NURSESIDE A ? 激突
2006年2月24日「真吾先生!真吾先生!」
ドンドンドン、と婦長は当直室をたたく。
「起きてますか?真吾先生!」
全く返事がない。ドアノブをガチガチと回し、引く。が、引けない。
「鍵が!くっ!」
「あーあ。それじゃあダメダメ」後ろからジャージの男がノブに手をかけた。
「このドアは押すんですよ。婦長さん」
「きゃあ!」
婦長はビックリした。男は真吾だった。歯磨きしている。
「しゅごしゅご・・・・おはよう」
「お・・おはようございます」とりあえず一礼。
「婦長さんゴメン。もう降りるから」
「昨日は大変だったのは分かりますが・・」
「ああもう!それはね!ちょっとこっちへ!」
「?」
真吾はそのまま医局へと入り、洗面台に向かった。
コップでモゴモゴうがいする。
「んぐんぐんぐ・・・」
「山ほど申し送ることが」
「パアッ。んぐんぐんぐ・・・」真吾は待てよと手を小さく振った。
「え?なにこれ?」
婦長は医局の床に散乱している本に気づいた。散乱というか、毎日の当直医などが
残していったマンガ本などが、机などから落ちて散らばっていたのだ。
婦長はその1冊を取り上げた。
「いや・・・!やらしい!」
真吾はブハーと床に吐き出してしまった。
ミチルは赤面していた。マンガのよくある巻頭グラビアヌードを見て動揺したようだ。
「真吾先生たち、こんな本ばかり読んでいるんですか?」
「か、勝手に触らないでくれよ!」
バシッと彼は本を奪い、また床へ放り投げた。
「ぼ、僕のじゃない。大学からくる臨時の当直医のだ!」
「大学の先生・・・」
「おとなしいドクターとか、来てるだろ?」
「若い先生?そんなヒトには見えないんですけど」
「男だから、しょうがないだろ?」
屈強な男は白衣に着替えた。
ミチルはまたさっきの本を取り上げた。
「?・・・後ろになにかマジックで」
「え?あ!」
「<真吾用>?きゃあああ!」
婦長は慌てて廊下へ出、そのまま詰所まで走ってきた。
「ミチル。どうした?」男勝りの主任がリーダーと立っていた。
「はあ!い、いえ」
「なに?なんかされたの?えっ」
「真吾先生・・・起きてた」
「走ってもどるこたあないだろ」
「・・・・・検査の患者さんは、みな戻った?美野さん」
「いえ。まだです」リーダーは平然と答えた。
「大奥さんらは手伝いに行った?」
「大奥さんたち3人組は・・・・いえ。食事前の準備を大部屋で」
「池田さん1人で行かせたの?」
「・・ですかね」
「ですかねって。もう。手が空いてる人がいるなら、行かさなきゃ!」
「あ。あたしが言うんでしょうか」
「当たり前よ!あなたはリーダーなんだから!」
「でもこわい・・・」
リーダーは主任に助けを求めた。
「は?知らないよ」主任はプイッと下を向いた。
「余計なことには、あたし関わらない」
リーダーは婦長を向いた。
「ふちょうさん・・・」
「さ、行ってきなさい」
「でもリーダーは詰所から離れたらいけないって」
「あたしが待ってる。さ、行って」
「はい・・・」
リーダーはとぼとぼと、オーク軍団のところへ歩いていった。
婦長は主任のほうを向いた。
「フミ。ホントにやめるの?」
「うん」
「3年、いっしょにやってきたのに・・・」
「仕事だけの問題じゃないからなー」
「そこは・・いいの?」
そこ、とは主任の次の職場を指す。
「福利厚生バッチリ。内薬処方はタダ」
「それはここも同じでしょ?」
「というか、もうここは疲れてねー・・・」
「民間病院だったわね。ここより規模が小さい」
「アンタの言いたいことは分かるよ。真珠会の系列だからだろ?」
図星だった。ライバルの真珠会は淀川以北の<北>領域で勢力を拡大している。
しかしあまりにも残酷な勤務、コストオンリー主義は医療関係者の間で恐れられていた。
「なにかこう、不安なのよ」
「あたしのことだから、いいじゃないか」
「だからよ」婦長は根から心配していた。
「どういう雰囲気の職場かは知らないよ。あたしゃ。でもコストが魅力なんだ」
「・・・・・・」
「独身で大事にされてるお嬢さんには、分からないよ」
