NURSESIDE A ? 動揺
2006年2月23日大部屋に入ると、72歳の男性が頻呼吸。座位をとっている。かがむような感じだ。
押さえつけようとするナースらに、容赦なくキックが飛ぶ。本人の意思ではなく、<バリスム>という錐体外路症状だとあとで推定された。自分の意志とは裏腹に、手足をいきなり投げ出すという症状だ。
僕はアンビューを受け取り、患者の口にあてがった。
「波多野じいさんと同じく、COPDの人だ!二酸化炭素は安定していたものと・・・!」
「先生!ルートは!」婦長はモニターをつけ始めた。
「なんでもいい!」
「そうじゃなくて!」
「ポタコール(リンゲル液:生食と同様にナトリウム濃度が高く、血管内から逃げにくい。なので血圧など循環維持目的。ただし心臓が悪いと、濃い液のため仕事量↑させ心不全起こすことあり)。とりあえず!」
オーク軍団3人は完全にビビっており、壁に背を引っ付けている。
新人が細い吸引チューブをつまんで、先を吸引瓶の薄い消毒液につけようとするが、手が震えてチューブが瓶に入らない。
また患者の足が飛び、ぶつかった婦長は床に叩きつけられた・・が、すぐに這い上がった。
「新人さん!吸痰を!」
「え?」美野と同様新人の池田は、今目覚めたように聞きなおした。
「もういい!」
婦長は池田を横にずらし、患者の顔の横から吸引チューブを鼻に突っ込んだ。
ジュジュジュジュジュ・・・・と痰の取れる音。
患者は苦しそうに顔をブンブン放り投げる動き。
「あっ・・・・!とれ・・・とれた!」
チューブ内に、いきなり濃いネバっこそうな痰が流れていった。
さらにシャキシャキしたナース(澪)が入ってきた。他病院のICU/CCU勤務の経歴。
聴診器を当てている。
「ウィーズ(喘鳴)が聞こえます先生」
「そっか」
「サクシゾンかなにかを」
「そ、そうだな。でも・・」
オークらは目をギョロギョロさせている。完全に体が固まっていた。
中堅どころ、新人のメガネっ子である池田(医局人気No.2。 21歳)がモニター装着、抑制などにまわる。
「SpO2は・・・よかった!上がってきてる!」
婦長はそれとともに患者の状態をくまなく観察した。
途中、澪の聴診器とぶつかった。
澪は僕に即断を迫らせる。
「先生!どうします!挿管?」
「そ、そうかんって?だって今は痰も取れて・・・」
「CO2が高い?血ガス(動脈血ガス分析)を?」
「ああ、あせらせるなよ・・・」
「澪さん。そんな慌てさせずに・・・!」
婦長はそう言いたかったが・・気を配り言えなかった。
「そうだな。ケツガスする」
「痰をとった直後なので・・」もうちょっとしてから、と婦長は言いたかったがこれまた言えず。
背後に動揺する自分がいて、なかなか踏み出せない。いつもの婦長らしくない。
これも事故の後遺症というやつなのか。
「どうぞ」澪がキットをわたし、ぼくは採血。
「はい。これ」
「点滴に何か入れます?」澪がまた焦らせる。
「う、うん。喘鳴はむしろ痰によるものだったかもしれないし・・・この人喘息は・・・いやあるかもな」
婦長は内心、イライラしていた。
「山内さん。楽になった?」
「ああ。ヒーヒー・・ありがとう・・ヒーヒー」
僕は聴診器を当てた。
「脈が速いので、テオフィリンとホクナリンはやめとこう。ステロイドもなあ・・・澪さん。じゃあビソルボンを。吸入も」
「それだけでいいんですね?」澪は返してきた。
「それだけって・・・?」
「いや。何かあるかなと思って」
婦長はオークら3人よりも、この澪が気になっていた。確かに集中治療のベテランではあったらしいが、ドクターの
領域に踏み込もうとする。アドバイスと言えばそれまでだが、要するにでしゃばりすぎなところがあるのだ。
