3RDSPACE 49.
2006年1月4日曇り空の下、車はジグザグ道を懸命になぞっていた。
「あいつ。八百長なんかしやがって・・・」
「あいつって事務長?え?や・・八百屋?うっ?いっ?」ドライバーの田中がチラッと見た。
「なんでもない。前みろ」
また考え事をしていたところ、キキーッ、と急ブレーキがかけられた。
ベルトを忘れていた僕は、そのままダッシュボードの上にアゴを叩きつけられた。
「いてえ!」
「先生。ベルトしてなかったんですね」
「ててて・・・だからなんだよ」
血の味がしたのもつかの間、目の前は工事の警備員が手を振っている。
<バツ>のサインだ。通れないようだ。
「くく・・・松田が言ってたな。俺らにバツが当たるって」
「バツでなく、バチでしょう?」
「同じだ!」
事務長がなにやら交渉しているが、警備員は首を横に振るだけ。
僕は携帯を見ていた。電波が全く立たない。
事務長はこちらの運転席に話しかけた。
「この先、行き止まりだって言うんだよ。ホントかどうか・・・」
「困りましたね。ナビでは・・」
僕の横の田中はナビを拡大して見ている。
事務長は僕に挨拶した。
「すんませんね。ユウキ先生」
「おい。バイアグラ、使ったのか?」
「いえ。ここぞという時のためにとってます」
「携帯の電波が1本も立たないぞ?」
「あの病院とこの周辺・・全部ダメですよ」
「どうりで鳴らないわけか・・・」
「バイアグラ飲んだら立ったりして」
「だる・・・嫌いだよ。お前が」
田中はナビで検索を続けるが・・・。
「ダメです。これ以外、大阪に通じる道がない。Uターンしか」
「別ルートで検索してくれ」
と言いつつ事務長は自分で操作した。
「Uターンすると、倍以上の時間がかかる・・・」
事務長と田中は肩を落とした。
僕はナビ画面をじっと見ていた。
「道路以外に、何か・・・これは?」
「これは駅です」
「駅?この路線はどこへ・・・」
路線を指でたどっていく。画面はどんどん西へ進み・・・。
「JRか。天王寺方面へ行ける!」
「ですが先生。駅へ通じる道自体が」
田中の言葉を無視し、僕は車外に出た。
「病院が大学に乗っ取られるんだぞ。ハカセって医者が言ってた。それも時間の問題っぽい・・・」
「事務は押さえましたって」
「土方がいる。おそらく彼がからんでる」
「救急患者を選別しただけでしょうが?」
「いや。多分カンでは・・」
「<多分>は70%ですよ?」
「まあお前にとっては、俺たちだろうが大学だろうがいいんだろうが・・」
駅の方角である左を見ると、急斜面の山だ。雨雪が降ったあとで、泥道だ。下に川がある。手前は藪が多そうだ。
「川に橋が・・見える。それを越えたら、その向こうが線路か」
「先生。ちょっとちょっとそれは・・」
事務長は背中を引っ張った。
「やめてくださいよ先生!先生らは大事な商売道具ですので」
「商売道具だからって心配するのか?」
「な?どうしたんですか先生。疲れすぎかな。あたた。頭が」
「こんなとこで髄膜炎か?」
「ててて・・・先生。すみませんすみません」
「オレは三蔵法師じゃねえぞ!」
「言います言います!言いますから・・・!」
こうしている間にも、僕らは強い風をモロに受けている。
「な。いいだろ事務長!」
「バイアグラ飲んだんです。実は。それのせいでしょうか?」
「いつ飲んだ?」
「さっきです。大阪に帰ったころに効果が出るかと・・」
「副作用の頭痛か。呆れた」
「ててて・・・」
「おい、医長!じゃない元医長!」
事務長の後部座席で寝ている元医長を起こした。
「は、はい・・・もう着いたのでしょうか・・・」
「着いたよ。あとは下れば」
「はいはい・・」
トシキは寝ぼけたまま、藪の前に立ちはだかった。