「ご主人と子供が・・」
「そうだよ。マンションの支払いだってある。ダンナの稼ぎも少ない。あたしがやるしかないだろ?」
「・・・・・」
「探りを入れてプランを立てたいとこだけど、そうもいかないのさ」
目の前にあることにとびつくのが精一杯ということか。
2人とも独身の頃は楽しかった。どんなに辛い目にあっても、自分やお互いの仕事のことで悩めばそれでよかった。マイナスをプラスにする力さえあった。
しかし友人が結婚して・・それは幸せなことだったに違いないが・・・何かが狂い始めた。友人は仕事をすべてにするわけにはいかなかった。自分を犠牲にしてでも守らねばならないものがあったからだ。
あと2週間で有給に入り、のち退職する主任は親友の手を握った。
「ま、あたしがいなくなってもアンタは大丈夫だろうけど」
「何言ってるの・・まだまだよ」
「アンタもここがイヤになったら、うちに来なよ」
「うん・・・」思ってはないが、思いやりで返事した。
主任の手は離れていった。
「グスン。グスン」
小刻みに小泣きしながら、リーダーは帰ってきた。
「どうしたの?」
「大奥さんらが・・・大奥さんらがあ・・・グスン」
「何か言われたの?でしょ?」
「婦長さあん・・・」
リーダーは子供のように、婦長のほうへゆっくり倒れこんだ。
「何てこと・・・」
廊下を食事を運ぶワゴンが、通り過ぎていく。
「美野さん。午後は心カテもあるし。気を取り直しましょう」
「婦長さん。あの人たち、怖いんです」
「あたしが言うから。大丈夫」
「ううん。あの人たち、婦長さんの前ではまだおとなしいですけど・・違うんです」
「あたしには、逆らわせないわよ。行ってくる!」
婦長はワゴンの後ろを歩き、大部屋のオークらを探した。
「大奥さん!手伝いに降りるわよ!大奥さん!」
どこにも・・・見当たらない。
「大奥さん!おお・・」
「なんでしょうか」
横にやってきたのは中奥だった。
「大奥さんは?」食事の運びを手伝っている最中だ。
「ですから。なんでしょうか?」ふてぶてしいオークは婦長を凝視した。
「用があるの!」
「伝えますけど」
「検査の迎えに行くわよ。人数は多いほうがいいわ」
「あたしが行きます」
「あなたはそのまま、食事の介助を手伝って」
「いえいいんです。行きますから」
「・・・・・・」
仕方なく、中奥と婦長はエレベーターに向かった。
ふと気が付くと、どうやら携帯がまた振動している。
ポケットの中をのぞくと・・どうやらまた、あの<被害者>だ。
出たいところだが、今回は到底無理だ。
あとでかけなおすことに。
「中奥さん。よかったら教えてほしいんだけど」
「何を?」
「大奥さんのこと。リーダーの新人にキツイ事言わなかった?」
「さあ。何を言ったんでしょうか」
中奥はしらばっくれる。
エレベーターがチン、と開いた。
中には所狭しと大きなベッドが占領していた。手前ギリギリに新人の池田がはりついていた。
「ああ!大丈夫?」
婦長は走り、急いでエレベーターの開延長ボタンを押した。
池田・中奥はよいしょと巨大なベッドを引っ張った。点滴台が数本ひっついているため慎重を要する。
「みんな!手伝って!」
婦長の大声で、数人が廊下の奥から走ってきた。
池田はベッドの後ろへ廻り、エレベーターからベッドを押し出す・・ところだった。
またミチルのポケットが振動する。
「もう!しつこい!」
あまりにしつこいので何度もプッシュし、切った。
ミチルが待つところ、中奥も入ってきた。
「さーてと。よっこらせっと」
中奥はボタンを押したところ、何を思ったかエレベーターのドアが急にスライドしてきた。
ドアはそのまま、出て行く間際の池田の顔・肩を直撃した。
「きゃあ!」
彼女のメガネが吹っ飛んだ。
婦長は手を伸ばしたが、スライドしたドアは虚しく閉まった。かけつける足音が聞こえ、やがては消えていく。
「な!何するのよ!」ミチルは手を振り上げた。
「え?あ。、間違って<閉>押してもうたのかな。だろか」
「この・・・・・!」
振り上げた手を元に降ろすまで、かなりの時間を要した。