オークらはふだんは態度がでかいが、いざ救急など治療のことになると雲隠れする。婦長としては澪とオークを足して2で割りたかった。
ともあれ、窒息しかけた患者は抑制帯から解放され、少量の酸素吸入ですんだ。
婦長は廊下で澪を後ろから呼んだ。
「澪さん。ちょっと・・」
「はい婦長さん」
「ユウキ先生方は胸部内科だし、基本的には彼らの指示が中心なのよね。だから」
「知ってます」
「澪さんも一応ナース側なんだから、まずは患者さんの周囲の処置を優先して」
「えっ?いけませんか」
「ドクターの指示出しのタイミングのこともあるし」
「じゃあそれを待てばいいんですね?」
「う、うん・・・」
不服そうな返事だ。新人は慕ってくれるが、中堅以上はなかなかスンナリ頷かない。
だが婦長には分かっていた。ここのナースら大半は自分とほぼ同期か年上。
数年前の婦長は超高齢。何でも好きにさせてくれていたという噂だ。しかも最近は人手不足が進み、ナースらの
不満は増すばかりだ。
当然、通常日勤勤務が基本である婦長への風当たりもよくない。
ミチルとしては、上下関係を緩和した人間関係を目指していた。しかしそれは結局、各人の個性を露出させすぎた
結果となってしまった。各人が、各人の立場で主張する。
重症部屋では医長がアウトプットの測定を終え、詰所に戻った。
「心筋梗塞の患者さん。食事を開始する。退院に向けての指導を頼む。リーダー美野」
「えっ?もう退院なんですか?」
「スムーズにいけば、退院は5日後あたりだ」
「心筋梗塞でも5日で退院を?」
「うん。確かに急性期の2週間は大事だが。西日本のとある教育病院で研修してきてね」
「・・・・・へえー」
「そこでは急性心筋梗塞の入院期間は4日だよ。平均4日!」
医長は非常に影響されやすいタイプだった。
オークらは詰所に戻ってきた。大奥が先頭。
「あーあ。あせったあせった!」
「まことですねえ」(中・小奥)
「はよメシにならんかな。メシ!」
「ホンマですねえメシですねえ」(中・小奥)
「みんなシーツ交換も入浴介助も・・終わったな?」
「はい!終わりました!」(中・小奥)
婦長は受話器を下ろした。
「では大奥さんたち。胃カメラ、CTなどのお迎えをお願いいたします!あ」
オークらに押され、さきほどの新人の池田がやってきた。
「あ、あたしも指導とか終わりましたので。あたしが・・」
「あ、行ってくれる?頼むわ」
「はい。ではあたしと・・」
「あたいら、手が空いたら行くからとりあえずアンタ、行きいや!」
大奥が圧倒する。
「は、はい・・・」
たぶんオークらは手伝いには向かわないだろうと婦長には分かった。
夜勤明けは荷物をかかえ、詰所を出て行く。
「おつかれでーす(夜勤明け2名)」
「おつかれー!(その他)」
アルコール性肝炎の巣鴨さんが入ってくる。
「外出用紙、下さいな」
「パチンコ。だめよ」婦長はお見通しだった。
「へへ。そういや明日退院予定のばあさんな。咳がまだ出るって。先生の前だから遠慮したって」
「あなたには負けるわね・・・」
婦長はサインを受け取り、リーダーに渡した。
「主治医のユウキ先生から許可はもらってるわ。気をつけて!」
朝の11時。日勤者はこのあたりで、いかに仕事を終わらせておくかが大事だ。
リーダー美野は時計を見ていた。
「婦長さん。真吾先生だけですね。まだ報告してないのが」
「当直とはいえ、これは寝すぎね」
「行ってきましょうか・・・」
「ダメ!あなたはリーダーなんだからここ!」
婦長はキッと上階にあたる天井を見上げた。
「たたき起こす!」
後方から数人が拍手した。だがオークらは・・・影でなりを潜めていた。