「ヤブですか。僕へのイヤミでしょうか?病院はどこに・・・?」
「寝ぼけるな。あそこだ。病院は」
駅のあるであろう山のふもとを指差した。
「じゃ、行くか」
僕はザッと足を踏み出した。
「車は・・・」トシキはだんだん目覚めてきた。
「駅はすぐそこだから。ほれ!」
僕は彼の腕を引っ張り、山の斜面をザザザッ、と降りはじめた。
「先生!労災はおりまんよ!」
事務長が後ろから叫んだ。
「医者が自分の命を粗末にしていいんですか!」
「患者のためならいいだろ!」
僕は言い返し、もと医長と坂を下り始めた。
腰ほどのヤブ。ズボンがこすれていく。当時の収入には影響なかった。
幸い、足幅ほどのけもの道が木と木の間をぬって見えてきた。
「はあ、はあ、はあ」
不安と疲れ、寒さで体がヒンヤリとする。おかげで眠くならない。
「はあ、はあ・・・いてっ!」
何やら大きな葉っぱに手首が当たったと思ったら・・・引っかかれたような傷、それと遅れて血が出てきた。もと医長は腕をとって見た。
「大丈夫。静脈血です」
「だる!」
彼は僕の後ろをついてきた。足音と息遣いが気になる。
ついにはカカトまで踏まれた。
「おい!すぐ後ろを走るな!」
「前に行きましょうか?」
「それもイヤだな・・・」
「じゃ、ちょっと離れます」
彼は3メートルほど離れたところへ歩いた。
「ここでいいですか?」
「あ、ああ」
またゆっくり降りはじめた。
「トシキ。もし川の流れる音が聞こえたら・・・」
トシキはいきなり走って降りはじめた。
「おい待て!そんないつも1番にこだわるな!」
拍車をかけ、彼はますますスピードを上げていった。
しかしこちらは木と木の間を抜けるので精一杯だ。
同じ光景ばっかりで不意に不安になる。
しかし下っているわけだから、正しいはずだ。
「トシキ、できればペースを上げて・・うわあ!」
僕はそのまま浅い泥水の中を転げまわった。
「あいつ。八百長なんかしやがって・・・」
「あいつって事務長?え?や・・八百屋?うっ?いっ?」ドライバーの田中がチラッと見た。
「なんでもない。前みろ」
また考え事をしていたところ、キキーッ、と急ブレーキがかけられた。
ベルトを忘れていた僕は、そのままダッシュボードの上にアゴを叩きつけられた。
「いてえ!」
「先生。ベルトしてなかったんですね」
「ててて・・・だからなんだよ」
血の味がしたのもつかの間、目の前は工事の警備員が手を振っている。
<バツ>のサインだ。通れないようだ。
「くく・・・松田が言ってたな。俺らにバツが当たるって」
「バツでなく、バチでしょう?」
「同じだ!」
事務長がなにやら交渉しているが、警備員は首を横に振るだけ。
僕は携帯を見ていた。電波が全く立たない。
事務長はこちらの運転席に話しかけた。
「この先、行き止まりだって言うんだよ。ホントかどうか・・・」
「困りましたね。ナビでは・・」
僕の横の田中はナビを拡大して見ている。
事務長は僕に挨拶した。
「すんませんね。ユウキ先生」
「おい。バイアグラ、使ったのか?」
「いえ。ここぞという時のためにとってます」
「携帯の電波が1本も立たないぞ?」
「あの病院とこの周辺・・全部ダメですよ」
「どうりで鳴らないわけか・・・」
「バイアグラ飲んだら立ったりして」
「だる・・・嫌いだよ。お前が」
田中はナビで検索を続けるが・・・。
「ダメです。これ以外、大阪に通じる道がない。Uターンしか」
「別ルートで検索してくれ」
と言いつつ事務長は自分で操作した。
「Uターンすると、倍以上の時間がかかる・・・」
事務長と田中は肩を落とした。
僕はナビ画面をじっと見ていた。
「道路以外に、何か・・・これは?」
「これは駅です」
「駅?この路線はどこへ・・・」
路線を指でたどっていく。画面はどんどん西へ進み・・・。