ドンドンドン、と婦長は当直室をたたく。
「起きてますか?真吾先生!」
全く返事がない。ドアノブをガチガチと回し、引く。が、引けない。
「鍵が!くっ!」
「あーあ。それじゃあダメダメ」後ろからジャージの男がノブに手をかけた。
「このドアは押すんですよ。婦長さん」
「きゃあ!」
婦長はビックリした。男は真吾だった。歯磨きしている。
「しゅごしゅご・・・・おはよう」
「お・・おはようございます」とりあえず一礼。
「婦長さんゴメン。もう降りるから」
「昨日は大変だったのは分かりますが・・」
「ああもう!それはね!ちょっとこっちへ!」
「?」
真吾はそのまま医局へと入り、洗面台に向かった。
コップでモゴモゴうがいする。
「んぐんぐんぐ・・・」
「山ほど申し送ることが」
「パアッ。んぐんぐんぐ・・・」真吾は待てよと手を小さく振った。
「え?なにこれ?」
婦長は医局の床に散乱している本に気づいた。散乱というか、毎日の当直医などが
残していったマンガ本などが、机などから落ちて散らばっていたのだ。
婦長はその1冊を取り上げた。
「いや・・・!やらしい!」
真吾はブハーと床に吐き出してしまった。
ミチルは赤面していた。マンガのよくある巻頭グラビアヌードを見て動揺したようだ。
「真吾先生たち、こんな本ばかり読んでいるんですか?」
「か、勝手に触らないでくれよ!」
バシッと彼は本を奪い、また床へ放り投げた。
「ぼ、僕のじゃない。大学からくる臨時の当直医のだ!」
「大学の先生・・・」
「おとなしいドクターとか、来てるだろ?」
「若い先生?そんなヒトには見えないんですけど」
「男だから、しょうがないだろ?」
屈強な男は白衣に着替えた。
ミチルはまたさっきの本を取り上げた。
「?・・・後ろになにかマジックで」
「え?あ!」
「<真吾用>?きゃあああ!」
婦長は慌てて廊下へ出、そのまま詰所まで走ってきた。
「ミチル。どうした?」男勝りの主任がリーダーと立っていた。
「はあ!い、いえ」
「なに?なんかされたの?えっ」
「真吾先生・・・起きてた」
「走ってもどるこたあないだろ」
「・・・・・検査の患者さんは、みな戻った?美野さん」
「いえ。まだです」リーダーは平然と答えた。
「大奥さんらは手伝いに行った?」
「大奥さんたち3人組は・・・・いえ。食事前の準備を大部屋で」
「池田さん1人で行かせたの?」
「・・ですかね」
「ですかねって。もう。手が空いてる人がいるなら、行かさなきゃ!」
「あ。あたしが言うんでしょうか」
「当たり前よ!あなたはリーダーなんだから!」
「でもこわい・・・」
リーダーは主任に助けを求めた。
「は?知らないよ」主任はプイッと下を向いた。
「余計なことには、あたし関わらない」
リーダーは婦長を向いた。
「ふちょうさん・・・」
「さ、行ってきなさい」
「でもリーダーは詰所から離れたらいけないって」
「あたしが待ってる。さ、行って」
「はい・・・」
リーダーはとぼとぼと、オーク軍団のところへ歩いていった。
婦長は主任のほうを向いた。
「フミ。ホントにやめるの?」
「うん」
「3年、いっしょにやってきたのに・・・」
「仕事だけの問題じゃないからなー」
「そこは・・いいの?」
そこ、とは主任の次の職場を指す。
「福利厚生バッチリ。内薬処方はタダ」
「それはここも同じでしょ?」
「というか、もうここは疲れてねー・・・」
「民間病院だったわね。ここより規模が小さい」
「アンタの言いたいことは分かるよ。真珠会の系列だからだろ?」
図星だった。ライバルの真珠会は淀川以北の<北>領域で勢力を拡大している。
しかしあまりにも残酷な勤務、コストオンリー主義は医療関係者の間で恐れられていた。
「なにかこう、不安なのよ」
「あたしのことだから、いいじゃないか」
「だからよ」婦長は根から心配していた。
「どういう雰囲気の職場かは知らないよ。あたしゃ。でもコストが魅力なんだ」
「・・・・・・」
「独身で大事にされてるお嬢さんには、分からないよ」
「ご主人と子供が・・」
「そうだよ。マンションの支払いだってある。ダンナの稼ぎも少ない。あたしがやるしかないだろ?」
