「薬剤部からです」
若く美人の女性薬局長だ。しかし結婚している。
「現在検討中の薬剤ですが・・・ラミシール錠。水虫・・などに使用する薬」
「ああ、あれね」
事務長が関心を示す。

「1日1錠で、投与は数ヶ月持続させるものです。1日1回で値段が高い薬ですが・・」
「希望したのはユウキ先生?ははは」事務長は笑う。
「殴られたいのかお前・・・」
みんな笑い出した。

事務長は時計を見始めた。
「では次の議題・・」
「待って。まだあります」薬局長が遮る。
「ゾロ品(後発品)への変更に、当院も移行していく時期となりました」
「そうだったね」事務長が聞き入る。
「院外薬局を設けて、ゾロ品を豊富にそろえる・・・これはもうすでに決定事項ですが」
「病棟の注射などは慎重にやりましょうか」

ゾロ品、つまり後発品は安いので変更しにくい理由はあまりない。しかし特殊な薬に関しては
ゾロ品の作りようがないものもある。

「では次の議題・・」
「待ってまだ」薬局長が止める。
「はい?」
「夜間に、誰か薬局に入っていた形跡があります」
「ドロボウ・・?」
「いえ。守衛によれば出入りはチェックしてましたんで」
「内部の人間?」

みんなザワめいた。

「コップが2つ。そのうち1つは口紅ありだそうです」
「ナースと、その男?」
僕の指摘でみんな笑い始めた。

事務長もなにやらひらめいた。
「窪田先生とその男?」
みんなワッハハハ・・と沸いたのは数秒だけだった。

事務長は静める。
「ごめんごめん。で・・・ほかには?」
「ソファや仮眠用の毛布がクシャクシャで・・」

僕らは・・あらぬものを想像していた。

「そんなことを・・」事務長は焦った。
「病院でそんなことをするとは・・・!」
彼はナワヤのように拳を握り締めた。

「なにを考えてるのよ!」
ミチル婦長が小さく噴火した。
「男ってみんなもうスッケッベでもう・・・!」
「パードン?」
事務長はとぼける。そこが余計苛立たせる。

夜間、スタッフが病院のどこか密室でイチャイチャするって話はどこででも聞く。
しかしそれが一体誰なのか・・どういう組み合わせなのか気になる。完全に
興味本位の話題だった。

薬局長は恐怖?におののいていた。
「ユウキ先生、たぶん・・・」
彼女は僕を見た。
「はあ?オレが?」
「いえいえ。ほら、あの学生さん・・」

みな固まり、一瞬時間が止まった。

「(一同)わっはっはっははは!」

「何回かここを出入りしてたのを、見たことあるんです!」
話題が完全に逸脱していた。
「女性のほうは知りませんけど・・・」
「うーん。なんかプライベート的だね」
事務長は鼻の下を伸ばした。

「学生さんであるにしろないにしろ・・・若さゆえの過ちですかね」
誰も笑わない。
「学生さんも今日で終わりですから。ま、いいんじゃないですか?」
「おいおい。北野のせいでいいのかよ?」
僕は指摘した。
「北野が夜中に飲みに行ってたんだってな・・・単にその帰りかもな」

軽く流し、次の話題に。

「ナースサイドからどうぞ」
事務長は総婦長に促した。

「があ。ドクターたちにいろいろ言っておきたいことがあります」
「オレのほう見るなよ・・」僕は困った。
「があ。療養病棟の婦長さんから聞きましたけど、一般病棟に比べてドクターの
運ぶ足が少ないと」
「ま、それは・・」僕は少し小さくなった。

「療養病棟で手がかからない人とはいえ、患者様ですから」
「そうだな。うんうん」
「先生方も日頃お忙しい身ではありますけども」
「はいはい」
「はいは1回でよろし!」
「はい」

総婦長の話は終わり、ミチル婦長より。

「そこに配ってありますのは、以前に提案がありましたクリニカルパス形式の・・」
事務長が提案した、クリニカルパス式の一覧表だ。

横軸に時間、縦軸は・・・各患者ではなく、各スタッフの名前。
時間ごとに、それぞれの動きが書き込まれている。

「もう1枚は、ドクターごとに分けた患者重症度分類表」

 横軸に日付け、縦軸に各患者名。空欄には日ごとに記号が書き込まれている。軽症(いつでも退院可能)〜中等症(治療中)〜重症(当分無理)〜重篤(改善見込みなし)のレベルに分かれる。これは主治医が医局で毎朝記入させられ、事務長らがこれに従い入退院の運びを行う、というものだった。

「これをするようになって、非常に把握がしやすくなりました。ですよね事務長」
「これで、各スタッフの動き・配置、各患者の至的退院時期というのを決めやすくなりましたね・・・」
「では今後も続けていくということで」

会も終わりにさしっかかった。

「さて。最後は私からだ」
事務長は腰を進ませ座りなおした。
「当院では基本的に、バイトは中止だ」
いきなり本題から入ったようだ。内容もすぐに分かった。

「ユウキ先生」
「はいよ」
「そういう規則を破った人間をかばうってのは、果たして正しいのかな」
「シローは・・シローはそこやめるってよ。だからその・・もういいだろ」
「何事もそうだけど、私のほうに逐一報告してもらわないと困る」
「んー。ま、そうだったな」
「先生のような行為を許せば、同じようなことが起こってくるんですよ」
「うん。ま・・・悪かったな」
恥ずかしかったが、反省することにした。

「本来なら、シロー先生もユウキ先生も処分を考えるところでしたが」
「・・・・・・・」
「聞けばあの松田クリニックじゃないですか」
「ああ」
「ちょうど友好関係を築こうと考えていた矢先だったので・・・今回は
特別なケースとして考えます」
「シローをそのまま・・・働かせるのか?」
「場合によっては」
「本気かよ・・?」
「けいえ・・」
「経営者の意向だろ?はいはい」

何を言ってもダメなようなので、従うことにした。

「でも事務長。連携する診療所は選ぼうぜ」
「その選別などは、ここで引き続き話し合っていく予定です」
「オレは今回だけ?」
「ええ」
「さらし者にして終わりか・・」

「先生!ダメよ!」
ミチル婦長が威嚇した。
「いいかげんなとこは、きちんと直す!」
「知らん」

僕は1人、会議室を出て行った。
医長が走ってついてきた。

「ユウキ先生。やはり正直にと思って」
「オマエか。このバカ!密告野郎」
「良心に従うことにしたわけで・・」
「そうやってオマエは・・・自分だけ守ればいいんだよ」

僕は3歩進んだが・・・ふと考え直した。

「医長。すまんすまん。オレはあまりに正面から言われると、こうすぐに従えない人間なんだ」
「こちらこそすみません」
「ま、来週からも頑張ろう」
「はい・・・」

彼は気まずそうに立ち尽くしていた。

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