ダル5 ? 反面教師
2005年11月26日なんだかんだ働くうちに、もう夜の10時。
医局へ戻ると電気がすべて消えている。
パソコンも消えており、北野の姿もない。
明日で彼ともお別れだ。わけのわからん宿題まで出したが。
医局の内線が鳴る。事務当直だ。
『救急からの搬送依頼です』
「当直医はここにはいないよ。当直室は?」
『それが、出ないんです。電話に』
困った奴だ・・・。
『もう3件も断ってまして』
「オレ、違うのに・・・」
『じゃ、来てもらいますね。ガチャ』
「あ、おい!」
微かなピ〜ポ〜・・・が聞こえている。空に何重もこだまする。
遠ざかったと思ったら・・・また聞こえてくる。
「生化学の教授が、どうしたよ?」
僕はドアを開け廊下へ出て、当直室へ向かった。中は真っ暗のようだ。
「起きるんだよ!」
と言いながら、ノックする手はおとなしかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
なにも返事はない。
もう少し大きくたたいてみる。
「先生!先生!先生!」
・・・・・・・・・・・・・・・
やはり返事はない。
僕のPHSが鳴る。
「はい?」
『事務当直です。もう来ます』
「わ、わかってる!くっ!」
ドカンと戸を叩き、廊下から階段へ飛び乗る。
手すりを肘でスーッと滑り落ちていく。
救急部屋へ入ると、そこには老ナースが待っていた。
外来の雑用しかしてないような人だ。
「点滴は何を?」
「とりあえずポタコールを」
救急車が到着、僕はトランク側に立った。
ドアが上に開き、まず・・家族らしき中年男性が降りてきた。
引き続き、ストレッチャーを運ぶ救急隊。
「60歳の男性です。近医でメニエルで受診中!レベルは100-200!」
「顔が黒っぽい。呼吸は?」
「あります。1分で24回。1人暮らしで家族が偶然発見」
「いつからこうなったか分からないわけだな!」
マスク呼吸で自発はある。僕は手首で脈を確認しつつモニター装着。老ナースは点滴の準備中。
「おい!あんたもやれよ!」
「・・・・は?だって点滴の準備が」
「サッサとやって手伝えよ!」
呼びかけに対しては寝言のような反応。モニターでは脈は速めのサイナス。
とりあえず徐脈性不整脈ではない。だが頻脈という情報では何も診断はつかない。
あらゆる病気が頻脈の原因になりうる。
動脈血ガス・緊急採血を採取。
「動脈血、そこの機械で測定!」
老ナースに渡すが・・・。
「へ?よう分からん・・・」
「ルートとれよさっさと!」
測定器にかけ、点滴確保。これがまた・・・血管が見つからない。肥満が強い。
検査技師が入ってきて、通常検体を持っていく。
「IVHしよう。頸部からする」
僕は自分でセットを出し、患者・家族に簡単に呼びかけ手袋。
「ナース。ちゃんと首を支えてろよ!」
「・・・え?」
「ボケッとすんな!」
逆流あり、10センチほど入れて固定。点滴調節。
「心電図記録・・・どいてくれ!」
ジャマなナースをどかし、電極取り付け。反応の鈍い人間が足を引っ張ることで、
患者に不利益をもたらすのはゴメンだ。
12誘導は・・・STが全体的に1ミリほど下がっている。そういや眼瞼結膜、白っぽかったな。
超音波を引っ張る。
「STが下がってる。狭心症ですか?」
救急隊が覗いている。
「いや・・・心不全や壁の動きの悪い所見はないな・・・むしろ過剰運動です」
「といいますと?」
「貧血による変化でしょうね」
「原因は?」
「さあ。それはこれから」
奥さんと思われる人が後ろから近づいた。
「なんなのでしょうか?」
「今は貧血としか」
「メニエルでずっとかかっていたんです」
「耳鼻科で?」
「なんでも診てくれるところです」
「どこ?」
「松田クリニック・・・」
くそ!またあそこか!
