病院1階、内視鏡室ではほとんどの検査が終了していた。
薄暗い部屋の奥、シローが後ろ向きで所見を記入している。

ガラッと戸を開けてお迎えが入ってきた。

「失礼しまーす」婦長が中奥を引き連れてやってきた。
患者はベッドで眠っている。イビキ高らかに、熟睡中だ。

「では、シロー先生。この方、連れて行きますね・・」
「ちょっと!遅いよ!」
シローは婦長に振り向いた。

引き続きシローは喋ろうとしたが、内視鏡担当ナース(オーク軍団)が闇からヌッと現れた。
年配のほうが不満そうに語る。

「あんなあ。婦長。なんでこう遅いの。今日は」
「すみません。病棟のほうも急変があったりで」
「それはそれやろ。この患者さんもう30分以上も待たしてるんやで」
「ご迷惑おかけしました・・行きましょうか。中奥さん」

2人はベッドのブレーキを外し、ゆっくりと出口へと運んでいった。

シローは3枚綴りの伝票を書き終え、バラバラにし1枚取り外す。
「これ。カルテに挟んでて!」
「はい!」婦長は受け取った。
「病棟に上がったら止血セットをいってて。PPIの点滴。Fe剤の点滴も。絶食のままだよ!」
「カルテには指示を・・?」
「書いてないけど。やっててよ」
「具体的な量が分からないと」
「いつものようにやって!」
「いつもって・・・」
「忙しいんだこっちも!なんだったらホラ、上のドクターに書いてもらって!」

一応ミチルはシローに細かい指示を聞きなおし、すべて手の甲にマジックで書き留めた。

中年男性患者はグーグー寝ている。
「ドルミカムで、よく眠ってるわね・・・」
伝票を確認。キレイな字とはいえないが、慣れてる。<胃角部潰瘍>。

中奥はベッドを押しながらニヤついた。
「酒ばっか飲んでるからや!」
「ちょっと!」
婦長は注意した。

「聞こえてないと思って・・・」

ベッドを押しながら、超音波室へ。
真っ暗闇で誰もいない。
「帰ったようね・・・」内線で確認。患者は自力(杖歩行)で帰っていた。

引き続き、CT室へ。放射線技師たちが一息ついている。
会話が盛り上がっているところ、ミチルは割り入った。

「迎えにきましたー!」
「おう。ミチルさん」年配の技師が奥へ入っていき、1人点滴中のじいさんを連れてきた。

「気分は大丈夫?」ミチルは優しく声をかけ、じいさんはゆっくり頷いた。
造影剤を使用しているが、発疹などはなさそうだ。

「さ。行きましょうか!」

ベッドを運んでじいさんと同伴しつつの帰り際、外来を通りかかる。
ここには病棟から他科受診した患者さんがいる。患者が数人、待合で退屈そうに待つ。

「まだ呼ばれてないようね」
「ああ婦長さん。ご苦労さん!」中年女性、男性が礼をする。それぞれ外科、眼科であり
病状がどういうのかも婦長にはすべて分かっている。

ついで事務室も通りかかる。受付嬢がペコッと挨拶。しかしその横・・・で必至に口説いている
ヤカラがいる。

「ええやないの〜!1回くらい。個人的に。お!おおっ!」
事務長はミチルに驚き、受付嬢からパッと離れた。
「おおっ!おう!」
「何よそれ。バカじゃない?」
婦長は黙々とベッドを運んでいった。

事務長は追いかけてくる。
「なあなあ。ホントに大丈夫なのか?」
「ちょっと。シッ・・」
「相手のほうは何か言ってきたか?」
「黙ってよ!」

一瞬、廊下が騒然となった。患者が数人、振り向いている。
中奥もただならぬ雰囲気を感じていた。耳ダンボだ。

「婦長。もし相手があれこれ金を請求してきても、くれぐれも・・・!」
「な、ないわよそんなの」
「いや。僕には分かる」
「何を?ちょっと患者さんを病棟へはこ・・」
「隠してても、僕には分かる。でもそこが君のいいとこ・・あたっ!」