「JRか。天王寺方面へ行ける!」
「ですが先生。駅へ通じる道自体が」
田中の言葉を無視し、僕は車外に出た。
「病院が大学に乗っ取られるんだぞ。ハカセって医者が言ってた。それも時間の問題っぽい・・・」
「事務は押さえましたって」
「土方がいる。おそらく彼がからんでる」
「救急患者を選別しただけでしょうが?」
「いや。多分カンでは・・」
「<多分>は70%ですよ?」
「まあお前にとっては、俺たちだろうが大学だろうがいいんだろうが・・」
駅の方角である左を見ると、急斜面の山だ。雨雪が降ったあとで、泥道だ。下に川がある。手前は藪が多そうだ。
「川に橋が・・見える。それを越えたら、その向こうが線路か」
「先生。ちょっとちょっとそれは・・」
事務長は背中を引っ張った。
「やめてくださいよ先生!先生らは大事な商売道具ですので」
「商売道具だからって心配するのか?」
「な?どうしたんですか先生。疲れすぎかな。あたた。頭が」
「こんなとこで髄膜炎か?」
「ててて・・・先生。すみませんすみません」
「オレは三蔵法師じゃねえぞ!」
「言います言います!言いますから・・・!」
こうしている間にも、僕らは強い風をモロに受けている。
「な。いいだろ事務長!」
「バイアグラ飲んだんです。実は。それのせいでしょうか?」
「いつ飲んだ?」
「さっきです。大阪に帰ったころに効果が出るかと・・」
「副作用の頭痛か。呆れた」
「ててて・・・」
「おい、医長!じゃない元医長!」
事務長の後部座席で寝ている元医長を起こした。
「は、はい・・・もう着いたのでしょうか・・・」
「着いたよ。あとは下れば」
「はいはい・・」
トシキは寝ぼけたまま、藪の前に立ちはだかった。
「ヤブですか。僕へのイヤミでしょうか?病院はどこに・・・?」
「寝ぼけるな。あそこだ。病院は」
駅のあるであろう山のふもとを指差した。
「じゃ、行くか」
僕はザッと足を踏み出した。
「車は・・・」トシキはだんだん目覚めてきた。
「駅はすぐそこだから。ほれ!」
僕は彼の腕を引っ張り、山の斜面をザザザッ、と降りはじめた。
「先生!労災はおりまんよ!」
事務長が後ろから叫んだ。
「医者が自分の命を粗末にしていいんですか!」
「患者のためならいいだろ!」
僕は言い返し、もと医長と坂を下り始めた。
腰ほどのヤブ。ズボンがこすれていく。当時の収入には影響なかった。
幸い、足幅ほどのけもの道が木と木の間をぬって見えてきた。
「はあ、はあ、はあ」
不安と疲れ、寒さで体がヒンヤリとする。おかげで眠くならない。
「はあ、はあ・・・いてっ!」
何やら大きな葉っぱに手首が当たったと思ったら・・・引っかかれたような傷、それと遅れて血が出てきた。もと医長は腕をとって見た。
「大丈夫。静脈血です」
「だる!」
彼は僕の後ろをついてきた。足音と息遣いが気になる。
ついにはカカトまで踏まれた。
「おい!すぐ後ろを走るな!」
「前に行きましょうか?」
「それもイヤだな・・・」
「じゃ、ちょっと離れます」
彼は3メートルほど離れたところへ歩いた。
「ここでいいですか?」
「あ、ああ」
またゆっくり降りはじめた。
「トシキ。もし川の流れる音が聞こえたら・・・」
トシキはいきなり走って降りはじめた。
「おい待て!そんないつも1番にこだわるな!」
拍車をかけ、彼はますますスピードを上げていった。
しかしこちらは木と木の間を抜けるので精一杯だ。
同じ光景ばっかりで不意に不安になる。
しかし下っているわけだから、正しいはずだ。
「トシキ、できればペースを上げて・・うわあ!」
僕はそのまま浅い泥水の中を転げまわった。
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