マーゲンチューブからの出血はなし。
CTへ運ぶ。家族もついてくる。
「検査か何かを・・・?」
「採血を何回かしてくれる以外は何も・・」
「結果は持ってない?」
「くれないんです。ま、いいでしょうって、それだけ」
「・・・・・」
頭部CTは異常なし。脳梗塞は否定できずだが理学所見
からは積極的には考えにくい。がやはり鑑別に。
そのまま胸部CT。
「そのまま腹部も頼む」
技師にお願いする。
「事務長が保険の関係上、CTの部位は1日につき2箇所までって・・」
「あいつ、ほざくなよ。救急で2箇所も3箇所もあるか!」
CTは骨盤部まで。つまり全身をほぼ確認することになる。
「胸部の動脈瘤は・・・ないか。よかった。でも腹部はどうだか・・・ん?」
胸から腹部のほうにスライス画面が切り替わっていく。肝臓が映った。
「あ、これだよ!これ!」
肝臓の右葉内に、うっすらと黒い部分、中に白い部分。白いのは出血で、黒いのは、
いや黒いのも古い出血か。
「肝臓は縮小ぎみだな。肝硬変+肝癌のラプチャー(破裂)かな?」
幸いバイタルは頻脈くらいだ。しかしぞっとした。さっきマーゲンチューブ(鼻から胃に入ってるチューブ)を入れたとき。食道の静脈瘤でもあって当たっていたら・・・。
改めてチューブを確認、出血はない。
「消化器外科を呼んで。彼らの範囲だ」
当院では現在消化器内科がおらず、この分野は消化器外科に任せていた。コールして彼らが到着するまで、病棟にて待機。止血剤の指示を出す。
「血小板2万!ヘモグロビンは8.8g/dl!」
技師がデータを持ってきた。肝硬変で血小板が減少し、出血傾向でも相まって肝癌が内部で出血したとみた。通常、こういう出血ではショック状態となる。
しかしまた松田クリニックとは・・・。どうなってんだ。
これまでのデータをせがんだら、またブチ切れるんだろうな。
確かに開業医というのがどれほど大変かというのは知ってる。最初に億の借金を抱え、たとえば3-5年の目標を立てて<回収>にまわる。しかしその間にも人件費や思わぬ出費(医師会への出費、検査機器の故障、診療報酬の改正)、患者数の減少があったりで、経営してる本人としては焦ることもあろう。理性と忍耐が必要だ。
そこで本来の役目を忘れて、利己的診療・利益優先に走ってしまうとどうなるか。
何も知らない市民が犠牲になる。
ここはもう、その罪を犯しているのではないか。
こういう現実にはしばしば直面するが、肩を落とすのではなく反面教師として、自分への教訓にしよう。
・・・しかしそれは、その後の現代社会を象徴する縮図でもあった。
医局へ戻ると電気がすべて消えている。
パソコンも消えており、北野の姿もない。
明日で彼ともお別れだ。わけのわからん宿題まで出したが。
医局の内線が鳴る。事務当直だ。
『救急からの搬送依頼です』
「当直医はここにはいないよ。当直室は?」
『それが、出ないんです。電話に』
困った奴だ・・・。
『もう3件も断ってまして』
「オレ、違うのに・・・」
『じゃ、来てもらいますね。ガチャ』
「あ、おい!」
微かなピ〜ポ〜・・・が聞こえている。空に何重もこだまする。
遠ざかったと思ったら・・・また聞こえてくる。
「生化学の教授が、どうしたよ?」
僕はドアを開け廊下へ出て、当直室へ向かった。中は真っ暗のようだ。
「起きるんだよ!」
と言いながら、ノックする手はおとなしかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
なにも返事はない。
もう少し大きくたたいてみる。
「先生!先生!先生!」
・・・・・・・・・・・・・・・
やはり返事はない。
僕のPHSが鳴る。
「はい?」
『事務当直です。もう来ます』
「わ、わかってる!くっ!」
ドカンと戸を叩き、廊下から階段へ飛び乗る。
手すりを肘でスーッと滑り落ちていく。
救急部屋へ入ると、そこには老ナースが待っていた。
外来の雑用しかしてないような人だ。
「点滴は何を?」
「とりあえずポタコールを」
救急車が到着、僕はトランク側に立った。
ドアが上に開き、まず・・家族らしき中年男性が降りてきた。
引き続き、ストレッチャーを運ぶ救急隊。
「60歳の男性です。近医でメニエルで受診中!レベルは100-200!」
「顔が黒っぽい。呼吸は?」
「あります。1分で24回。1人暮らしで家族が偶然発見」
「いつからこうなったか分からないわけだな!」
マスク呼吸で自発はある。僕は手首で脈を確認しつつモニター装着。老ナースは点滴の準備中。