押さえつけようとするナースらに、容赦なくキックが飛ぶ。本人の意思ではなく、<バリスム>という錐体外路症状だとあとで推定された。自分の意志とは裏腹に、手足をいきなり投げ出すという症状だ。
僕はアンビューを受け取り、患者の口にあてがった。
「波多野じいさんと同じく、COPDの人だ!二酸化炭素は安定していたものと・・・!」
「先生!ルートは!」婦長はモニターをつけ始めた。
「なんでもいい!」
「そうじゃなくて!」
「ポタコール(リンゲル液:生食と同様にナトリウム濃度が高く、血管内から逃げにくい。なので血圧など循環維持目的。ただし心臓が悪いと、濃い液のため仕事量↑させ心不全起こすことあり)。とりあえず!」
オーク軍団3人は完全にビビっており、壁に背を引っ付けている。
新人が細い吸引チューブをつまんで、先を吸引瓶の薄い消毒液につけようとするが、手が震えてチューブが瓶に入らない。
また患者の足が飛び、ぶつかった婦長は床に叩きつけられた・・が、すぐに這い上がった。
「新人さん!吸痰を!」
「え?」美野と同様新人の池田は、今目覚めたように聞きなおした。
「もういい!」
婦長は池田を横にずらし、患者の顔の横から吸引チューブを鼻に突っ込んだ。
ジュジュジュジュジュ・・・・と痰の取れる音。
患者は苦しそうに顔をブンブン放り投げる動き。
「あっ・・・・!とれ・・・とれた!」
チューブ内に、いきなり濃いネバっこそうな痰が流れていった。
さらにシャキシャキしたナース(澪)が入ってきた。他病院のICU/CCU勤務の経歴。
聴診器を当てている。
「ウィーズ(喘鳴)が聞こえます先生」
「そっか」
「サクシゾンかなにかを」
「そ、そうだな。でも・・」
オークらは目をギョロギョロさせている。完全に体が固まっていた。
中堅どころ、新人のメガネっ子である池田(医局人気No.2。 21歳)がモニター装着、抑制などにまわる。
「SpO2は・・・よかった!上がってきてる!」
婦長はそれとともに患者の状態をくまなく観察した。
途中、澪の聴診器とぶつかった。
澪は僕に即断を迫らせる。
「先生!どうします!挿管?」
「そ、そうかんって?だって今は痰も取れて・・・」
「CO2が高い?血ガス(動脈血ガス分析)を?」
「ああ、あせらせるなよ・・・」
「澪さん。そんな慌てさせずに・・・!」
婦長はそう言いたかったが・・気を配り言えなかった。
「そうだな。ケツガスする」
「痰をとった直後なので・・」もうちょっとしてから、と婦長は言いたかったがこれまた言えず。
背後に動揺する自分がいて、なかなか踏み出せない。いつもの婦長らしくない。
これも事故の後遺症というやつなのか。
「どうぞ」澪がキットをわたし、ぼくは採血。
「はい。これ」
「点滴に何か入れます?」澪がまた焦らせる。
「う、うん。喘鳴はむしろ痰によるものだったかもしれないし・・・この人喘息は・・・いやあるかもな」
婦長は内心、イライラしていた。
「山内さん。楽になった?」
「ああ。ヒーヒー・・ありがとう・・ヒーヒー」
僕は聴診器を当てた。
「脈が速いので、テオフィリンとホクナリンはやめとこう。ステロイドもなあ・・・澪さん。じゃあビソルボンを。吸入も」
「それだけでいいんですね?」澪は返してきた。
「それだけって・・・?」
「いや。何かあるかなと思って」
婦長はオークら3人よりも、この澪が気になっていた。確かに集中治療のベテランではあったらしいが、ドクターの
領域に踏み込もうとする。アドバイスと言えばそれまでだが、要するにでしゃばりすぎなところがあるのだ。
オークらはふだんは態度がでかいが、いざ救急など治療のことになると雲隠れする。婦長としては澪とオークを足して2で割りたかった。
