さんは・・・?」
「十分ではないが、まあ今回の部分は拡がったかな」
「反対側にも巨大なブラがあるだけに、怖いですね」
「循環器では心破裂が怖いけど、呼吸器でもブラのラプチャーが怖いよな!」
「もっともです」
整形の頑固じじいがキッチンに現れ、ビシャッと投げたお茶がシローにかかった。
「わっ!」
「フン」
「気をつけてくださいよ。先生・・・」
「なにがじゃボケ」
オペに出て行こうとしたジイを、僕は呼び止めた。
「今から、するので?」
「待機しとけよ!」
「それは時間によりけり」
「なんかあったら、どうすんねや?」
「それは先生の責任でしょうが!」
とは言えなかった。
「近くにはいますんで・・・」
結局、頭を下げてしまった。
ジイは勝ち誇って出て行く。
「あんな奴!怒鳴っちゃってくださいよ!」
ザッキーが構えのポーズをとる。シローも興奮している。
「こっちの責任にされたら大変ですよ?協力なんか必要・・」
「まあまあ。2人とも。おやめなさい」
とは言うものの、彼らの怒りで僕の不満がかき消されたようなものだった。
「怒りと怒りがぶつかっても、何も解決せんのです」
「ですけど・・・」
ザッキーは怒りがあらわだ。
「ありがとザッキー。ま、予後を常に考えよう」
一方的に意見を通されるのは嫌いだが、まだ許容範囲だと自分に言い聞かせる。
しかしこうして部下に同情してもらってるのはありがたい。
シローがコーヒーをカチャンと置いてくれた。
「ああどうも。休まる」
「さっきバイト先に電話しました・・・・年内には辞職の方向で」
「ああ、それ。すまんな・・・」
「事務長に知れたら、ヤバイですもんね」
ザッキーもすでに知っているらしく、小さくうなずいていた。
「シロー先生。ちょっと気になるんだが・・」
「はい?」
「変な宗教、勧められなかったか?」
「だ、だれに?」
「だれにって・・・・松田だよ。松田。バイト先の院長」
シローの動揺ぶりではどうやら図星だ。
「しゅ、宗教・・・いえ。知りません」
「天変地異とかなんとか言ってただろ?」
「なんか地震が近いうち、起こるとか・・・」
「楽しそうな表情なんだよ。これがまた・・・」
すると僕の前のテーブルが、ガタガタ揺れてきた。
「おいっ!みんな!伏せろ!」
僕は大声で叫んだ。シローはかなり驚いて壁まで走った。
「シロー!そこは本棚!危ない!・・・・はっはは!」
実は僕が勝手に揺らしただけだった。
「いやいや、なんか地震が起きそうな予感がして・・ヨカンがしますヨカンがします!」
「(一同)あっははははははは!」
「なんか。楽しげだなあ・・もっと働かしたろか!」
事務長が書類を持ってきた。
「でも私は宗教は、入りませんので」
「いやいや。違うよ」
僕は起き上がった。
「松田クリニックの院長だよ」
「先生のマブダチじゃないですか」
「誰がそう言ったよ!誰が?」
「最近、そこの患者さんがうちに来はじめましたね」
「診断や治療に疑問を感じて、ここに意見を求める人が増えたんだ」
「セカンドオピニオン?」
「いい線いってる!」
事務長は向かいに座った。
「そこでね。いや私も問い合わせたんですよ」
「クリニックに?お前また勝手な・・・」
「いえいえ。うちの病院って、病診連携ってあまりないでしょう?」
「ないね。一匹狼病院で、周囲は敵だらけだ」
「開業医との結びつきを・・」
「やめとけって!あんなレベルの低い・・・!」
「でもホラ、被害者である患者さんを、ユウキ先生らが助けることが
できるわけですよ?」
「うまいな。お前・・・これからは<孔明>って呼ばしてもらおう」
「そうすりゃ、患者さんの診断・治療を正してあげてまたクリニックに戻して
あげれば、両方とも万々歳じゃないですか!」
「オレはそこで、いったんクビにされたんだよ!それだけじゃないが・・・」
事務長はしかし、しつこかった。
「経営者も興味を示しておりまして・・・」
「またそれかよ」
「そこの院長と、わたし話し合ってみます」
「経営者の意見なら、俺たちの意見を出す余地がないじゃないか!」
「へへへ・・・」
「利口な奴だな!」
病診連携・・・つまり病院と診療所の連携。診療所で抱えた莫大な患者数。中には入院精査が必要な者もいるし、治療が必要な者もいる。しかしどこにでも紹介してしまえば、同じ診療所に患者が戻ってくる保証はない。
そこで、特定の病院と条約を結んでおけば、精査・治療目的で患者をその病院に送り、それが終わったらまたその診療所へ戻してもらう。病院にとっては空きがちなベッド数を常に充実させることができる。診療所のほうも患者のフォローがしやすくなる。
いや、それだけではない。実は・・・。
診療所から病院に(紹介した患者が入院中の場合)出向けば、手数料がもらえる。
病診連携における診療所の狙いはそこにもある。診察するかどうかは医者によるが、とりあえず病院に出向いて入院カルテに記入すれば、バイト料がもらえるのだ。
正直、開業医にはおいしい。休診日になると、彼らはこぞって出かけていくのだ。
ま、一部の開業医・・ということにしておくが。
「はあ。だる・・・あいつとまた組むのかよ」
「お世話になった先輩でしょうが」
事務長は廊下へ出かかった。
「世話したら、何してもいいのかよ!へナチン!」
「ボケチン!」
僕は事務長を押しのけ、回診へと向かった。
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