事務長の靴はナースシューズで踏まれた。

「きみ・・・?気味が悪いわ!」
「カッとなるなよ!」
「さっきの女のとこへ戻ったら?」
「どの女?」

その表現に婦長はムカついた。

「行きましょう。中奥さん」
「うい」
中奥は再び奴隷のようにベッドを押し始めた。おそらく中奥は、これらの会話の顛末を面白おかしく他のオークらにぶちまけることだろう。

エレベーターに戻り、そろそろスタッフの昼食時間。病棟へ戻るなり、シローの指示をカルテに鉛筆書きし、リーダーへ。リーダーは部屋持ちへ伝える。

 午前中の業務が一段落ついたようで、各部屋持ちはゾロゾロと詰所内に戻ってきた。急変などあって時間が少々取られたが、各自なんとか観察事項を看護記録に書きとめたようだ。

 一部のナースは自分の部屋担当以外の患者の重症記録、モニター記録を確認。夜勤を担当する前に備えての予習のようなものだ。情報は多ければ多いほどよい。

 救急経験の長い澪(みお)は、モニター画面で気になるものを小まめにプリントアウトしていく。それらは
すべて彼女のノートブックの<標本>となる。

 新人の池田はメガネが曲がったようで仕事にならないようだ。メガネを何度かけなおしても、ずり落ちる。通常はスペアを用意しておくべきなのだが・・・。

婦長は心配で声をかけた。
「さっきはエレベーターに挟まれて・・大丈夫?」
「あっ!婦長さん。お迎えのほうすみません!」
「メガネは壊れちゃったようね?」
「あたし、今日深夜勤務なんですが・・・メガネの替えがなくて」
「そうなの。なんとかするわ」

 ホントになんとかなるのだろうか。各自精一杯の状況で、代わりが立てれるかどうか・・・。

 みなカバンから弁当を取り出し、詰所奥のテーブルに次々と置かれる。オークら3人は職員食堂。

 詰所のポットに当番が<再沸騰>ボタンを押す。窓が開く。テレビがつく。

 こうした雰囲気で、自然と昼休みが始まる。だがまだ大奥が戻ってきていない。食堂に行く前にいったん
戻ってくるはずだ。

 婦長は妙な予感がし、大奥の担当部屋へ向かった。

「大奥さん。よかったらあたしが手伝い・・ああっ?」

 大奥がパッと振り向いた。
「なかなか食わんのでな!」

ベッド座位になった高齢女性に食事の介助。それは分かるが、患者の口からは米粒が大量に吹き出している。
「押し込んでも押し込んでも」
「速すぎることないですか?」
「食べさすのがか?」
「患者さんの食べる速さからしても・・・」
「なに?あたしがいかんの?」

大奥はスプーンをカチャとテーブルに置いた。

「誤嚥させた覚えはないけど」
「・・・・・」
「じゃあアンタがやってよ」

 気が付くと、下のオーク2人が入り口から眺めている。さっきの中奥が手招きする。
「大奥さん大奥さん。こっちこっち・・・!」
「メシ行くか?」
「食堂でゆっくり・・・へへへ」

不快に思いながらも、婦長はゆっくり食事介助した。

「中奥。なんか面白い話題でも?」
「へへへ・・・」
「まあいい。向こうで聞こう。小奥はトレイ準備!」

小奥は大奥に耳打ち。
「今日の昼はカレーでございます」
「わしのは大盛りでな」
「はいっ!」
小奥は階段へと急いだ。

また婦長の携帯が振動している。文字通り、手が放せない。
事故のことは気になるが、病院での業務に比べたら小さな問題でしかなかった。
少なくとも仕事中は、そう思えるのだ。

気の小さいミチルにとって、密かで妙な開放感だった。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索