ともあれ、窒息しかけた患者は抑制帯から解放され、少量の酸素吸入ですんだ。
婦長は廊下で澪を後ろから呼んだ。
「澪さん。ちょっと・・」
「はい婦長さん」
「ユウキ先生方は胸部内科だし、基本的には彼らの指示が中心なのよね。だから」
「知ってます」
「澪さんも一応ナース側なんだから、まずは患者さんの周囲の処置を優先して」
「えっ?いけませんか」
「ドクターの指示出しのタイミングのこともあるし」
「じゃあそれを待てばいいんですね?」
「う、うん・・・」
不服そうな返事だ。新人は慕ってくれるが、中堅以上はなかなかスンナリ頷かない。
だが婦長には分かっていた。ここのナースら大半は自分とほぼ同期か年上。
数年前の婦長は超高齢。何でも好きにさせてくれていたという噂だ。しかも最近は人手不足が進み、ナースらの
不満は増すばかりだ。
当然、通常日勤勤務が基本である婦長への風当たりもよくない。
ミチルとしては、上下関係を緩和した人間関係を目指していた。しかしそれは結局、各人の個性を露出させすぎた
結果となってしまった。各人が、各人の立場で主張する。
重症部屋では医長がアウトプットの測定を終え、詰所に戻った。
「心筋梗塞の患者さん。食事を開始する。退院に向けての指導を頼む。リーダー美野」
「えっ?もう退院なんですか?」
「スムーズにいけば、退院は5日後あたりだ」
「心筋梗塞でも5日で退院を?」
「うん。確かに急性期の2週間は大事だが。西日本のとある教育病院で研修してきてね」
「・・・・・へえー」
「そこでは急性心筋梗塞の入院期間は4日だよ。平均4日!」
医長は非常に影響されやすいタイプだった。
オークらは詰所に戻ってきた。大奥が先頭。
「あーあ。あせったあせった!」
「まことですねえ」(中・小奥)
「はよメシにならんかな。メシ!」
「ホンマですねえメシですねえ」(中・小奥)
「みんなシーツ交換も入浴介助も・・終わったな?」
「はい!終わりました!」(中・小奥)
婦長は受話器を下ろした。
「では大奥さんたち。胃カメラ、CTなどのお迎えをお願いいたします!あ」
オークらに押され、さきほどの新人の池田がやってきた。
「あ、あたしも指導とか終わりましたので。あたしが・・」
「あ、行ってくれる?頼むわ」
「はい。ではあたしと・・」
「あたいら、手が空いたら行くからとりあえずアンタ、行きいや!」
大奥が圧倒する。
「は、はい・・・」
たぶんオークらは手伝いには向かわないだろうと婦長には分かった。
夜勤明けは荷物をかかえ、詰所を出て行く。
「おつかれでーす(夜勤明け2名)」
「おつかれー!(その他)」
アルコール性肝炎の巣鴨さんが入ってくる。
「外出用紙、下さいな」
「パチンコ。だめよ」婦長はお見通しだった。
「へへ。そういや明日退院予定のばあさんな。咳がまだ出るって。先生の前だから遠慮したって」
「あなたには負けるわね・・・」
婦長はサインを受け取り、リーダーに渡した。
「主治医のユウキ先生から許可はもらってるわ。気をつけて!」
朝の11時。日勤者はこのあたりで、いかに仕事を終わらせておくかが大事だ。
リーダー美野は時計を見ていた。
「婦長さん。真吾先生だけですね。まだ報告してないのが」
「当直とはいえ、これは寝すぎね」
「行ってきましょうか・・・」
「ダメ!あなたはリーダーなんだからここ!」
婦長はキッと上階にあたる天井を見上げた。
「たたき起こす!」
後方から数人が拍手した。だがオークらは・・・影でなりを潜めていた。
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