ガランとした待合室に座っている北野はいつもの地味な格好とは裏腹だった。遊び人風というか、とにかく着飾っていた。胸にペンダントもある。

 童顔の彼は値踏みするように僕を見上げ・・いや見下ろしていた。

「北野。心配したぞ・・・」
「ま、ここ座ってくださいよ」
「?ああ」
僕は白衣を脱ぎ、横に腰掛けた。向かいには患者番号の表示板に大型テレビ。

「まあ、いろいろ観察させてもらいましたっと」
「観察?見学だろが」
「まあ何とでも」
彼は膝上の大きなカバンを両手で守った。

「今日は忘れ物を取りにきたんでね・・」
「なんかいつもと違うぞ?お前」
「いえいえ。ふだんからこうだから」
「なあ北野。お前。何かしたか?」
「え?べつに」
「あちこちのパソコンのデータがおかしくなったり、薬局の出入りがあったり・・」

彼は何も答えようとはしなかった。

「おい北野!聞いてるか?」
「まだだな・・」
彼は事務室の奥を遠目で覗き込んだ。

「まだって・・・?受診でもしたのか?」
「約束があるからな・・・」
腕時計を見ている。

「なあ北野。お前がいったい何しにここへ来たかわからんが・・」
「信念・・・」
彼はテレビを凝視していた。
「信念だよ。先生・・・」
「わけがわからん」
「先生の出した宿題の答えだよ」
「宿題・・・ああ。医者の条件か。いきなり変なヤツ・・・」

田中事務員が封筒を持ってきた。
「ユウキ先生までここに?」
彼は気まずそうだった。

「そうだよ。悪いか?」
僕は封筒を受け取ろうとしたが、横から北野が奪い取った。
「な・・」

北野は封を破り、中をごそごそ確認した。

「・・・間違いない」
「ありがとうございました」
田中君は深々と礼をした。

「じゃ。もうこれで」
北野は口数少なく立ち上がった。すかさず彼の片手に握ってあったタウンページが、僕の頭に振り下ろされた。

「いてっ!てめえ!」
と言いたいところだったが、患者が数名おり反撃しにくい。
「1回。叩いただろうが。暴力医者」

僕はダークサイドに落ちぬよう我慢した。しかし北野はまだ言い足りない。

「ユウキ。アンタは宿題出すだけ出しておいて・・・」
「はあ?知るかよ」
「そっちの答えは何だったんだ?」
「オレのほう?」
「どういう医者を・・目指すべきなんだ?参考までに聞いてやるから」
「てめえ、ほんとに学生なのかよ?」
「答えは?」

僕はどうしようかと思ったが、とりあえず答えた。

「それは・・・<庶民性>だよ。アンダーソン君。別に珍しい答えでもない」
「貧乏人ってこと?」
「お前には分からんよ」

僕の文句を聞くまでもなく、彼は出口の自動ドアを出て行った。
田中事務員がゆっくり帰ろうとする。

「おい田中くん!」
「は、はい!」
「封筒にいくら入ってた?」
「じじ、十万・・・」
「あっそう?お金入れてたわけ?」
「あっしゃー・・・ダイヤモンド」
「だる!ふるう!」

事務長もやってきた。3人で<北野>の後姿を見送る。

「なんで、学生に金なんか払うんだ?事務長」
「あのですね」
「ホントの事言えこの!」
「ええ。話しますよ!話す・・・!実は大学からの紹介ではなく、あの学生さんが自らモニターを望んで」
「モニター?俺たちは商品か?」
「でもまさか、夜中にパソコン荒らしてるなんて・・・」

 事務長もそれとなく気づいていた。しかし何をされたかもわからず、どう対処していいかも分からない。当院のデータを彼が盗み見したところで、何の得が・・・。

事務長は北野の座っていたイスに座り込んだ。

「ま。金は約束ですから。仕方ないでしょう」
「で。どういう評価だったんだ?」
「逐一、メールで経営者のアドレスへ」
「なんだよ。俺たちは見れないのか!」

 経営者も日頃の僕らの態度が気になっているんだろうか・・・。しかし、僕の評価は散々なことになりそうだな。

ザッキーが荷物を抱え、内股でゆっくり近づいてきた。
「ひ〜!ひ〜!」
「どしたんだ?」
「くそお。事務長。北野はどっち・・・?」

「もう出て行ったようですよ」
「さっき、後ろからカンチョウされて・・・」
それで彼は内股なのか。

「ザッキー。どうやら、とんでもないヤツだったようだよ」
「ユウキ先生が?」
「スカタン!北野だよ!」
「詰所に聞いたら、あいつナースを食いまくりですよ!」
ザッキーは興奮していた。
「しかもキレイどころばっかり!」
「薬局で遊んでいたわけか・・やれやれ」

僕は立ち上がった。
「やっぱ許せんよな・・ザッキー!」
「オカマされたの、初めてですよ・・・たたた」
「よし!」

僕は駐車場で出た。

「行くぞ!ザッキー!おいシロー!」
車に乗りかけたシローに叫んだ。
「ちょっと来いよ!」
「今から西松屋で買い物を・・・」
「今から北野を追いかける!」
「先生。男なんか追いかけなくても・・・」
シローは呆れながら、ドアを閉めた。

赤い車が僕らをかすめ、遠くへ走っていく。

事務長が僕の後ろに立った。
「何か起こりそうな予感がしますね・・・」
「そう!まるでおい・・アレみたいだな」
「ああ。あれね」
「分かるのか?」
「い、いえ」

駐車場は僕らだけになった。

「ある映画のラストだよ。<嵐が来る>って」
「嵐・・・ゲームセンター」
「ちがうがな!」
「ええ冗談。で、嵐が来るわけで・・?」
「そこでヒロインがこうつぶやくんだ」
「な、なんと・・?」

「すいちょうけん!」※
僕はこめかみのネジを回した。

<信念>か・・・。そういう言葉を安易に使うなよ。

『これこれチンネン』

それは珍念(<一休さん>の坊主の1人)!

          < 完 >

※ 実際は「分かってる」。←『ターミネーター』のサラ・コナー
 のセリフです。

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