3RDSPACE 30.

2006年1月3日
早朝。

真吾が早めに医局に着くと、土方がもう座っていた。
テレビをパッと消す。

土方は決して目を合わせず。横顔に威圧感。

「先生。わしがあれだけ言うたでしょうが・・・」
「すみません」
「なるほど。昨日は帰って寝たわけですな。よくわかりました」

そこへいきなりシローが入ってきた。
「はあ、はあ。ターミナルの患者さんが。呼吸不全で」
当直だったシローが息を切らしている。
「ハア、ハア。主治医は・・・君だよ。真吾」

真吾は焦って病棟へ降りていった。

土方は白衣にゆっくり着替えた。
「亡くなる寸前の患者までいるのに、真吾先生はよく家に帰れるもんですな。シロー先生」
「いえ。昨日までは安定していた患者さんで」
「主治医ならね。そういうことはあってはならんのですよ」
「そ、そうですね・・・」
土方の言葉には説得力があった。

「そういう医者に限って、スタンドプレーばっかりするものです」
「真吾は僕らも協力して」
「地獄を見せることですな。ま、間もなく見ることになるでしょう」
「?」

シローにはまだ意味が分からなかった。

いきなりシローの携帯が鳴る。
「シローです。え?呼吸停止?」

さっきの患者だ。シローは走った。

病室では真吾が心臓マッサージを施行開始。
「お、お願いします」
「アンビューは誰が?」
シローは呼吸を補助し、挿管した。夜勤明けナースが人工呼吸器を引っ張ってくる。

真吾はマッサージを続けた。

「違うんですよ先生!」
土方が現れた。
「肘が曲がっておるよ!肘はまっすぐ!押す場所はここ!胸骨下部!
手のひらの下部分で押さないと!」
「はい!」

顔を真っ赤にしながら真吾はマッサージに専念した。

「ほら先生!木だけを見ない!森も見る!」
土方の激が飛ぶ。しかし適切だ。

真吾は動揺したがやっと意味が分かり、モニターや周囲を確認する。

40分が経過。

 処置はかなわず、死亡確認。真吾にとって初めての死亡確認だった。

「真吾先生。勉強しとるのか?」
「・・・・・・」
「何からしていいのか分からんのですか?」
「・・・・・・」
「それができなければ、終わりですな。ここを去るしか」

シローが歩み出た。
「僕らが指導を・・」
「それはせんでいいのです!さもないと、甘えた医者になるよ!見なさい真吾先生!」

真吾はうつむいたままだ。

「君の先輩方は非常に素晴らしいよ!大学ではこういう心配してくれる者なんかいないからね!ここのスタッフらに、わしは一目置いとる!でも先生は、彼らの足元にすら及んでないじゃないか!」

土方は残酷ながら、半分思いやりの言葉を投げつけた。

シローはため息をつき、手袋を外して去った。

真吾は詰所に入り、各担当患者のカルテを数冊抜いた。
「ゼロからやるなんて・・・」

 シローや身近な人間から耳学問したかったが、土方の教えは
あまりにもキツイ。だがここで凹むかどうか。そこにかかっている。

 それは同級の臨床医からイヤというほど聞かされた数々の<武勇伝>が参考だ。

妻の言葉を思い出した。
『過去の経験を生かす・・・』

「過去の経験なんて、生かせるかどうか・・・」
まず患者を回診することにした。
「僕は基礎医学の教室で、どうやって勉強してたのかな・・」

1つ浮かんだ。

「論文・・いや失礼。患者を診て・・・思ったことをとりあえず書いてみようか」

真吾は患者を回診したあと、ポケットからメモを取り出した。
そのときそのときに聞いた患者の訴え。所見など。

「これで何も生まれなければ、終わりだ」

詰所に入り、真っ白な用紙を準備。患者ごとに分けて書く。
患者はまだたった13人しか受け持っていない。

「60歳男性。急性心不全・・・・低酸素と貧血、癌の既往・・・歩行困難」
ごちゃまぜになったメモを、じっと見つめる。
「そうだ。まず重要な順番を・・重要なのは呼吸だ。そして脈・・・」
 理学所見を中心に、上段から重要な所見が書き込まれる。まだ下書き。

 自然とペンが進む。手を動かすと、自ずと考えが組み立てられていく。いつの間に?

「呼吸は評価したか。血液ガス。ペーハーが高い。これはなぜか・・・」
矢印をどんどん引っ張っていく。

「過換気・・・ではなかった。すると・・・カリウムか」
他の項目を見て、関連付けていく。
「カリウムが低い。投与が少ないのか。出すぎなのか・・・尿量が多すぎ。しかし尿はほしい。利尿剤は・・・そうだ。アルダクトンだけにして」

右の欄に、治療への決定事項が書かれていく。

 この効率的な作業は。そうだ。基礎医学の教室で自然とやっていたことだ。

「できるぞ。できるじゃないか。すると、この人の病名は・・・」
別の紙に書かれていく。重要な病名から。

「急性心不全。発症時間は・・・原因は・・・キッカケは」
教科書の<心不全>を開く。
「これも・・・ありか、これも・・・心電図は?知りたい」
自然な欲求が徐々に生まれてくる。

基礎の教室で培った態度を、そのまま反映させることは可能だ。
「なぜ?」と思えるかどうか。思えば追求すればいい。当たりをつけたら、今度は流れだ。実験のときの感覚が蘇る。

基礎医学時代の純粋な好奇心が、彼を徐々に目覚めさせていく。

「病態の流れは・・・活動性は。何で見るか」
レントゲンを横にズラッと並べる。
病棟の心不全患者のカルテも積み上げられている。

「トシキ先生の所見・・・ユウキ先生」
彼は他のカルテをどんどん研究していく。

「このときこうなって・・・ははあ。そうか。それでこの指示を・・・!」
洞察力でテンポが増していく。もはや時間も関係なくなっていく。

「そうだったのか・・・!妻よ。ありがとう・・・!」

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