「・・・・・」
「探りを入れてプランを立てたいとこだけど、そうもいかないのさ」
目の前にあることにとびつくのが精一杯ということか。
2人とも独身の頃は楽しかった。どんなに辛い目にあっても、自分やお互いの仕事のことで悩めばそれでよかった。マイナスをプラスにする力さえあった。
しかし友人が結婚して・・それは幸せなことだったに違いないが・・・何かが狂い始めた。友人は仕事をすべてにするわけにはいかなかった。自分を犠牲にしてでも守らねばならないものがあったからだ。
あと2週間で有給に入り、のち退職する主任は親友の手を握った。
「ま、あたしがいなくなってもアンタは大丈夫だろうけど」
「何言ってるの・・まだまだよ」
「アンタもここがイヤになったら、うちに来なよ」
「うん・・・」思ってはないが、思いやりで返事した。
主任の手は離れていった。
「グスン。グスン」
小刻みに小泣きしながら、リーダーは帰ってきた。
「どうしたの?」
「大奥さんらが・・・大奥さんらがあ・・・グスン」
「何か言われたの?でしょ?」
「婦長さあん・・・」
リーダーは子供のように、婦長のほうへゆっくり倒れこんだ。
「何てこと・・・」
廊下を食事を運ぶワゴンが、通り過ぎていく。
「美野さん。午後は心カテもあるし。気を取り直しましょう」
「婦長さん。あの人たち、怖いんです」
「あたしが言うから。大丈夫」
「ううん。あの人たち、婦長さんの前ではまだおとなしいですけど・・違うんです」
「あたしには、逆らわせないわよ。行ってくる!」
婦長はワゴンの後ろを歩き、大部屋のオークらを探した。
「大奥さん!手伝いに降りるわよ!大奥さん!」
どこにも・・・見当たらない。
「大奥さん!おお・・」
「なんでしょうか」
横にやってきたのは中奥だった。
「大奥さんは?」食事の運びを手伝っている最中だ。
「ですから。なんでしょうか?」ふてぶてしいオークは婦長を凝視した。
「用があるの!」
「伝えますけど」
「検査の迎えに行くわよ。人数は多いほうがいいわ」
「あたしが行きます」
「あなたはそのまま、食事の介助を手伝って」
「いえいいんです。行きますから」
「・・・・・・」
仕方なく、中奥と婦長はエレベーターに向かった。
ふと気が付くと、どうやら携帯がまた振動している。
ポケットの中をのぞくと・・どうやらまた、あの<被害者>だ。
出たいところだが、今回は到底無理だ。
あとでかけなおすことに。
「中奥さん。よかったら教えてほしいんだけど」
「何を?」
「大奥さんのこと。リーダーの新人にキツイ事言わなかった?」
「さあ。何を言ったんでしょうか」
中奥はしらばっくれる。
エレベーターがチン、と開いた。
中には所狭しと大きなベッドが占領していた。手前ギリギリに新人の池田がはりついていた。
「ああ!大丈夫?」
婦長は走り、急いでエレベーターの開延長ボタンを押した。
池田・中奥はよいしょと巨大なベッドを引っ張った。点滴台が数本ひっついているため慎重を要する。
「みんな!手伝って!」
婦長の大声で、数人が廊下の奥から走ってきた。
池田はベッドの後ろへ廻り、エレベーターからベッドを押し出す・・ところだった。
またミチルのポケットが振動する。
「もう!しつこい!」
あまりにしつこいので何度もプッシュし、切った。
ミチルが待つところ、中奥も入ってきた。
「さーてと。よっこらせっと」
中奥はボタンを押したところ、何を思ったかエレベーターのドアが急にスライドしてきた。
ドアはそのまま、出て行く間際の池田の顔・肩を直撃した。
「きゃあ!」
彼女のメガネが吹っ飛んだ。
婦長は手を伸ばしたが、スライドしたドアは虚しく閉まった。かけつける足音が聞こえ、やがては消えていく。
「な!何するのよ!」ミチルは手を振り上げた。
「え?あ。、間違って<閉>押してもうたのかな。だろか」
「この・・・・・!」
振り上げた手を元に降ろすまで、かなりの時間を要した。
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