「おい!あんたもやれよ!」
「・・・・は?だって点滴の準備が」
「サッサとやって手伝えよ!」
呼びかけに対しては寝言のような反応。モニターでは脈は速めのサイナス。
とりあえず徐脈性不整脈ではない。だが頻脈という情報では何も診断はつかない。
あらゆる病気が頻脈の原因になりうる。
動脈血ガス・緊急採血を採取。
「動脈血、そこの機械で測定!」
老ナースに渡すが・・・。
「へ?よう分からん・・・」
「ルートとれよさっさと!」
測定器にかけ、点滴確保。これがまた・・・血管が見つからない。肥満が強い。
検査技師が入ってきて、通常検体を持っていく。
「IVHしよう。頸部からする」
僕は自分でセットを出し、患者・家族に簡単に呼びかけ手袋。
「ナース。ちゃんと首を支えてろよ!」
「・・・え?」
「ボケッとすんな!」
逆流あり、10センチほど入れて固定。点滴調節。
「心電図記録・・・どいてくれ!」
ジャマなナースをどかし、電極取り付け。反応の鈍い人間が足を引っ張ることで、
患者に不利益をもたらすのはゴメンだ。
12誘導は・・・STが全体的に1ミリほど下がっている。そういや眼瞼結膜、白っぽかったな。
超音波を引っ張る。
「STが下がってる。狭心症ですか?」
救急隊が覗いている。
「いや・・・心不全や壁の動きの悪い所見はないな・・・むしろ過剰運動です」
「といいますと?」
「貧血による変化でしょうね」
「原因は?」
「さあ。それはこれから」
奥さんと思われる人が後ろから近づいた。
「なんなのでしょうか?」
「今は貧血としか」
「メニエルでずっとかかっていたんです」
「耳鼻科で?」
「なんでも診てくれるところです」
「どこ?」
「松田クリニック・・・」
くそ!またあそこか!
マーゲンチューブからの出血はなし。
CTへ運ぶ。家族もついてくる。
「検査か何かを・・・?」
「採血を何回かしてくれる以外は何も・・」
「結果は持ってない?」
「くれないんです。ま、いいでしょうって、それだけ」
「・・・・・」
頭部CTは異常なし。脳梗塞は否定できずだが理学所見
からは積極的には考えにくい。がやはり鑑別に。
そのまま胸部CT。
「そのまま腹部も頼む」
技師にお願いする。
「事務長が保険の関係上、CTの部位は1日につき2箇所までって・・」
「あいつ、ほざくなよ。救急で2箇所も3箇所もあるか!」
CTは骨盤部まで。つまり全身をほぼ確認することになる。
「胸部の動脈瘤は・・・ないか。よかった。でも腹部はどうだか・・・ん?」
胸から腹部のほうにスライス画面が切り替わっていく。肝臓が映った。
「あ、これだよ!これ!」
肝臓の右葉内に、うっすらと黒い部分、中に白い部分。白いのは出血で、黒いのは、
いや黒いのも古い出血か。
「肝臓は縮小ぎみだな。肝硬変+肝癌のラプチャー(破裂)かな?」
幸いバイタルは頻脈くらいだ。しかしぞっとした。さっきマーゲンチューブ(鼻から胃に入ってるチューブ)を入れたとき。食道の静脈瘤でもあって当たっていたら・・・。
改めてチューブを確認、出血はない。
「消化器外科を呼んで。彼らの範囲だ」
当院では現在消化器内科がおらず、この分野は消化器外科に任せていた。コールして彼らが到着するまで、病棟にて待機。止血剤の指示を出す。
「血小板2万!ヘモグロビンは8.8g/dl!」
技師がデータを持ってきた。肝硬変で血小板が減少し、出血傾向でも相まって肝癌が内部で出血したとみた。通常、こういう出血ではショック状態となる。
しかしまた松田クリニックとは・・・。どうなってんだ。
これまでのデータをせがんだら、またブチ切れるんだろうな。
確かに開業医というのがどれほど大変かというのは知ってる。最初に億の借金を抱え、たとえば3-5年の目標を立てて<回収>にまわる。しかしその間にも人件費や思わぬ出費(医師会への出費、検査機器の故障、診療報酬の改正)、患者数の減少があったりで、経営してる本人としては焦ることもあろう。理性と忍耐が必要だ。
そこで本来の役目を忘れて、利己的診療・利益優先に走ってしまうとどうなるか。
何も知らない市民が犠牲になる。
ここはもう、その罪を犯しているのではないか。
こういう現実にはしばしば直面するが、肩を落とすのではなく反面教師として、自分への教訓にしよう。
・・・しかしそれは、その後の現代社会を象徴する縮図でもあった。
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